第9話 勇者、壁を作る


 さてと、宣言したからには仕事をしないとな。


 ヨアヒム、ゲルトと三人で、手伝ってくれる村人と合流して村の門まで行く。初日に会った門番の兄ちゃんが迎えてくれた。

「凄かったぜ新村長。震えたね。俺でも役に立てることがあれば言ってくれ」


 そりゃ凄かっただろう、途中から『勇者』スキル〈勝利への呼び声〉を使ったから。これはステータスが上がるのではなく、ゲーム的に言えば士気が向上するスキルだ。分かり易く言えば、メッチャ盛り上がるスキルだ。と認識していたんだが、目の前に涙を流さんばかりの人がいると今後は自重しようと思う。反省だな、これ。


「昨日の内にどこの場所を壁にするかは、ライネルさんから聞いている。早速、始めたいが、その前に兄ちゃん名前は? 俺は新村長のカケルだ」

「おお、言ってなかったか。俺はオリバー。ここに来る前は冒険者でランクはEまでいったんだぜ」

 出た! 冒険者。まあ、今が村人で門番ならいいか。今後は冒険者はNGだが。

 Eランクが自慢になるのかね、二個上がっただけだろ。


「よろしくオリバー。お前の仕事は門番をしつつ、手伝いに来る村人に指示を出すことだ」

「指示って言われても俺に壁づくりの経験はねぇぞ」

「少しの間、見てればわかる」

 俺がそう言うとキョトンとした顔を浮かべたが、一瞬後に畏まった表情で『村長様のご指示に従います』と言った。怖いよ。狂信者か。

 やっぱり〈勝利への呼び声〉を使うのは自重しよう。


 村の門の前には街道が通っている。その先がいきなり木が茂っている。森だ。

 こりゃダメだろ。賊や魔物相手に見晴らしが悪すぎる、将来的には交通の便の問題もある。馬車が行き交うようになる村にするつもりだからな。駐車場は今の内に整備しておこう。


「そんじゃ、やるぞ」

 聖剣を抜き魔力を貯める。そして体勢を低くして地面スレスレから横なぎの一撃を振るう。まず左側、そして中央、そして右側。

 三回、剣を振っただけなのだがヨアヒムとゲルト以外はポカンとしている。

 なので、俺は風の初級魔法で木を押してやると一気にズズーンと轟音と共に木が切り倒された。ポカンとしていたのがポカーンになった。


「よし、まずは枝打ちからだ。皆は枝打ちに専念してくれ。丸太になったのを運ぶのは俺ら三人でやる」

 ここについて来ている村人はこれでいい。

「オリバー。後から村人が来たら同じように枝打ちをするように言ってくれ」

「まかせてくれ! 村長様」


 午前中は材料集めだ。一気に丸太を集めて午後からは一部の壁を造り始める。

 女神様はシミュレーションゲームって言ってたけど、これだとクラフトゲームだな。

 最初は石と木を拾って石の斧を作って、その辺の木をカンカンするやつ。それで木製の豆腐ハウスを造るとこからスタートするやつだよ。

 そんなことを考えながら周囲を見渡すと、鉄の道具で作業しているのは二割もいない。青銅なのか、よく分からない金属を使っているのが五割。残りが石の斧だった。

 マジか、文明レベルが低いとは思ってたけどリアルで石の道具を使うほどかよ。

 これは村長として改善しなきゃいけないよな。


 ズバッと切ってズズーンと倒れるを繰り返していると昼が近くなってきた。

「ゲルト。俺は食材を調達しに行ってくる。魔物の感知と討伐をお前に頼むぞ。ヨアヒムは範囲はともかく精度が当てにならないしな」

「ええ、任されました。この人数、範囲なら無傷をお約束しますよ」

「ちょっ、カケル。当てにならないは失礼っしょ! そこまで言われたなら仕方ない。俺っちも防衛に参加するっしょ」

 天才魔道士で天才錬金術師がバカなこと言い出した。

「いや、いいよ。お前が防衛に参加するだろ。そうすると最初に火魔法使って”森で火を使うんじゃねぇよ”って怒られて、その後火がダメなら氷だろって感じで周囲を永久凍土にする未来が視えるから」

