【短編版】ダンジョンメイドは見た!~ダンジョンを巡って繰り広げられる陰謀を洗いざらいぶちまけます~(旧題:ダンジョン美化計画 ~ゴミもモンスターも一掃します!~)

ケロ王

第1話 清掃人の日常

「う、嘘でしょぉぉぉ……?!」


 目の前に聳え立つ巨大スライムを見上げながら思わずつぶやきが漏れる。その中には十三個のコアがプカプカと浮かんでいた。対する私は上から下までボロボロ。コアを破壊しようとして攻撃した隙を突かれて消化液を浴びまくったせいだ。あと一回耐えられるかどうかだろう。


「あと一個だと思ったのに……」


 最初、巨大スライムのコアは八個だった。消化液を浴びせられながら一つずつ潰していって、やっと残り一個となった。これで勝利、と思った直後の出来事だった。巨大スライムは奥の手を使ってコアを十三個に増やしたのだ。


「くっ、ど、どうすれば……」


 絶体絶命の状況に歯噛みする。下手に逃げようと背中を見せれば、その隙を狙われるだろう。完全に『詰み』だ。


 この日もいつもと同じようにダンジョンで仕事をして、家に帰って寝るだけだと思っていた。それが、こんなことになるとは……。


 ◇


 二〇〇〇年に世界中で一斉にダンジョンが発生した。政府はこれを脅威として軍隊が派遣。だが、ダンジョンに生息するモンスターには現代兵器が通用しない、ということが分かっただけだった。対処不能となったダンジョンは、立ち入り禁止とされ事実上放置されることとなった。


 だが、二〇〇五年にアメリカ・ニューヨークにあるダンジョンからモンスターが大量にあふれる事故が発生。多くの死傷者を出した。その際、ダンジョン内の資源でモンスターに対抗できることが判明。対抗策を手に入れた人類はダンジョンへと進出。多くの資源を獲得した。


 その後、ダンジョンに対抗する探索者という職業、彼らを統率・支援するために探索者協会が作られた。探索者はダンジョンを攻略することで、モンスターの討伐、資源の回収だけでなく、スキルや魔法といった特別な能力を開花させる。そのため、危険を顧みずダンジョンに挑む探索者が急増した。


 そんな中、二〇一五年に中国・重慶のダンジョンからスライムがあふれる事故が発生した。中国当局は即時ロックダウンを実施し、魔石を利用した兵器によって住民ごと焼き尽くした。中国当局は原因をダンジョン内で探索者が作りだした『ゴミ』」にあると公表し、これを『汚染爆発ビオデミック』と命名した。


 各国がダンジョン資源の軍事転用により危機感を強める中、日本政府はダンジョン清掃が急務であるとの方針を表明。探索者協会は、それを担う『清掃人』を雇用することを宣言した。しかし、強行採決したことにより世論が二分。国内で発生していないこともあって『清掃人』の世間での評価は著しく低かった。


 それを憂慮した探索者協会は採用条件を大幅に緩和。身元の確認不要や護衛の斡旋。支給される制服のデザインの変更。名称も『ダンジョンメイド』に改められた。


 ◇


 渋谷ダンジョン第九階層――上層と呼ばれる弱いモンスターが出現するエリア。今日は、ここが私の仕事場だ。ここは岩や土がむき出しの洞窟。ところどころ木材の柱で補強された坑道のようなところだ。


「脛に傷があるから採用条件の緩和は助かったのよね」


 腰まで伸びた黒いストレートヘアに黒を基調としたメイド服。左の胸には『影野彩愛かげのあやめ』と書かれた社員証。箒とちり取りを持って、薄暗い通路を歩いていた。


「これは酷いわね。事故でもあったのかしら?」


 ダンジョンの掃除と言っても、ところどころに落ちているポーションの瓶や剥ぎ取り終わったモンスターの残骸が落ちていて、通常はそれらを拾うくらいだ。

 だが今日は、それ以外にも壊れた装備や探索者の遺体が転がっていた。中層のモンスターあたりが迷い込んで暴れ回った結果だろう。


「無駄に手間がかかるからイヤなのよね」


 探索者の遺体も回収しなければいけないという点でゴミと変わらない。私の異能【亜空間収納】を開いて、大きいものは抱えて放り込む。それが終わったら小さいものを箒とちり取りで集めて同じように放り込む。

【亜空間収納】は複数のスペースがあり、これはゴミ専用だ。私は【ゴミ箱】と呼んでいる。


「この辺は一旦片付いたかな」


 周囲を見渡し、めぼしいゴミが無いことを確認する。箒とちり取りを掃除用具専用の【亜空間収納】――【用具入れ】に放り込んで、次の場所へと向かう。


「うわぁぁぁ、助けてくれぇぇぇ!」


 悲鳴?! そう思った瞬間、私は声のする方に駆けだした。ダンジョンメイドは掃除するのが仕事なので、率先して避難すべきとされている。基本的には行っても役に立たないからだ。そんな原則、私には関係ない。


 走っていった通路の先、鎧を着た何者かがひざまずいていた。それと向かい合う緑色の小人のような姿――ゴブリンだ。

 ゴブリンは両手を頭上に挙げて、その間に巨大な火球を作り出す。


「くっ、間に合わないか……?」


 私は【用具入れ】に手を突っ込んで手ごろなものを探す。そして取り出したのは平べったいちり取りだった。


「ええい、ままよ!」


 ヤケクソになって、ゴブリンめがけてちり取りを投げつける。クルクルと回転しながらゴブリンの腕と頭を刈り取り、奥の壁に突き刺さった。首が取れて絶命したゴブリン。火球も瞬く間に霧散する。


「お、おおお? 凄い……」


 狙いはしたものの、見事にゴブリンを仕留たことに自分でも驚いてしまった。すぐに襲われていた人に駆け寄る。


「大丈夫、ですか?」


 顔を覗き込むと私より年上、十七、八歳くらいのイケメンだった。痛みにより表情こそ歪んでいるものの、顔色は悪くない。すぐに死ぬことは無いだろう。


「ポーションは?」

「そ、それより。う、後ろ……」

「大丈夫、分かっているわ」


【用具入れ】から箒を取り出しつつ、振り返る。箒の柄が私に向けられたナイフを受け止めていた。どうやら奇襲しようとしたみたい。


「ゴブリンストーカー……。こいつがイレギュラーね」


 私は箒越しに不敵に微笑んだ。

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