13 素材のために山へ

 目的の暗青石を見つけるには、岩肌が露出しているところに行く必要がある。

 となると、山に行くほうがいいので、私は青翡翠島の山へと分け入った。

 目印はわかりやすい。


 青翡翠島にある山は典型的な独立峰なので、山のほうに向かっていけばいい。

 △という記号で山を表すことがあるが、まさにあんな感じだ。


 青翡翠島は島の中央にどーんと山がそびえている。

「山」という名前の山はないはずだが、青翡翠島の山は一つだけなので誰も固有名詞で呼んでない。

 港もカノン村も島の北側にあるので、普段の暮らしでは山に入る必要はない。南に行かないといけない用事もない。


 一応、島の南側にもウェンデ村という小さな村があるらしく、その場合は山裾の森を歩いていくことになる。さらに海側から回るほうが楽そうだけど、断崖絶壁の部分があって歩けないらしい。


 往復を考えるとものすごく大変そうなので、出張で向かう予定はない。

 ウェンデ村の人も来るのは大変だろうけど、買いに来てほしい。

 私は山への道を黙々と進む。


 途中までは猟をする時に使うとおぼしき細い道をたよりに進む。

「守り神はともかく、魔物は出そうですね。できれば出ないでください」

 ところで、動物と魔物の厳密な違いというのはあるようでない。


 一般に、人間に害をなす凶暴なものを魔物と呼びがちだ。

 が、人間に友好的でペットのようになっている魔物もいるし、凶暴な動物だって当然いるので、この分け方はいいかげんなものだ。


 もし獰猛な魔物がどんどん出る土地なら命知らずにも一人で向かったりはしない。

 だが、この島の魔物はワカレミチだとか、そんなに怖くないものが多い。

 ワカレミチというのはシカ系の魔物だ。角が大きくY字になっていて分かれ道のように見えるからこの名がついた。


 人間が武器を振り回していれば、たいていは寄ってこない。

 なので私もナイフを腰に携帯して、すぐに抜けるようにしている。

 しかも二本。二刀流で対抗してやるぞ。


 山頂を目指すわけではないので、歩行はゆっくり。

 むしろ目的のものを見つけられるならすぐに下山したい。下山の前でふもとで見つかるなら、なおよいぐらい。


「道は思ったよりは整備されてますね。人がそれだけ入ってるなら安全かな」

 山に入って十五分ほどで岩肌に青っぽい石を見つけた。


「よし! 第一候補発見!」

 ノミを金づちで打ち込んで、石を入手することに成功。

 これで素材集め終了といきたいところだが、そうはいかない。


「これが当たりっていう確証がないですからね。ほかの場所でも採取したほうが無難か」

 石というのは見た目が似ていても成分が全然違うことが珍しくない。目だけでは確認できない成分の差異があるのだ。


 これが厄介な点で、「錬金術の素材だと思って石を持ち帰ったら役に立たなかった」ということが平気で発生する。暗青石はとくにそれが多い。

 運が悪すぎると島で採れる暗青石が全滅ということもありうるが……そこは考えないでおく。


 石の採取の実習も学院であったけれど、ハズレを引いた生徒がかなりいた。

 といっても、今の学問の水準だとどんな大物錬金術師でも判断ができない石だっていくつもあるから、学生に責任はない。


 石にはハズレもあるんだぞということを理解してもらうことが目的なのだ。むしろハズレも多い山に実習に行ってたし。

 無論、特定の鉱石の産地なんてたくさんある。


 赤い石で知られる土地で赤い石を拾えば当たりの確率はとても高い。

 だが、私は青翡翠島で素材を集めなきゃいけないし、青翡翠島の産地の情報なんて出回ってない。

 私の足で稼ぐしかないのだ。


 錬金術師の経験を積むうえでは、いい土地と思おう。とはいえ――

「石って重いからあんまり持ち帰りたくないんだよなあ……。石に聞いて答えを教えてくれれば楽なんですけど」


 ふっと耳に「そんなわけないじゃろ」という声が聞こえてきた――気がした。