 こいつは天才なのにバカなのだ。

「ヒドいっしょ。そんな事はちょっとだけしか考えてなかったっしょ」

 矛盾かと思う人もいるかもしれないが、天才とバカは両立する。


 報酬は出せないが食事の用意はすると言ったんだ。約束は守らないとな。

 〈気配察知〉と〈魔力感知〉を全開にしながら索敵し、作業場に近づきそうな魔物を片付けながら獲物をゲットした。

 小一時間もしないで戻ってくると次は飯の支度に入る。

 『勇者』は万能。〈解体〉も〈調理〉スキルも持ってる。

 ささっと捌いて焼肉の準備を整える。外で大人数ならこれだろ。

 準備完了かと思ったタイミングで、エマさんとハンナが山盛りのパンを持って現れた。こりゃあ食うしかないな。

「よし! 皆、昼飯にしてくれ!」

 こうして平和に午前中は終わった。


 そして平和でない午後が始まる。

「ゲルト! 右から来る二体を任せる。ヨアヒム! 左前方から四体が追加だ。森から出てきた所を薙ぎ払え」

「了解」

「任せるっしょ」

 解体した時に流れた血が悪かったのか、ジュジュー焼いた焼肉の匂いに引かれたのか作業場には魔物が襲来していた。

 魔物が襲来というと危険を覚えるかもしれないが俺らにとっては雑魚だ。

 大して手間を掛けずに処理していく。


「〈ファイアーレーザー〉っしょ!」

 うん、嘘ついた。バカが混じってた。

「ヨアヒム! 森で火魔法は使うなって言ったろうが!」

「でもカケルが『薙ぎ払え』って言ったっしょ。ってことはレーザーを撃つべきっしょ!」

 俺はそんな風の谷の話はしてねぇよ。

「鎮火だ、鎮火。氷は使うなよ。水で鎮火しろよ」

 ちょっとビクッとなってからヨアヒムが魔法を起動する。言わなきゃ一面を凍土にしようとしていたなアレは。


「こっちに来ていた魔物は片付いたな。作業再開だ。俺らは壁を作り始めるぞ」

 平常運転な俺らに比べて村人はおっかなびっくりだ。これも慣れさせないとな。

「あっ、ちょい待ち。カケル。紙を作るから丸太を何本か回して欲しいっしょ」

 そっちもあったか。ってことは製紙工場を建てた方が良いな、紙に必要なのは木と水だ。河川の近くが良い。水車小屋も一緒に造るべきか。

 おお、シミュレーションゲームっぽくなってきたぞ。

 今は壁が優先されるんだけどな。


「よーし、始めるぞ。ゲルトが投げて俺が受ける、それをヨアヒムが突き刺して俺が叩くって流れだ」

 俺の声が聞こえている村人たちは暗号のように聞こえているようだが、俺らの間ではこれくらいで通じる。

 俺の言葉を受けてゲルトが丸太を投げる。そう長々している丸太をそのまま投げた。村人たちの眼が大きくなった。

 そして俺が少し跳躍しながらキャッチすると、土魔法で土壌表面を柔らかくしたヨアヒムがパスを受けて地面に突き刺す。

 後衛職といえレベル四十オーバーの筋力だ。そこそこ刺さる。まあ本命は俺なんだが。刺さった丸太の上まで跳躍すると午前中に作っておいた木槌を構えて魔力を込める。いくぞ!

