第23話 自分への言い訳

 部活動が終わった後、和也と優樹は雪子のサロンの近くで缶ジュースを飲みながら話をしていた。


「おれの家と綾の家が親同士が仲良くて。その子どもの兄貴と綾も同い年だったこともあって小さい頃から家族ぐるみの付き合いが続いてんだ」


「へぇー。小さな頃から知ってる、気心知れてる子に会ったのにあんなに動揺してた、と」


「てめぇ、いい性格してんな」


 和也が全く怒ってない表情で怒っているような口調で言えば、優樹も全く悪びれていない表情で謝罪を口にする。


「あはは、ごめんごめん。冗談が言えるようになりました」


「そうだよ、綾に……うーん、憧れてんだよ」


「憧れ……」


「キレイで優しくて少しだけドジなお姉さんが産まれた時からそばにいるんだ。憧れない方が無理だろ」


 “ドジ”という言葉で、何度も「お父さん」を「店長」に言い換えていた綾を思い出し頬を緩める。そこで当然の疑問が生じる。


「“好き”ではなく“憧れ”なんだね」


「おれはさ、有難いことに今まで何人かの女の子と付き合ったことがあるんだよ。仮に綾への気持ちが“好き”だとすると、好きな人いたのにって今までの相手に失礼だろ」

 和也は少し寂しそうに笑う。


「珍しく弱気だね。和也くんは綾さんとどうなりたいんだい?『そんなもん相手が教えてくれるよ。その子を想って“わー”って走りたくなったり、“わーわー”泣きたくなったり、相手がしたいことを教えてくれる』ってのは和也くんの言葉だったと思うけど」


「へへ、恥ずかしいこと覚えてんなよ」


「僕は恋愛に関しては全く経験がないから、教えてくれたような感情になったことはないけど……和也くんは?」


「ありがとな、優樹。色々と言い訳せずに自分がしたいことを考えてみるわ」



「和也くんが聖さんをよく思ってないのは綾さんが関係してたんだね」


 寂しそうな表情から戻ってきたと思えば、聖の話題が出た途端に再度陰りをみせる。

 2つ上の年齢、聡明で優秀に端正な顔立ち、社交性もあり打算的な部分もあるが率先して委員長などへ立候補し中心となる人柄……。それと小さい頃から常に比べられ、または自分で比べてしまい、和也にとって聖は幼少期の憧れであり、今なお越えられない壁となっている。

 

「……聖はさ、周り人の価値が自分の価値だと思ってるんだよ。自分の価値を高める装飾品みたいなもんさ。そのままじゃさ、何か寂しいだろ」


 “綾が”なのか、“聖が”なのか、はたまた“自分が”なのか……誰が寂しいのかは言うことはなかった。

 



「さて、おれはそろそろ帰るわ。今日はありがとな」


「いや、結局何もアドバイスできなくてごめん」


「はは、おれよりも経験値がだーいぶ少ないやつにアドバイスなんか求めてねぇよ。グチのサンドバッグになってくれれば十分だと思ってたよ」


 和也は端正な顔をくしゃっとして笑う。そして走って帰っていく。


「だから、今日は期待以上だった。本当ありがとな!またな!」




 優樹は小さくなっていく和也の背中に手を振る。


「なーに青春しちゃってんの」


 驚いて振り向くと、いたずらっ子のように笑うアンバー色の瞳が目に入る。


「ほのちゃん、いつの間に。てか、いつからいたの?」


「あはは、盗み聞きはしないよ。ダンスさせてもらおうと今きたばっか。さっきから電話してんだよ」


 慌てて携帯を確認すると、数件の着信と「今から行きまーす」と言うfineでのメッセージがある。


「あ!ごめん!気が付かなかった!」


「あはは。全然大丈夫!男の友情って感じの別れ際が見れたから。ゆうが相談にのってたのかな?えらいねー」


「や、セラピストが関わる手法にカウンセリング、ティーチング、コーチングがあるんだ。その練習に「ゆう!」


 優樹の言葉に帆乃香の強い声が重なる。


「ゆう、誰かと関わる時……よく“練習させてね”って言うでしょ?相手に気をつかわせないために言う優しさはかっこいいと思う。……でも、自分に言い聞かせる時には使わなくて良いんだよ。将来のための勉強や練習じゃなくても誰かと関わって良いんだよ……ほら、こうやって抱きしめても良いんだよ」


 柑橘の匂いと共に柔らかく暖かい感触に包まれる。


「だから、そんなに悲しい顔しなくても良いよ」


 自分が悲しい顔をしていることにも気づいていなかった優樹は、その言葉で自身の今の感情を思い出す。


「うまくできなかったんだ……いつも自信たっぷりな友だちが弱さを見せてくれたのに……何を聞いて、何を言ってあげれば良かったのか分かんなくて……話もごちゃごちゃなっちゃって……知識なんて何の役にも立たなくて……」


「そういうもんだよ。だからいっぱい話そ。将来のためとか理由をつけずにさ。理由なく話そうよ……それに和也くんはそんなこと思ってないと思うよ」



 さっきよりも強く抱きしめられる暖かさはひどく落ち着いた。

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疎遠だった義姉妹のパーソナルトレーナーになったら物理的にも心理的にも距離が近すぎる件 小林夕鶴 @yuzuru511

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