第3話 理不尽な敗北

「何でですか? 何で、邪魔をするんですか!」


 私の目をじっと見ながら、五郎はそう問いかけてきた。


「簡単な話。アンタじゃ力不足だからよ。さっきだってストーカーに押されてたじゃない。ボス討伐は、そんな甘くはないわよ」

「そんなことは無いです! さっきは少し焦ってしまっただけで……」

「命がけの戦いに、さっきは、みたいな言い訳は通じないわ」


 彼自身も、それが言い訳にしか過ぎないと気付いているのだろう。私の言葉に目を伏せて下唇を噛む。そして私の目をまっすぐに見据える。


「僕は死ぬ気で前に進まないといけないんです。こんな所で止まっている訳にはいかないんです!」


 その言葉に、彼の眼前に箒を突き付けて、ため息をついた。


「はあ、さっきも言ったでしょ。簡単に死ぬとか言うなと。死んで得るものなんて何もないわ。死んだらタダのゴミにしかならない。たとえアンタが天才でも、将来有望だったとしてもね。何かを為したいのなら、何としてでも生きるのよ」

「そ、そんなこと言ったって……」


 彼の表情に戸惑いの色が広がる。だが、ここまで言っても折れるつもりは無いようだ。


「私はアンタにチャンスをあげようって言ってるのよ。それでも前に進みたいのなら、私を倒すつもりでかかってきなさい。私が認められるほどの力を見せたら……。手伝ってあげてもいいわ」


 しばらくの間、五郎はきょとんとしていた。しかし、その意味を理解して彼の戦意が高まるのを感じ取る。


「その意気よ。でも、簡単に認められるとは思わないことね」

「分かってます!」


 その言葉と同時に彼は斬りかかってくる。だが、わずかに身体を傾けただけで、彼の攻撃は空を斬る。そのまま横薙ぎに振ろうとするが、止められた。私が彼の間合いに入り、腕を押さえたからだ。そのまま彼の腕を返して小手投げを決める。


「がはっ!」


 背中から地面に落ちた五郎は短くうめき声を上げるも、素早く転がり剣を支えにして立ち上がった。小手投げは腕を極めるように投げる技だから、剣を落としてもおかしくない。だが、彼の手にはしっかりと剣が握り締められていた。


「やる気だけはあるみたいね。でも、実力が伴っていないわ」

「そりゃどうも。だけど、僕は諦めないから!」

「もちろん、かかってきなさい」

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

 その後も彼は必死になって剣を振り回すが、実直すぎる剣など私に当たるはずもなく、何度も反撃を受けて転がされていた。一方で、彼の動きが徐々に洗練されつつもあった。


「うおおおお!」


 彼が転がされたのは何度目だろうか。数えるのも億劫なほど反撃を受け、ボロボロになりながらも立ち上がり剣を振るう――と、見せかけて、剣を引いて盾で剣筋を隠しながら突きを繰り出した。


「……?!」


 単純に動きが洗練されているだけじゃない。彼の身にまとう禍々しささえ感じる気配に、私は少しだけ圧倒された。その突きを箒で辛うじて受け止める。そのまま受け流され勢いあまって地面に転がる五郎。


「く、くそぉ……」

「いいわ、合格よ。ボスの討伐を手伝ってあげるわ」


 悔しがる五郎に、私は肩を竦めながら健闘を称える。最後の突き、あれは単純に素晴らしいものだった。だが、それだけではない。あの禍々しいまでの気配は明らかに人のモノではなかった。もちろん、モンスターのモノとも異なっている。


「ほ、本当ですか?!」

「ええ、少しだけアンタに興味が湧いたわ」


 私が認めただけでなく、協力まで申し出て貰えたことに破顔する彼。そんな彼に私はニッコリと微笑みかける。経緯はともかく、彼に興味を持ったのは事実だ。しかし、そんな私の言葉に、彼は申し訳なさそうな表情をする。


「すみません、僕には広瀬結衣ひろせゆいという大事な人が……」

「……」


 別に告白したワケじゃないんだけど、なぜかフラれてしまった。私の方が強いはずなのに妙に負けた気分になる。苛立ちを誤魔化すように、頬をヒクつかせながら五郎を急かした。


「そんなことはどうでも良いわ。さっさとボスをしばいて帰るわよ!」

「あ、ああ、彩愛さん。待ってくださいぃぃぃ!」


 途中のゴブリンどもに八つ当たりしながら、ボス部屋へ疾走。五郎も何とか追いすがってきているようだ。


「ここのボスのことは分かっているの?」

「はい、ゴブリンロードですよね。本体よりも取り巻きをどうするかが大事だと聞いています」


 そう、ゴブリンロードは君主という名の通り、多数の護衛を配置している。中央奥にロード、左右を固めるようにナイトが八体、四隅にメイジ、六ケ所ある高台にアーチャーを配備している。ロード自体はさほど強くないが、敵が多く分散しているため、単身で攻略するのは至難の業だ。


「今回の作戦は五郎が単身ロードに突っ込んでもらうわ。もちろん、ナイトが妨害してくるし、メイジの魔法やアーチャーの矢が飛んでくる。そこは何とか耐えてちょうだい。あとは私が何とかするわ!」

「彩愛さん……。作戦が雑過ぎません?」


 五郎はジト目で見ながら、私の完璧な作戦にケチをつける。


「何を言っているのよ。私が一人で忍び込んで仕留めてもいいんだけど……。それだと時間がかかるからね。この方法が一番手っ取り早いわ」

「……」


 私の説明を聞いても、彼は納得のいかない顔をしていた。作戦と言いつつ、単なる力押しだから、彼の気持ちも分かる。だが、これが一番早いし、彼にも代替案があるわけでもないため、私の作戦で行くことになった。


「それじゃあ、中に入るわよ。準備はいい?」

「はいっ!」


 私が扉を開けると同時に、五郎が部屋の中に飛び込み、ロードに突撃――。


「えっ?」

「ええっ?」


 突撃しようとした五郎も、タイミングを見計らっている私も素っ頓狂な声を上げてしまう。なぜなら部屋の一番奥、玉座に鎮座しているのがゴブリンロード、ではなく巨大なスライムだったからだ。

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