古都の空気感がたっぷりと味わえる、繊細で情緒に満ちた作品

 京都、なんと美しい土地だろう。すぐにでも休みを取って行ってみたいものだ。

 この作品を読み終えた後、しみじみとそう感じさせられました。
 それだけ、この作品は京都の情景がとても美しく描き出されているのです。

 カメラを手に、京都への一人旅をした主人公の神崎悠斗。
 彼の目を通して描かれる古都の風景は、実に情緒に溢れていて、文章を読んでいる内に、その土地の空気が自然と感じられるようでした。
 ただの風景の美しさだけでなく、その土地に足を踏み入れた際に生まれる独特な非日常感。そんな胸の高鳴りがはっきりと伝わってきて、京都という場所の魅力がこれでもかと伝わります。

 流麗な文体で旅情が綴られ、自然と主人公の抱えている葛藤などまで自分のことのように共感させられてしまいます。
 喪失感を抱きながら旅に出た主人公。カメラを手にし、「手の届かない何か」を少しでも自分の一部にしようとするかのようにシャッターを切り続ける。

 そんな彼の元に訪れる、一つの奇跡のような時間。
 これがただの偶然でなく、意味として繋がるものであって欲しい。彼の繊細な心情に共感しながら、一緒に昂揚とした気分になれる素敵な小説でした。