15 よもや復讐……?

 南の島あるある。

「数日で、またすぐに草が生えてきがち!」


 私は門の前の雑草を抜いている。

 このあたりはすでに抜いていたはずなのに、きっちり生えてきているのだ。


「これじゃいつになったら工房の中に入れることやら……」

 錬金術師の目を通して見れば、「雑」草などではなくて、多くは「薬」草なのだが、工房にも入れないのに薬用成分を抽出する気は起きない。それはもっと先の話だ。


「ああ、猫の手も借りたいところですよ……。あるいは犬でもいいです……。いや、むしろ、ウサギを飼って食べてもらうというのは……?」


 独り言をぶつくさ言いながら、ちまちま草を引っこ抜いている時だった。


 ぞわり。


 ぞわぞわっ……。


 なにやら気配のようなものを感じる。

 人の気配とは違う。

 もっと大きなものだ。


 まさか山から魔物でも降りてきたのか? ありえる話だ。

 落ち着け、落ち着け。この島の中に人間を捕食するような凶暴な魔物はいない。腕でも振り上げて威嚇すればいい。前にワカレミチを追い払った時もそれでどうにかなった。

 私は意を決して、ばっと振り向いた。

 そこにいたのは――




 白いオオカミ…………の姿をした幻獣?




 おそらく以前に私が出会った幻獣と同じだ。

 オオカミを見たら普通は悲鳴を上げていただろうが、初見ではないので声だけは押し留められた。むしろ、疑問のほうが強い。


「えっ? な、な、なんでこんなところにいるんですかっ!?」

 私は沈むように尻餅をついていた。元々草引きで中腰気味だったから簡単に倒れた。立っていられなくなるほど驚きは強かったと今更気づいた。


「ワフゥン」

 やわらかい鳴き声が私の耳に入ってきた。

 動物と魔物の厳密な違いというのはあるようでないけど、動物と魔物と幻獣の区別もとくにない。


 で、動物や魔物の中と呼ぶには神々しくて、もっとかっこいい名前のほうがいいよねというものを幻獣と呼んでいる。


 そんな幻獣が私の前にいる。

 前回は私から会いに行った格好だが、今回は偶然道を通りかかったというのでなければ、向こうから会いに来たと考えていい。


「あの、幻獣さん……どういったご用件でしょうか……?」

 私の頭の中にはとある言葉が浮かんでいた。


 復讐。


 私は煉獄蛾れんごくがの粉の丸薬をこの幻獣に飲ませた。

 で、一時的に身動きをとれなくさせた。


 無論、あれはまっとうな理由があった。なにせ巨大な獣と対峙するというのは、人間側にとったら剣を握った兵士と向き合ってるのと大差ないのだ。


 獣側は丸腰のつもりでも、人間側からは一方的に相手が武装しているようなもので、対等な話し合いはできない。

 動けなくさせたのはあくまでも話し合いのテーブルについてもらう準備だ。そのあと、透明薬を使って逃げてもらったし。


 だが、説明なく身動きを封じたという意味では実力行使なわけで……それを攻撃とみなす解釈も成り立ちはするよね……。


 復讐される場合、どうなる?

 私が死ぬ。

 それはとても困る。


 事前に戦う準備をばっちりしていれば善戦できるかもしれない。が、丸腰どころか尻餅をついている状態で、立ち上がれば人間二人分ぐらいの身長があるような幻獣を退治できるわけがない。こちとら伝説の冒険者でもなんでもないのだ。


「こういう時、私を食べてもおいしくないですよとか言いがちですけど、あれってどういう根拠があって言ってるんでしょうか? しゃべってる時点で食べられた経験ないでしょ。食べられたことがある人は、おいしいとかまずいとか聞く前にたいてい死んでるのでは? ああ、助かるためにあえて不確定の情報を流してると考えれば意味はわかりますね。いや……そんなことはどうでもいいんです。何用ですか? 本当に何用!?」


 幻獣は知能も高いと言われている。

 過去に私は交渉できたはずだし、今回もどうにかできるのではないか。

 ていうか、どうにかできなければそれでおしまいだ!


「ワオォォン」

 幻獣は前足をすっと上げると――

 私の頭に乗せた。


 こ、これは攻撃の意志か……? 多分違うよな。

 あと、かなりの危機的状況なのに、ちょっとやわらかくて気持ちいい!

