先般

「違う、ここじゃない。」


あの日見た思い出の景色。

俺はそれを探して毎日、いままでの人生を清算するかのように、歩いていた。


俺の中にあるあの景色。

それは酷く曖昧でぼやけた景色だけれども、

それでもしっかり覚えている。


でも、見つからない。


いつもなら気にもならない道端の植物も、海から感じる潮の香り、波の音。

その一つ一つがとても深く、心に残る。


時間が経てば経つほど、心が苦しくなる。

身体も徐々に弱っていっているのがわかる。


僕は焦っていた。・・・・・・・・


その焦りが冷静さを奪い、状況を悪くするとわかっているのに。


僕は、あの景色を見てももう死んでいいなんて思えるのかな。


僕は、後悔ばっかりしてきた。その後悔が無くなることなんてないんだ。


苦しい状況に弱音が段々増えていく。

それでも決して足は止めない。


本当はもう辞めたいって思っているのに、

これはもう僕の本能に近いものなんだろうな、


***


叶わなくても、諦めたくない。後悔しない為に。


***


久しぶりに学校に来た。


と言っても、授業を受けに来たわけじゃないし、そもそも今は夏休み。

学校は空いているはずがない。


でも、学校に付属している図書館は多分開いてる。

僕は図書館であの景色について調べたいんだ。


焦りや恐怖。それらの感情は足枷となり、

進むことがとても困難になっていた。


ゆっくりだけど、確実に学校には近づいている。


そして、学校に進むに連れて人は増えていく。

明らかに学生では無い大人も多い。


何が学校でイベントでもあるのだろうか。



学校に着いたら数え切れない人達が取っ組み合い、喧嘩になっている。


なにか騒いでいるがなんて言ってるかは聞こえない。

俺が遠くにいる。と言うよりは、喧嘩をしてる人達が多くて聞き分けることが出来ない。


ただ、わかるのは当たり前なんかじゃない。

今目の前に広がるこの景色は地獄そのものだ。


なぜ、争いが起きているのか、

なんのために、争いを起こすのか、


俺にはそれが全くもって分からなくてとてつもない恐怖に苛まれた。


「おい、お前も例の件で来たのか?」


俺の前に1人の男が立ち塞がり、

俺の視界を塞いだ。


筋肉質で肌が焼け、小麦色に染る体。

その外見からして島の漁師だろう。


昔は漁師のみんなとも仲良かったはずなのに

今はもう全然覚えていない。


例の件?

ここで起きているこの争いに関係しているのか?


「何とか言えよ!」


男は突如とし激昂し、俺の腹を殴ってきた。


筋力の落ちた俺の体にその攻撃は深く刺さった。

痛みと共に俺を襲うのはこの理不尽への怒り。


ただ、この俺の弱った体ではこいつに抗うことすらまともに出来ない。


ただただ怒りの感情が大きくなっていくだけだった。


俺は強く刺すような鋭い目を男に向ける。

もちろん、男もその目に気づく。


男はもう一度高く拳を振り上げた。

またややれる。

逃げようと頭で判断しても体が追いつかない。

足が全く動かないのだ。


俺ができたのは自分の腕を掲げ男の手を止めようとするだけ。

恐怖から俺は目を力強く閉じ視界はない。

それにより、俺の行動はほとんど意味をなさない

行動になってしまう。



しかし、俺に男の拳が全く届かない。

普通なら攻撃されてもおかしくないのに。


目をそっと開けると目の前には男の拳を軽々と止める1人の青年がいた。


「兄ちゃん。倒れてる相手に追い討ちかけるのは見過ごせないね」


彼はニコニコと笑顔でそう返す。


「あぁ?邪魔するんじゃねぇよ。てめぇもあれが欲しいんだろ?」


また、男が叫ぶ。

男が言うそれは一体なんなんだ?


「俺は島の外から来た人間だ。あれって言われても知らないよ」


「じゃあ、関係ねぇからそこどきな」


そう言って男が反対の空いてる手を握り青年

目掛けて振りかぶる。


ただ、その拳が青年に当たる前に男は吹き飛ばされた。

そう。吹き飛ばされた。

俺は夢でも見ているのか?

今起きている全てが全くもって理解出来るものでは無い。


青年が軽く男の顔を押しただけで男は吹っ飛び、

倒れ込んだ。

こんなことが有り得るのだろうか。

少なくとも俺の知る限りできるはずがない。


ただ、それを可能としている人間が目の前にいる。


全くもって状況が理解できない。

急にいちゃもんつけられて殴られた。

そうしたら謎の青年が助けてくれた。


全く今何が起きているんだ?


「君大丈夫?」


「あっ、はい。あなたは?」


「あー俺?俺は島の外から来た人間だよ多分すぐ帰るし名前も覚える必要ないよ」


「そーなんですか、」


「うん」


謎の青年は笑顔を崩すことなく会話をしている。

その笑顔はどこか恐ろしく、安易に近づけない

雰囲気だ。


「ところで君はさっきの彼が言っていた

『あれ』ってなんのことがわかる?」


「いや、俺もなんのことかさっぱり分からないんですけど多分この島の感染症に関わることかなって」


「感染症?」


「はい。この島ではいつからか罹ったら死って言われてる感染症が流行ったんですよ。

で、未だに特効薬も治療法もなくて、島の人は

毎日ビクビクしなが生活しているんです」


「そんな病気が、」


「あっ、でもそれの感染経路は人や動植物からでは無いらしいんで安心してください」


「そっか、ごめんね心配させて」


「いえ、」


ここにいる人達はみんな目の色を変えて争っているように俺には見えた。

それ程までに鬼気迫る迫力に威圧感があるのだ。

ピリピリとした空気が肌を刺すような。


「まぁ、この感じじゃ何があったかなんて聴けなさそうだしね、君も早くここを離れた方がいいよ。」


「はい、そうします」


そう言って、俺は青年と別れた。


今日は学校にいられないな、

明日また来て図書館で調べものをしよう。


そう思って帰路に着く。


はずだったのに、


後ろから何かが破裂したような強烈で

けたたましい音が俺の鼓膜を刺激した。


俺は一体なんの音が分からなかったけれど、

無意識的に脳が危険を知らせて俺

は体を動かすことが出来なくなった。


俺が体を制御できるようになったのはその後すぐ

誰かの怒号が聞こえたからだ。


「誰か手伝え!」と。


俺はその声と共に音のした方向へ駆け出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダレガタメニ 猫宮いたな @itana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る