16 言ってしまった

「そこで、そなたの担当の教官のもとに出向き、青翡翠島の工房に赴任するようにしてくれと頼んだ」


「不正! ものすごい不正っ!」


 まさか私が罰則を受けたのもすべて仕組まれたことだったのでは……?

 王都近辺の高級住宅地の工房で優雅に働く予定が……。



「ちなみに、そなたが罰せられて、序列が大幅に下がるところは決定事項じゃったぞ」

「な~んだ、出る杭が打たれただけですか。だったら、別にいいで――――よくないな……。普通に印象悪かったんですね、私……」


「どうせ発言する場で浮いたことを言ったりしたのじゃろう。そういうの、たいてい本人だけが面白いと思ってるパターンになりがちじゃぞ」


「正論はやめてください」

 教授に言われるのはいいんだけど、ほかの人(?)に言われるとかなりきつい。


 ん?


 となると教授は私に工房を勧める時にはリルリルと出会っていたのか?

「あのミスティールという教授には、青翡翠島の工房で働く場合は余が責任をもって教え子を守護してやると言った。そしたら、二つ返事で協力すると言いおった」


「教授の弱点をしっかりついてきましたね……」

 教授は言葉はきついが教え子には甘いのだ。


 もし私が誘拐されたら、地下三十層まである大迷宮でもやってくると思う。

「はあぁ……。私が青翡翠島の工房に来ることになった経緯はわかりました」


 納得がいってるかは別として。

「学院であなたと出会ったから、青翡翠島に赴任することになったわけですね……。いやあ、人生って不思議ですね」


 我ながら、雑な感想だと言ってから思った。

 でも、まだわからないことはある。


 たとえば、カノン村の村長が錬金術師が来るのを熱望する、これならわかる。

 島に工房があるかどうかは、生活の利便性に直結するからだ。


 幻獣が錬金術師を欲する理由って何だ?

「そなた、この島の発展に手を貸してくれ」


「曲がりなりにも頼み事なら、そんな高いところから言わないでくださいよ……ん? 発展? 守り神というより領主みたいなことを言いますね」


「この百年間、島はじわじわと体力を失っておる。人口も目減りして、放棄された耕作地も多い。産業もない。守り神として、これはまずいと思っておった」


 見上げると、木の上でリルリルはずいぶんと真面目な顔をしていた。

 守り神という自覚はあるようだ。

 島のために何かしようという気持ちは感じられた。

 その心根は尊いと思う。


 問題は、「それって錬金術師の仕事じゃなくない!?」ということである。

「ポーション作ったりはしますけど、島をどうにかするのは政治の仕事です」


 リルリルは木から地上にきれいに着地する。

 それから私の右肩にぽんと手を置いた。


「いいや、そなたに託す」

「そんなの無理ですよ」


「託す!」

「勝手に託さないでくださいっ!」

 責任が重すぎる。


 学院では経済学の概論だって学ばないのだ。せいぜい工房での商売の仕方を習うぐらいだ。でも、工房で商売しなきゃいけないんだから、学院で経済学も学ばせるべきでは……?


 話がそれたから戻そう。

 島を豊かにしろと言われても方法がわからない。


 それに島に大きな変化を与えることになれば、あつれきも絶対に生じるものだ。よそ者が勝手なことをしたら苦い顔をする島民がたくさんいるだろう。


 それって安定した暮らしと真逆だ……。

「私はしがない錬金術師です! 大きな仕事は受けられません!」


「隠れてそなたの仕事を見ておったが、山に入ってクレールのために冷気箱の材料を探しておったじゃろう。そなたはまっとうに人のために働ける」

「あっ、幻聴と思ったのはあなただったのか……」


 もしや、私は見守られていたのか。

 もっとも、監視だった可能性もあるが。


「どちらにしろ、工房を構えることまではできても、島の発展は対象外ですよ」

「そこをなんとか! あくまでそなたのできる範囲でよい! 工房の経営プラスアルファでいいから!」


「そう言われても、よほどの見返りがないとやる気も出ませんよ! で、やる気のない小娘一人で解決できることじゃないです」


「そうか、そなた、見返りと言ったな」

 なぜかリルリルは顔を赤らめた。


 なんだ? こっちは女子だからハニートラップ的なことも通用しないぞ。

 リルリルは真っ白な幻獣の姿に戻った。


 今度は白い靄がかかることもなく、一瞬で。

 それから、決然とこう述べた。


「そなた、こういうふかふかの毛並みの動物が好きであろう! この島をよくするために働いてくれるなら、余は……余は……そなたに飼われてやる!」


「か、飼われるですって……」

 私は生唾を飲んだ。


 こんな素晴らしい毛並みの犬はどんな大貴族も手にできやしない。

 しかも、巨大であるぶん、ふかふか度合いは犬の比ではない。

「くうぅん……くうぅん……」


 そのまっ白で大きな犬は私の顔にその毛をゆっくり押しつけてきた。

 はっきり言って、ものすごく気持ちよかった。

 理性を溶かしてくるレベルのふかふかもふもふ感……!


「この毛を枕にして、昼寝することもできるぞ」

「くっ……! 卑怯ですよ……。人質をとるような真似を……!」

「そこまで卑怯なことはしとらん」


「こんな甘い誘惑で私を落とそうとするだなんて! 抗えるわけがないじゃないですか……」

「抗う権利は残しておったつもりが、思った以上に効いとるのう……」

「よっしゃー! 私に任せなさいっ!」


 言ってしまった。

 しょうがないじゃないか。このふかふかを手に入れられるチャンスは人生で二度とないのだから。


「よし、契約完了じゃな。暑苦しいから離れてくれんか?」

「契約が完了したんだから、もうちょっと味わわせてくださいよ」


 はぁ、はぁ……。素晴らしい毛並み……。王の衣装のベルベットもかくやというなめらかな手触り……。


「こやつ、想像以上に変な奴かもしれんな。こっちの考えを上回ってきておる……」

 もう遅いぞ。こんな毛並みを教えてくれっちゃったら、こちらは乗るしかないのだ。

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懲罰人事で離島に飛ばされた新人錬金術師ですが、便利な魔道具作ってのんびり開拓(スローライフ)していこうと思います 森田季節 @moritakisetsu

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