14 冷気箱完成!
私は物置に戻ると、錬成の準備に取りかかった。
まず、使用する水に魔力を加える。
魔法陣を描いた中央に水を入れた鍋を置く。
「石関係の作業って慣れてないんだよなあ……。ちゃんと効いてくださいよ」
水に魔力を加えたら、鍋をどかして、隣に描いた同じ魔法陣の上に置く。
まとめて一回で済ませろという気もするが、二回繰り返すことが大切らしい。
これは何をしているかというと、水を経由させることで石に魔力が伝わりやすくしている。
石の性質によって、魔力を付与しやすいものとしづらいもの、そもそも付与ができないものがある。
おそらく石の成分の違いで、魔力を受け入れるものもあれば、阻害するものもあるのだろう。
もっとも、そういうことがあると知ってるだけで、細かい原理はわかってないが。
錬金術師はなぜそうなるかをあまり考えない。
研究者気質の人もいるにはいるし、教授もそっちタイプなのだが、大半は「理屈はどうあれそうなるんだからそれでいいだろ」と考える。
私も原因は気にしないタイプだけど、原因がわかれば
「まっ、研究だけしても商売にならないんだから、みんなしませんよね。ポーション作って売るほうが儲かるし」
教授が研究者肌なのは、学院の教授という立場なので、研究イコール仕事になるからだ。
そのへんの工房で働いている錬金術師は研究を行っても、お客さんがお金を出してくれはしない。これでは商売にならない。
とりとめないことを考えてるうちに時間がたっていた。
これで水に触媒としての力は備わったと思う。
私はまず、一個の暗青石を水の入った鍋に入れる。
これからこの石に熱を奪う力を、魔力で付与していく。
「うおおおおぉー! 回転しろ、回転しろーっ!」
二本の長い棒(箸と呼ぶ)で石をぐるぐる回していく。地域によっては、箸で食事をするそうだが、難しそうだと思う。
変な方法だが、これが一番いいらしい。
手が疲れてきた頃になって、私は石を取り出す。これを丁寧に布で拭く。
「これで無駄だったら、かなり空しいですね……」
この暗青石が当たりかハズレかはまだわからない。
これを物置にあった密閉できるタイプの箱に入れる。
※クレールおばさんからは許可を得てます。
涼しくなればいいんだけど……行くか? 行かないか?
十分後、箱を開けると中はうっすら涼しくなっていた。
「いけてる! これはいけてる! 成功っ!」
私は拳を握り締めた。【冷気箱】を作るところまではこれたのだ。
だが、ここで終わりにする気はなかった。
暗青石はまだある。試してみたいことがあった。
「触媒としての水の効果を高めれば、持続時間は増えませんかね?」
私は新規の水の入った鍋を五回魔法陣の上に置いて、魔力を加えた。
そう、回数を二回から五回に増やした。
触媒としての力が増強されれば、長時間、熱を奪う力が持続するんじゃないかという発想だ。
また暗青石を水の入った鍋に入れて、わちゃわちゃ箸で転がす。
取り出してみると、触った感じはさっきの暗青石に近いと思うので、おそらく熱を奪ってはいる。
「さて、ここから実験です」
私は日光の当たる場所に二つの石をそれぞれ置いた。
<実験中! さわらないでください!>
という注意書きもそのへんの石をおもしにして設置する。
石ころだと思って蹴られると、とても悲しいので。
もし私の仮説が正しいなら、本来の【冷気箱】用の暗青石のほうが、冷やす力を先に失う。
多分、直射日光を浴びたら一時間も熱を奪う力はもたないだろう。実際の【冷気箱】で十日や二週間かけて確認するのは大変だからな。
こんな状態で後から用意した暗青石が(後から作ったので誤差の時間がちょっとあるので、そこを考慮したうえで)長く冷やす力を持っていたら、【冷気箱】を改良できる。
つまり手間をかければ、長期的に使えるというわけだ。
●
結果は――私の正解だった。
「明らかにあとに試したもののほうが長く冷たい時間が続きますね。開始時点からの誤差を計算に入れても、差が出てます」
私は両手をぎゅっと握り締めた。
自分の読みが当たるのはうれしいものだ。
「にしても、この程度の推測だったら、過去の錬金術師も思いつくよな……」
私は成績はよかったけど、天才だとうぬぼれるほどではない。
その時、私は恐ろしい事実に思い至ってしまった。
これはうかつに錬金術師じゃない人たちに話せない禁忌だ……。
「もし一か月や二か月もメンテナンスなしで使える冷気箱があったら、錬金術師は儲からないですもんね……! 何度も石に魔力を
実際には、長期間使える冷気箱が増えると錬金術師の充填時間も増えて、ほかの仕事に差し支えるだとかいろんな理由はあるんだろうけど……私の見方もいいところはついてると思う。
●
その日の夜も私は野菜や肉料理をいくつも堪能した。
とくに、オグルドおじさんが村の人と一緒に狩ったワカレミチの肉料理、これが絶品だった。臭みも全然ない。
あとは、産地ならではかもしれないけど、タマネギのスライスにドレッシングをかけただけの料理が美味! 新雪のような白さ! これは食べる宝石だ!