 なにせ、ここは山の中なのだ。普通、声はしない。

 念のため周囲を見てみた。


「誰です……?」


 …………誰もいない。


 野生動物も魔物もいない。守り神みたいなものだって当然いない。

「脳内で空想上の教授がツッコミを入れてきたんでしょうか。けど、教授の口調じゃなかったですね」


 人とのつながりは島に来てから密にあるので寂しさはないはずなんだけど、師匠と呼ぶべき人に会えないことで私の心が幻聴を起こしたか?


「誰かいたら返事してくださ~い」

 返事はなかった。だって誰もいないから。


「まっ、気のせいだな」

 私はそのまま山へと向かって進んでいった。




 次第に道が険しく、細くなってきた。

 岩と岩の間を切り開いた一本の線みたいなところをジグザグに上がっていく。


 本当に猟師が獲物を待ち受けるための道というレベルで、中腰にならないと通れないようなところも出てきた。


「魔物よりも守り神よりも……なにより山道が一番恐ろしい……」

 息が上がってきた。

 ここでワカレミチが走ってきたら回避しようもないし、かなり危ない。一般のシカでも危ない。


「せめて、もうちょっと広い場所まで上がらないと……」

 私は岩の壁に左手を置く。手に力を込めて、体を持ち上げるようにして進むしかない。

 おや?

 やけにこの壁、青黒いような……。

「あっ! あっ! 完全に暗青石! こんなところに隠れてたんですね! いーや、隠れてないですって。すごく目立つところにいますって!」


 疲れてる時に、目的の石を見つけてテンションが変に高くなった。

 しばらく「やった! やりました!」と声を上げていたので、仮にワカレミチみたいな魔物がいても、気味が悪くて逃げたと思う。


 どうもその付近は暗青石が採れるスポットだったらしく、一分も上がったところにも暗青石が見つかった。


 さらに近場でもう一箇所見つかったので、私はここで引き返すことにした。

 下る前にメモ帳を出して、ルートと採取場所を記入しておく。


 素材の場所は覚えておいて損はない。その記憶量が錬金術師の財産になる――と教授が言っていた。

「たしかにやみくもに素材を探すのと、目的地にぱっと向かって採取するのでは天と地の差がありますね。教授の言葉を実感します……」


 暗青石もまとめずにすべて別の小さな袋に分けて、入手場所がわかるようにする。

 どれが当たりでどれがハズレか区別できないとまずい。


 これは錬金術師の知恵じゃなくて、生活の知恵のレベルだ。

「四つも見つけたんだから一箇所ぐらいは当たるでしょ!」



 ――と思っていたら、帰路で暗青石を五箇所見つけた。

「もっと、慎重に探していれば、楽ができてたか……。まだ観察眼が甘いです……」

 学院という狭い空間では無双できても、環境が変わればそうはいかないと思っていたが、早速その洗礼を受けた格好だ。


「いや、自分一人で弱点に気づけて、さらに反省もできるんですから大変いいことです。むしろ、まだまだ伸びしろがある分すごい」


 ポジティブにとらえなおして、私は下山した。

 帰りに一度、ワカレミチが遠くに見えたので、威嚇のポーズをとった。


 両手を挙げて、体が大きいように見せかける。

「がおー、がおー! 強いぞー! 大きいぞー!」


 威嚇が聞いたのか、ワカレミチは顔を背けて、走って去っていった。

 文字通り一難去ったけど、あとには両手を振り上げた私だけが残された。


「成功してるわけなのに、まぬけな姿のせいで敗北感が押し寄せてきますね……。見られてるとできないやつです」


 見てるぞ――という声が聞こえてきた気がした。


 はっとして周囲を見渡すが、当然誰もいない。いられても困る。

 また教授の幻聴だろう。深く考えないでおこう。

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