 今度はその前足で背中をぽんぽん叩かれた。巨大な肉球がぷにぷに当たった。


 リラックスしろという意味だと思われる。憎んでいる相手にやることではない。

「落ち着くがよい。恨みがあって来たのではないのじゃ」

 幻獣がしゃべっている!


 幻獣は知能も高いから人の言葉をしゃべることもあるらしいが、この幻獣がしゃべってると解釈していいよね……?


「え、ええと、人間の言葉……お上手ですね……」

「ふむ、まだビビっておるようじゃな」


「慣れてはいないもので……。幻獣の常識とか知らないわけですし……」

「この姿ではコミュニケーションが取りづらいか。では、姿を変えてやろうかの」

 一瞬、幻獣の周囲に白い靄がかかった。


 魔法か? むしろ、特殊能力と言うべきだろうか。

 だんだんと靄が晴れていく。

 その前には、私より二、三歳若い容姿の女子が立っていた。


 白い、いや銀色の髪がよく目立つ。飾り気のないワンピースの雰囲気も合わさって楚々とした貴族令嬢のような出で立ちだが、因果関係を考えれば――


「幻獣だった者じゃ。人の姿をとったほうが話しやすいじゃろ?」

「そうですね。威圧感は一気になくなりました」


 私はこくこくとうなずく。

 そんな私の手が取られた。そういえば尻餅ついてたな。華奢な手からは考えられない力で引っ張り上げられて、立ち上がる。


「余の名前は幻獣リルリル。この青翡翠島を守護する存在じゃ。守護幻獣とか呼ぶんじゃったかな」

「守護幻獣って……ほぼ神じゃないですか」


 守護幻獣とは超越的な力を持つ神と比べるとランクは落ちるが、具体的に土地や人を守ってくれる偉大なる存在である。少なくとも守り神と言い換えても違和感はない。


「ってことは、私は働くことになった青翡翠島の守護幻獣と偶然、学院で会っていたってことですか!? 軽い奇跡ですよ!」

「少しだけ長い話になる。まあ、尻のほこりでも払いながら聞け」


 尊大な物言いだが、守護幻獣ならしょうがない。

 私は右手で尻を叩く。土が微妙に湿ってて取りづらい。

「余はこの青翡翠島に棲みついておる。よそで家を借りておったらおかしいじゃろ」


「本籍地を守護するけど今は王都暮らしですってことはなさそうですよね」

「先日、森を歩いておったら、いきなり不思議な力で遠方に召還された」

「ああ、召喚石の件ですね。しかし……守り神を呼び出すってどんな強力な召喚石を使ったんですか……。ひどいイタズラでしたね」


 幻獣が温厚だからよかった。

 ガチギレしてたら、学院は終わっていた。


「それで右も左もわからず、どうしたものかと途方に暮れていたところにそなたがやってきたというわけじゃ。事を荒立てずに済ますことができたのもそなたのおかげよ。礼を言う」


 だいぶ尊大にリルリルという幻獣は言った。

 きっと、幻獣だから自分が偉いと思ってるのだろう。ちゃんと偉いので問題ない。


「それはよかったです。ただ、いくつも納得いかないことがあります」

 私は腕組みする。


「まず、一つ目。しゃべれるんだったら、召喚された時もしゃべってくださいよ! だったら、もっと簡単にコミュニケーションもできたのに!」


「無理じゃ。魔力の絡むもので呼び出された者はすぐには万全には動けん。いわば『酔う』時間がある。それは余も同じよ。人の発声は酔いながらでは難しい」


「むむむ……やむをえない事情があったのならそこは考慮しましょう」

 リルリル――幻獣と呼ぶのは少女の姿に不似合いすぎる――は近くの木をひょいひょいよじのぼって、枝に腰かけた。


 貴族の令嬢みたいな見た目のくせに野生児みたいな行動だな。

「余はそなたがなかなか胆力のある傑物だと判断した。しかも錬金術師であるし、ちょうどよい。この姿を見せてやってもよいなと思うぐらいには評価しておるぞ」


「もっと褒めてください。これでも学院の成績トップだった身ですから……ん? ……あれ? ちょうどよいって何……?」


 なんか、ものすごく引っかかるぞ。

 まるでリルリルが人事に一枚噛んだみたいな言い方。


「そこで、そなたの担当の教官のもとに出向き、青翡翠島の工房に赴任するようにしてくれと頼んだ」


「不正! ものすごい不正っ!」


 まさか私が罰則を受けたのもすべて仕組まれたことだったのでは……?

 王都近辺の高級住宅地の工房で優雅に働く予定が……。

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