で、今夜も食べきれない量の料理が出てきた。
ここまでくると、クレールおばさんの目論見が甘いのではなくて、食べきれない量を(おそらくお客さんに)出すのが土地の文化なのだろう。客人にすぐ食べ終えてしまう量を出すのは失礼という文化は聞いたことがある。
余りまくって廃棄というのはもったいないけど、大半は翌日に食べればいいしな。
しかし、火を通していても常温保存が危うい料理が出るのも事実。
「それじゃ、残りは明日の朝にでも食べようかねえ」
「それなんですが、とっておきの魔道具があるんです!」
私は満を持して【冷気箱】(私バージョン)を持ってきた。
「この中に料理を入れていただければ、安全に長持ちさせることができます! 今日からお使いください! 箱の中の冷え方がショボくなってきたらご連絡を。おそらく一か月近くはもつと思うんですけど」
次のメンテナンスまでの期間はあくまで目安だ。
だって、期間を確認するまでの間に使ってもらうほうがいいし。
別に商品として販売するんじゃないから、そんなことはどうでもいいのだ。
「えっ……【冷気箱】って……こういうのは貴族や金持ちの商人が使うものじゃないのかい……? うちじゃ高くて手が出ないよ……」
「いやいや、売りませんよ。新人錬金術師の試作品だから、タダだと思ってください」
「でも、そういうわけにはねえ……」
やはり、こうなるか。
タダでラッキー! とはならないか。いいものをもらいすぎると人は不安になる。
しかし、私もこうなった時の対策は想定していた。
「おばさん、この残り物は私も食べるわけです。だ・か・ら、私自身のためでもあるんです!」
「それは……たしかに保存状態のいいものをフレイアちゃんに食べてもらいたいねえ」
「だいいち、傷んでるものを食べて、おじさんやおばさんがおなかを壊しても、やっぱり私も困るわけです。私が台所に立っても何も作れませんし。お二人の健康は本当に私のためなんです」
私の言ってることは理にかなってると思う。
居候を続けてる以上、二人は赤の他人じゃない。
家族だと表現すると言い過ぎだとか重いとかと言われるかもしれないけど、とにかく他人ではない。
「同じ家に住む人の幸せを高めることは、私の幸せを高めることと同じなんです」
おじさんがここで決着をつけてくれた。
「もらっておこうじゃねえか。すでにこさえてくれてるのに、いらねえって言うわけにはいかねえだろ」
おばさんも降参したというようにため息を吐いた。
「そうだね。それじゃありがたく受け取っておくよ。フレイアちゃんがいると、どんどん生活水準が上がっていきそうな気がするねえ」
「そのぶん、私もお世話になってますからね。お互い様です」
居候の錬金術師だからな。
ていうか、薬草園の整備は進んでるし、いよいよ次は工房の中も片付ける番だ。
逃げられないこととはいえ、気が滅入る……。
「ちょっとおなかが痛くなってきました……」
「えっ!? 料理に古いものは入ってなかったと思うけど、大丈夫かい?」
「確実に心労です」
工房の中にゴミが大量に残されてたりしませんように……。
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