第4話 スライムに潜む陰謀

「いや、何でスライムなのよ!」

「ま、待ってください。あれは……ゴブリンロードじゃないですか?!」


 よく見ると巨大なスライムの中にコアとは別に七個、ゴブリンの頭が浮かんでいた。その中に一つだけサークレットを付けたゴブリンの頭がある。あれがゴブリンロードだったものだろう。それに、ナイトが二体になっていることを考えると、残りは六体のナイトか……。


「仕方ないわ。護衛の数が減ったのは運が良かったってことにしましょう。五郎は作戦通り、他のゴブリンの注意を引いてちょうだい。その間に、私がアレを仕留めるわ」

「分かりました。気を付けてください」


 五郎が盾を構えながらまっすぐに突撃。ナイト二体が反応してエンゲージしたタイミングで雄叫びを上げる。


「うおおおおおお!」


 五郎の雄叫びに反応して、メイジとアーチャーが一斉に五郎に攻撃を仕掛ける。その隙に、回り込んでスライムに接近。箒の柄でスライムのコアを突いた。


「やった?!」


 はじけ飛ぶコア。しかし、スライムは変わらず姿を保ったままだった。攻撃されたことに気付いて、私に向かって消化液の塊を吐き出してくる。


「くっ……」


 私の服が溶かされていく。スライムの放った消化液の塊、それが大きすぎて回避しきれなかったようだ。攻撃した後の隙を狙われたというのもあるが……。


「どうやら、ゴブリンを取り込んだことで変な知識を手に入れたようね……」


 マンガとか小説だと、服だけを溶かしてくるスライムとか見ることもある。だけど、現実の世界で、スライムが服だけを溶かすという都合のいい設定など見たことがなかった。ゴブリンやオークは女性を襲うという話を聞いたことがあるが、これはゴブリンとスライムの性質が合わさって進化したのだろう。


「しかも、ゴブリンの頭もコアとして機能している? いや、それも本体か……」


 私は再び箒の柄で、今度はロードの頭を潰そうと突き入れる。だが、器用に身体を動かしてナイトの頭を入れ替えてしまった。身代わりとなって潰されるナイトの頭。それに反撃するように消化液を吐き出してくる。


「くっ、攻撃直後の隙を狙われると厳しいわね……」


 追加で浴びた消化液によって、さらに服の侵食が進んでいく。慎重に様子見をしていると、向こうも様子見程度の攻撃しかしてこない。仕方なく一つずつゴブリンの頭を潰していくが、その度に隙を突かれて消化液を浴びてしまう。

 服を犠牲にしながら、頭を潰していく。そして、残り一つ、ロードの頭だけとなった。すでに私の服はボロボロで、小さい布切れがかろうじて身体を隠している程度だった。あと一回浴びてしまえば全裸になってしまうだろう。


「はあはあ、よし、あと一つよ……」


 まさにギリギリの攻防だった。


 そう安堵したのも束の間、部屋の至るところから悲鳴が上がる。いつの間にか展開されていたスライムの分体が、残ったナイト二体、メイジ四体、アーチャー六体を取り込み融合する。残り一つだった頭は、あっという間に残ったゴブリンの頭が加わり十三湖となってしまった。


「今度こそ、失敗は許されないわ……」


 それは完全回復というよりは第二形態。ギリギリ勝てると思った戦いは、絶望的な状況に塗り替えられてしまった。最後の望みをかけて意識を研ぎ澄ます。狙うはただ一つロードの頭。それを潰せたとしても勝てるかどうか分からない。だけど、私に残された唯一の勝機だった。


「ええええい!」


 乾坤一擲。ありったけの気合を込めて打ち込んだ突き。だが、それもナイトの頭に阻まれてしまった。


「しまっ――」


 反撃の消化液が迫ってくる。まだ服が残っているからいいけど、もし全裸になってしまったら? その後、どうなるかは完全に未知の領域だった。迫りくる消化液に覚悟を決めた私の目の前に、五郎が立ち塞がった。彼の盾や鎧も腐食していく。私の代わりに受けた消化液によって。


「早く、今のうちに! こいつは僕が食い止めるから、早く潰していって!」

「わ、分かったわ!」


 一突きごとに潰されるゴブリンの頭。そして、私を狙って吐き出される消化液。それを五郎が身を挺して防いでくれる。彼の装備がボロボロになって肌が露になるにつれて、心なしかスライムが萎えていくように感じられた。


「完全に頭ゴブリンだわ……」


 彼の服もボロボロになり、あと一回受ければ全裸だろう。そのタイミングで、私の一突きが最後のロードの頭を潰した。コアを失ったスライムは、瞬く間にどろりとした粘液になって、地面に広がっていく。


 残ったのは半裸になった五郎と私、それから粘液まみれのロードのサークレット。彼の脇腹をつついてサークレットを指差す。それに気付いた五郎は右手の親指と人差し指でサークレットをつまみ上げた。


「アイテムも手に入れたことだし、もう十分でしょ? 帰るわよ。まったく、酷い目に遭ったわ……」

「あ、ああ、そうだな」


 残った服の残骸を両手で押さえながらダンジョンの入口へと向かう。入口から出てすぐの所には探索者協会の支部が設置されている。その受付で入退場の管理や素材の換金、清掃や依頼の報告などを行うことになっているのだ。


「出る時は少しタイミングをずらしましょう」

「えっ、何でだよ!」


 ダンジョンの入口手前。私の提案に五郎は声を荒げた。努めて冷静を装いながら彼の服を指差す。


「こんな格好で男女二人が一緒に出たら、変な目で見られるでしょ!」

「た、確かに……」


 彼も状況を把握したのか、私の提案に従う。先に五郎に外に出てもらって五分ほど待つ。ダンジョンから出た私の視界に飛び込んできたのは、結衣と思われる少女と半裸の五郎が抱き合う姿だった。


「お疲れ様です。って、どうしたんですか?」

「ああ、手ごわいモンスターに遭遇しちゃって……」


 心の中で、あまり騒がないで欲しいと祈りつつ、作業報告を行う。だが、既に手遅れだったようだ。タイミングをずらしたとはいえ、同じようにほぼ全裸の男女が出てきたら関係性を疑うのも当然だろう。むしろ、ずらしたせいで後ろめたいことがあるように見えるかもしれない。


「すみません、報告などは後日しますので、とりあえず羽織るものだけ貸してもらえますか?」

「あ、はい。どうぞ」


 背後から突き刺さるような結衣の視線を浴びながら、受け取った布を羽織ると逃げるように建物から飛び出した。

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