「おらっ!」

 『勇者』は万能。槌術系スキル〈ハードストライク〉で丸太を一気に叩き込む。

「どうだ?」

「ちょっと足りないっしょ。あとこんくらい」

 ヨアヒムが定規のようなもので差を示す。

 俺らがやってる事は簡単で、とても頭が悪いことだ。

 全長八メートルの木を三メートル地面に埋めました。地表に出ているのは何メートルですか? って話だ。

 これを繰り返せば五メートルの壁が出来る。

 建築に詳しい人がいれば、最初に土台を作ってとか丸太を突き刺すのではなく互い違いに組み合わせてとか、色々と改善案が挙がるんだろう。

 そんな人がいない以上、単純に分かり易い方法で壁を作る。

 ある程度進んだらヨアヒムが土魔法で地下を硬化させて土台の基礎工事の代わりをするし、隣り合った丸太を頑丈にする為に〈融合〉を掛けるつもりだ。

 魔法とスキルと丸太を打ち込む体力があれば、土木工事は一気に進むのだ。


 一気に進めて夕飯時。

 またもや焼肉だ。昼飯の時に魔物を呼んだのが、〈解体〉した時の血の臭いなのか

ジュージュー焼いた焼肉なのか、原因を追究する必要がある。

 具体的には明日からの調理の仕方が変わる。

 おっかなびっくりに食べている村人もいるが、欠食児童かという勢いで食べてる奴もいる。


「村長様たちはすげぇな。昼に出た魔物なんて村中総出で当たるような相手だぜ」

 凄い勢いで食べてる代表の門番オリバーが微妙な話題を持ってきた。

「俺からすると、あのレベル相手に苦戦するってのは村長として頭が痛い問題だな」

 なにせ昼間の魔物はレベル一桁がほとんどで、一番高くて十一だった。

 丁度いい機会だから冒険者としての経験もあるオリバーに、今後の村の方針を相談してみるか。


「なあ、オリバー。俺がいた大陸では転職というのは当たり前に行われていたことなんだよ。こっちでは天職って考え方があるって聞いたんだが、『お前、転職しろ』って言われたら嫌なものもかな?」

「うん? ああ、多分それを言ったのはこの村の人間だろ、都会に出ると転職って珍しくねぇぞ」

「はっ? いや天職というのは大事にして、そのレベルを上げるのを大切にするって聞いたんだが」

「ハッハハ! そんな事に拘っていたら都会ではやっていけねぇよ。天職が『調理師』だった奴は必ずコックの仕事に就けるか? 天職が『剣士』だった奴は必ず戦わなくちゃいけないのかって話だ。都会は人が多い。雇ってくれた所に合わせて転職するのは珍しくないぜ」


 言われてみて気が付いた。これって田舎特有のヤツだと。

 農家の子供は農家になるのが当たり前という考え方だ。

 狭い村社会で、将来の就職先が生まれた時から決まっているような人の考え方なんだ。

 同時に問題点にも気が付いた。これ根が深いぞ。


 田舎の村で新規事業を立ち上げて村を発展させていく! と若者が言うと老人たちから反対にあうのは元の世界で観たドラマの必須項目だった。

 この場合は反対する老人たちを責めるわけにもいかない。

 彼らからすれば『今までのままでいいじゃないか』という本音がある。誰だって変わるのは怖い。


 村長としての俺は、この両者が納得いく結論に持っていく必要がある。

 つーか、出来んのかコレ。世の中の管理職の人って皆コレやってんの?


 夕飯時に魔物の襲撃は無かった。

 血の臭いが原因だったのか、周辺の魔物が少なくなったからなのかは要検証だ。


 そして次の日以降もスパッとしてズダダーンして、カッコーンを繰り返していたら村を一周していた。壁の完成だ。

 一週間を予定していたが一日早く、六日で終わった。

 そして、こういう時には宴会をしなくてはならない。

 海賊でキングを目指す漫画でも言ってたから間違いない。


 というわけで宴会を始めよう、村長権限で。

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村長勇者 ラスボス倒した勇者のクリア後がこちらです 三浦 うどん @katokaku

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