14(また、会いたいよ)

 私は内心でこの境遇に悲観していた。

 同情も、特別扱いも要らなかった。幸い私は学習を忘却することはなかった。日々の積み重ね、それが私をよりよくしてくれることを知っていた。

 部屋は整理が行き届き、私の存在が日々メモに堆積していく収納は母の協力がなければ破綻していただろうと痛感する量に膨れ上がっていた。

「私は二日に一度記憶を失う、この体質になって三年が経つ。きっかけはよくある事故、妹を亡くしたショックによる物だと医者に言われた。kれど私は妹の記憶を忘れてしまっているから、いつも仏壇の前に行くと肩身の狭さを感じている」

 仲の良い姉妹だったそうだ。

 ここまでが毎朝、机に貼られた紙によって三年前の私が更新される内容になる。

 読むたび、激流になった気持ちが押し寄せる。同時にいくつもの私に出会う。

 色んな自分がそこにいて、出会って、馴染んで、そのうちほとんどが今の私から切り離されて過去のものになる。中には不思議だけど馴染まず無かった事にされる私もいて、それが多分、妹といた頃の私の思い出なんだろうと、薄々で気づいたりしている。無気力とは違って触れられない感覚が気持ちに蓋をしてしまう。

 私はこの三年間、ずっと卑怯者。


 堆積していくメモの中には『大切だ』『友達だ』そんなふうに書かれてその後のメモに登場しなくなる人物はたくさんいた。もう沢山だった。けれどそんな気持ちの山の中で初めて『大事な人』。

 いつもつい期待してしまう私だから、今日待ち受けているかも知れない失望の気持ちに怯えていた。

 そこで、壁の張り紙には机の上のメモの他に「鏡ですがたを確認すること」と会ったことを思い出す。


 私は私の裸を見て嬉しくなった。体には数多く残された油性ペンの文字。胸元に書かれた呪いの言葉。

 胸元の呪いを上書きするようにしっかり書かれた大事な人の名前に過去最高の気持ちになる。

 私の言葉はノドから溢れた。

「黄瓦芳君にまた、会いたいよ」

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キミに捧げる初めてたち 彩芽綾眼:さいのめ あやめ @0ayame

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