13(馳る)

「えと、反応に困る」

「どっちの意味で」

「いや……」

 僕はもはや黙ることしかできなかった。こういった色恋にはまったく体制が無かったからだ。

「あ、もうすぐ朝礼が始まっちゃうんじゃない?」

 逃げ道を選んでしまった僕だった。

 教室へ向かう途中、神楽さんは僕の後髪にで不満そうな視線を向けていた気がする。


 教室で朝礼を受けながら、僕は神楽さんのことを考えていた。

「昨日と性格が変わりすぎていないか」

 積極的がすぎる。なにかフットワークが軽くなったような凄まじさがある。

「なに困り顔してるんだよ」

 いつのまにか朝礼が終わって隣の席の赤口郡乃せきぐちなのがアタマの上にデカい声をぶつけてくる。

「あー、赤口さ今時間いい?」

「なによ」

 彼は友達という間柄からかこころよく話につきあってくれた。

「例えば赤口、お前は絶世の美女カッコ同級生に英智な誘いを受けたらどうする?」

 赤口は立ったまま視線を落として顎をしゃくる。

「それはちょっと、高校生には刺激が強すぎる案件だな、俺なら理性を失ってケダモノになる自信があるぞ」

「お前のそんな性癖が聞きたいんじゃないんだ」

「辛口だな〜」

「僕が直面している課題は、その「乱れた誘い」をした美女の、同情してしまうような事情を知ってしまっているから、対応に困っている。ということなんだ」

 つい辛口になってしまったことに、弁明したい気持ちを持ちながら、本題を問いつめてみる。

「なんだそんな難しいこと考えてて頭痛くならないか?」

「茶化すな」

 僕はこの軽口を何度聞いたことか。赤口郡乃、こいつは難しい課題(学業を含む)に向かい合った時、こうやって茶化すクセがあるんだ。

「そう呆れるなよ、昔なじみだろ?」

「お前の中では3年前も昔に含まれるんだな」

「そりゃそうだろ」

「そりゃそうか」

「軽口もそこそこにそろそろ本題に行こうか」

「待ってましたよなのっち」

 こんな流れで、その「課題」に向き合ってくれるのもこの赤口郡乃という男の名物なのだ。

「考えたんだが、その同情してしまう事情を詳しくきかないまま意見するとしてだ」赤口はそう切り出す「うん、お前の性格からして、その場は逃げるか何かしてやり過ごしたんだろう」これに頷く「つまり今ごろその美女は、不安になっているんだ。お前のことを考えながらな?」

 ここで赤口はほくそ笑む。

「その不安なところをこう言ってやるんだ」「今はHなことを考えられない、この距離感で居よう」

「だ!」

 キメ顔が似合いすぎて「ウザイな」とディスる。

「妙なセリフだな」

「いい意味で、だろ?」

「あぁ、でもひとつ質問とひとつ意見がある」

「なんだ」

 僕は一呼吸おく。

「質問からだ。その提案をまとめると「不安なところに刷り込みする」というわけだが」

 ここで赤口は頷く。

「認知の不協和音だな」

「バレると思ったよ」

 この赤口は、数少ない穿った見方をする考えの話も通じる人間だ。

「後ろに愛しの人がいる状況でよく言えたな、そんなエグいこと」

「ああ知ってる。サザンオールスターズの「いとしのエリー」な曲の気分で助言してたさ」「ふたつの意味で」

 こいつ、よく弁が立つ。僕にはない気の良さがある、だから憧れてしまうやつだ。

「だってよ浅熊あさま、愛してるだとさ」

 僕は赤口の後ろにいる女子、浅熊にさじを投げる。

「こいつ馬鹿だからしかたない」

「おー、優等生は今日も黄瓦よりも辛辣ですね」

 この2人のやり取りを聞いて僕は笑う。

「お、なにか得心いったか?」

 赤口は僕の様子を敏感に悟った。浅熊も一緒に僕を見る。

「うん、おかげで納得のできる答えがみつかった、それに痴話喧嘩も見れて気分もよくなった」

「うっせ」赤口は笑う。

「行ってらっしゃいじゃなくて、これから授業だから座りなさい」

 浅熊は優等生らしいことを言う。僕は言う。

「腹も座った」

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