第5話
「はあっ、はあっ、はあっっ」
一人の女の子が走っていた。年の頃は15、6ほどか?体つきは悩ましく、すでに女性のそれだが、顔つきにまだあどけなさを残している。肩甲骨辺りまで伸ばした黒髪を靡かせながら、何やら悲壮な表情で走っている。
「げぇへへぇ〜、鬼の居ぬ間に洗濯とはまさにこのことよ〜、
おーい待ってくれ〜未来の旦那から逃げるなんて酷いじゃねーかよ〜」
そう言って女の子のすぐあとを男が追う。おそらく高校生だろう。着崩した制服のしたに赤いシャツを着ており、黒髪を昔ながらのリーゼントにかためている。重そうだ。というか制服を着ているとかバカなのかこいつは?
と、女の子が地面に躓いて転ぶ。
「へえへへぇ〜、今から俺と愛を語り合おうぜぇ〜、ぶへへへへ」
そう言いながら男は女に近づく。何やらカチャカチャと音をさせているが、ズボンを脱ごうとしているのだろうか?
俺はため息を一つ吐くと、物陰から姿を出し、女の前に立つ。ちょうど男と正対する形だ。
「何だあ?お前??」
男の問いに対し、俺は、
「この女は俺のだ、去ね」
そう返す。
途端に男は顔を真っ赤にし、腕を振りかぶってくる。
モーションが大きすぎる。これでは相手を殴るぞと宣言してから殴るようなものだ。
まぁ、モーションがなかったところで俺には大差ないんだがな。ヒョロいくせにパンチにスピードがあるわけでもない。早いのは女に出そうとする手だけか。あー、この程度のパンチ、受けても大したダメージにはならないだろうけど、ただ受けてやるのも嫌だしなあ、蚊に刺されるのが大したダメージにならないからって黙って血を吸わせるやつがいないのと同じことだ。
あー、めんどくさい。
脳内でごちゃごちゃ考えていると、男(ヒョロくんとしよう)の拳はまだ10センチと動いていなかった。
全く、まだ牛のほうが俊敏かもしれねえな。
俺は相手の顎に一発パンチを叩き込んだ。
と同時にひょろくんは膝から崩折れる。
これでしばらく目を覚まさないだろう。半日もすれば意識は戻るだろうが。
さて、俺は後ろを振り返り、女の子に声をかける。
「大丈夫?」
すると女の子は顔を赤くして、何やらモジモジしている様子。
うーん、勘違いじゃなければ俺ってば罪な男。
見ると女の子は膝を擦りむいているようだったので、
「失礼するよ」
一言声をかけてから、女の子をお姫様抱っこする。女の子はさらに顔を真っ赤にし(ゆでダコみたいだ)、何やらアワアワ言っているが、怪我した直後女の子に歩かせるのはあれだし、おんぶはもっと恥ずかしいだろうからね。
そのまま近くの水道まで運び、洗った後、消毒をして絆創膏を貼ってあげる。
うん、我ながら完璧な処置だ。
「あ、あ、あの!」
「うん?」
「あ、ありがとうございましゅ!」
噛んだ。かわいいな。
「いいや、例に及ぶほどのことはない。義を見てみてせざるは勇なきなりってね。俺はただやるべきことをやってまで。」
「で、でも!! 本当に、か、感謝してるんです! もう、だめかと思って絶望したところを、その、救っていただいて! あ、あの、あなたは私にとってその、ヒ、ヒヒ、ヒーローです!!」
「あはは、そこまで言われると照れるな、うん、ヒーローか、悪くないね というと、さながら君はヒロインだね」
そう言うと女の子は見ていて心配になるくらい顔を赤くすると、ぷしゅ〜と何やら音を立てて俯いてしまう。
そんな彼女に、
「歩けそうかい?」
そう尋ねると、女の子は黙って首を振る。
「仕方ない、じゃあ君の家までおぶっていってあげよう」
「は、はぃ、ぁりがとうございます」
彼女は消え入りそうな声で言うと、恥ずかしそうな、でもどこか嬉しそうな顔で俺におぶられた。
見つかったら栞に怒られそうだな。
そう思いながら俺、水波八雲は彼女を背にして歩き出す。
あれから、姫宮さんに会ってから早いもので2年半が経つ。
姫宮さんとのトレーニングもとい修行いや苦行と言ってもよいそれは、今思い返すと相当なものだった。はじめのうちこそ水風呂のようにぬるかったトレーニングだが、月日を追うごとに、まるではじめの頃ののトレーニングが年寄りの散歩だったかのように錯覚するほどきつくなっていった。
しかし、同じトレーニングを姫宮さんが涼しい顔して一緒に行うのはものだから、女性でもこなせるようなものなので音を上げるわけにはいかないと、意地でも食らいついていった。
加えてきつい時に姫宮さんがかけてくれる言葉が、まるで即効性のポーションのように俺の心と体を癒やしてくれたおかげで、何とか日々の修行をこなすことができた。
ようやく女性並みの体力と格闘能力が身についたかと俺が思ったのは、修行を始めて1年ほど経った頃。
体がある程度できて、格闘の基礎もできてからは毎日姫宮さんと模擬戦闘を行っていた俺だが、ある日、ついに姫宮さんを打ち負かすことができたのだ。
大人とは言え一人の女性に勝ったくらいで喜ぶなと、当時の俺は内心思ったが、嬉しさは抑えられなかった。
そんな俺に、姫宮さんは、ついにこの日が来たかと言うような表情で、俺に話があると言ってきた。
いじめられっ子だけど恋がしたい! ちょび @yom_4
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