第2話 救助の代価
ゴブリンストーカー。渋谷ダンジョンの第十階層以降――いわゆる中層に出てくる雑魚モンスターだ。だけど、雑魚と侮ってはいけない。上層、中層、下層、深層と呼ばれる階層は一つ下に行くだけで、モンスターが劇的に強くなる。
上層で余裕が出てきたからと、中層に行って命を落とす探索者も少なくない。もっとも、蘇生手段はあるので、命を落としたからと言って完全に終わりというわけではないのだが……。
「グギギギ……」
奇襲をあっさりと防がれたことに警戒して、ストーカーがバックステップで距離を取る。
そんなストーカーを無視して、私は男に向き直ると瓶を取り出した。
「ポーション無いなら、これ使う?」
「こ、これは?」
初めて見るであろう黄金色に輝く液体に、怪訝な表情で尋ねてくる。
「エリクサーよ。ちなみに、一瓶三千万円ね」
「えっ。そ、そんなに?! 分かりました……。死んでも払いますから、お願いします!」
下層や深層を攻略できるSランクやAランクと言った上位の探索者にとっては大した金額ではない。下手すれば一回の探索でも、そのくらい稼ぐことができるだろう。だが一回の探索で、せいぜい数十万、通常は数万程度の稼ぎしか見込めない駆け出しにとっては天文学的な数字だろう。
彼はそれを聞いても、戦意を喪失することはなかった。戦って道を切り開く。そんな貪欲さがないと、探索者としてはまず成功しない。
「まあいいわ。合格よ。でも、気軽に『死んでも』なんで言うものじゃないわ」
私は彼にポーションの瓶を渡す。それを一気に飲み干した。
「あ、その程度の傷。一口飲めば十分なのに……」
「それは先に言ってくださいよ……」
そう言って五郎はジト目で睨んでくる。エリクサーの効果は瞬く間に現れ、彼の傷や火傷がみるみる治っていく。完治した彼は立ち上がると頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! あの、ちなみにお名前は?」
「ああ、自己紹介がまだだったわね。私は
「僕は
「彩愛でいいわ。それで五郎。あれはどうする?」
私はストーカーを指差して尋ねる。私よりは圧倒的に弱いストーカーだが、彼にとっては互角か、それ以上の相手だろう。だけど彼は挑むことにしたようだ。私の目に狂いがなかったと確信して、思わず笑みがこぼれる。
「それじゃあ、頑張りなさい」
「はいっ」
彼を前に行かせて私は見守ることにした。難しいとは思うけど、もし彼一人で倒すことができれば、またとない成長の機会だ。私が出れば余裕だろうけど、それでは彼の成長の機会を奪うことになってしまう。
五郎が前に出て、私が後ろに下がったことで、警戒を解いたストーカーが彼に飛びかかる。五郎はナイフの突きを盾で受け止め、剣を振るい――。
「後ろよ!」
「くっ……」
私の言葉に、五郎は盾を構えながら身を翻す。ギリギリで受け止めたナイフ。すぐにそれがかき消えた。
「今度は上!」
「くそっ」
上に構えた盾にナイフが当たる。素早く身を屈めて盾を頭上に持ってきたのだ。防戦一方で攻めに転ずることができない五郎は、次第に苛立ちを募らせる。その結果、大きな隙が生まれた。それを縫うように襲い掛かるストーカーのナイフ。それは、彼の防御を抜けて脇腹をかすめた。
「まだまだ早かったみたいね」
「す、すみません!」
戦意こそ残っているが焦りのあまり冷静さを欠いている彼に、これ以上の戦闘は厳しいだろう。私は手に持った箒でストーカーが右手に持っているナイフを弾き飛ばした。
「グギギギイイイ!」
戦いの邪魔をしたことに腹を立てるストーカー。だが、これは試合じゃないのよ。五郎相手には優位に立ちまわっていたが、私が相手では通用しない。ストーカーが背後に回るより早く、さらに背後へと回る。
後ろを取られたことに気付いたストーカーが慌てて振り向こうとするが――。
「遅っ、いっ!」
箒の柄を支えにしたドロップキックにより宙に浮いたストーカー。無防備なその身体を箒で地面に叩きつけるように振り下ろす。羽虫のように勢いよく叩き潰されたストーカーは、しばらくの間ピクピクと動いていたが、やがて絶命して動かなくなった。
「いっちょ上がり!」
「あ、ありがとうございます。助かりました」
脅威がなくなって一息つけるようになった五郎は、改めて私に頭を下げてくる。ダメージこそエリクサーでほとんど回復しているものの、ゴブリンたちとの戦いで装備はボロボロになっていた。
「その装備じゃ、もう戦えないでしょ。早くダンジョンから出た方がいいわ」
「でも、アイテムを取るまでは……」
「何のアイテムよ。そもそも何に使うつもりなの?」
「えっと、この先にいる上層のボスから出るアイテムなんですけど……」
彼の口から出た言葉は、無謀としか言いようのないものだった。探索者にはランクがあって、駆け出しのFランクから始まり、初心者卒業のEランク、一人前のDランク、一流の仲間入りのCランク、エリートクラスのBランク、トップレベルのAランク、伝説級のSランクと七段階のランクに分かれている。
これは探索者協会で募集される依頼の難易度と関連していて、当然ながら高難易度の依頼ほど報酬は良くなる。
「上層のボスなんて、駆け出しの探索者が勝てるわけないでしょ」
「だけど、パーティーに入れてもらうには、それを取ってこないといけないんです」
「そんなところに行っても碌なことが無いわよ。正直おススメしないわ」
パーティーメンバー選定のために試験を課すところはある。だけど、駆け出しだと分かっている相手に、そんな要求をすることはまずない。その前に落とされるからね。
「でも、酒場で聞いたんです。お奨めのパーティーは無いかって。そしたら、そこのパーティーを紹介されたんです。まだ出来たばかりだけど、将来有望だって……」
「どっちにしても、アンタ一人じゃ無理。今日は大人しく帰ることね」
「そんな……」
がっくりと肩を落とす五郎。何が彼をそこまで追い詰めているのか、私にはさっぱり理解できないのだが……。
「すみません、僕はやっぱり行きます!」
「……それなら、私に勝ってから行くことね」
私は彼に向かって箒を突き付けた。
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