第8話 勇者、村長になる


 とりあえず落ち着いてもらおうと、家の中にライネルさんを入れ飲み物を出す。

 何せ俺は『勇者』だ。こういう事態にはなれてる。慣れたくはなかったのが、こうやって偉い人が息を切らせて走りこんでくる事態には慣れてるのだ。

 立て続けに手酌で二杯おかわりした所で落ち着いたのか話し始めてくれた。


「さ、先程、女神様から〈神託〉がありまして! すぐにカケルさんに伝えるようにと! 一言一句、間違うなということで! メモを取りながら長時間の〈神託〉を授かりました!」

 いまだに興奮冷めやらぬといった感じだが、俺らとの温度差が凄い。


 多分だが、俺ら三人の意見は一致していたと思う。「そっちかよ!」と

 ライネルさんはこれまでの人生で〈神託〉を受けたことがなかったらしい。

 なので、勘違いしているのだ。女神様の言葉を受け取るのは大変な名誉であると。


 言った方がいいのかなぁ、女神様の〈神託〉はそんなに高尚なものではないですよと。でもなぁ、ライネルさんは〈神託〉を受けられることを喜んでるみたいだし、どーしようかね。ただ、ライネルさんの顔色が悪いのが気になる。


「ライネルさん、疲れていませんか? 顔色が優れないようですが?」

「な、何を言ってるんですかカケルさん! 〈神託〉ですよ! 私の体調など、どうでもいいことでしょう! 女神様はすぐにと仰ったのです。まず〈神託〉の内容を聞いてください!!」


 これにも突っ込んだ方がいいんだろうか、女神様の時間間隔は人間のソレとは違いますよと。

 昔、ラフィリア王国で珍しく女神様が〈神託)を授けた。職業は『司教』や『大宮司』など、それこそ〈神託〉スキルを持っている人の半分以上が受け取ったそうだ。

 そして、その内容が『近い内にラフィリア王国全体で酷い凶作になるわ。今から食料を備蓄しておきなさい』というものだったらしい。

 当時の上層部は慌てた。その時のラフィリア王国の食料自給率は七割を超えているが八割はとても無理な状態だったからだ。足らない分は輸入に頼っていた。

 ここで意見が割れた。国内の食料自給率を高めて増えた分を備蓄に当てるという案と、国内を高めても凶作が来るのなら意味がないから今から輸入を増やし備蓄に当てるべきだという案だ。

 結局は後者が勝った。女神様が仰った以上、凶作が来るのは確定だからだ。

 そして商人を相手に足元を見られた交渉が始まった。

 なにせ〈神託〉を受け取った人は国内だけだったが、それでも大多数だ。そして、『人の口に戸は立てられぬ』ではないが周辺国に知られるのも早かった。

 今、ラフィリア王国に日持ちをする食料を持っていけば言い値で買ってくれるという話は大陸中に広まった。

 それでもラフィリア王国は女神様の言葉を信じて国庫を吐き出す勢いで買い進めた。

 凶作が実際に訪れたのは十二年後だった。

 確かに記録的な凶作だったし女神様の言葉は正しかったのだろう。

 ラフィリア王国は備蓄していた食料を各地に配布し、餓死者は目立った数は出なかった。

 その代わりに国庫は空っぽになっていたが…

 女神様の『近い内』は十二年後も含まれるのだ、『すぐに』というのは一か月くらいではないかと思う。


 まあ、今のままだとライネルさんが落ち着くかないので〈神託〉の内容を聞こうか。

「すいません、ライネルさん。それで〈神託〉では何と?」

「あー、すいません。オホン。では、カケルさんに〈神託〉を伝えます」

 そう言うと机にメモしてきたであろう羊皮紙を広げ、大袈裟のくらいに胸を張った。

「ええ、どうぞ」


「ええっと、すいません。カケルさん。〈神託〉ですよ!? そこに跪くらいはして欲しいのですが? 頭を下げろまでは要求しませんけど、さすがに〈神託〉を伝えるのに椅子に座ったままというのはマズイでしょう?」

 なんだろう、相変わらず温度差がヒドイ。

 俺ら勇者パーティは〈神託〉に慣れている。それこそ世話好きの近所のオバちゃんの忠告くらいの感覚だ。


「ライネルさんには言いづらいのですが、俺らは〈神託〉を受けることに慣れてるんですよ。なにせ、多い時だと連日の様に来ますからね。最初の内は仰々しくしていたのですが、次第に業務報告を聞く様な態度になってました」

 ライネルさんはガビーン!ほどではないが、それに近い表情をしていた。


「連日? れ、連日というのは毎日ということですか?」

「ええ、それこそ一日に三回あったこともありますよ」

 聞いたライネルさんは今度こそガビーン!になった。いや、どうしたよ?


「どうしたんですか? ライネルさん表情が優れませんが?」

「あっ、あのですね。〈神託〉は授かる時に魔力を消費します」

 そりゃそうだ、スキルなんだから。使ったら魔力は減る。当たり前のことだ。


「そのですね。私が〈神託〉を授かるのは今回で二回目ですが、どちらも魔力を半分以上持っていかれていまして…。初日にカケルさんに回復魔法をお願いしたのも私の魔力が乏しくなっていたのが理由になります。連日の様に〈神託〉を受けるとなると、多分ですが私は魔力枯渇状態になるかと」

 すっごい言いづらそうにライネルさんが発言した。そっか、勇者パーティで〈神託〉や〈降臨〉する対象はマリーだった。レベル六十を超えていたマリーと同じ感覚でレベル二十五のライネルさんに〈神託〉してはいかんわな。


 というわけで、俺は上を向き室内なので見えるのは天井だが、そこに向かって声を掛ける。

「ルイーダ様、ライネルさんはマリーよりレベルが低いんです。魔力も多くありません。前の大陸の様な頻度で〈神託〉するのは無理ですよ」

「カケルさん! そんな女神様に意見をするなんて!!」

 何度も思うが、女神様に対する温度差がヒドい。早くライネルさんも近所の世話好きオバちゃん扱いになって欲しい。

「大丈夫ですよ。こういうことも今まで何回もやっています。ルイーダ様って神様なせいで、普通の人の感覚がわからないことがあるんですよ。そういう時に気が付いたら言ってあげないとですよ」

「そうなのですか?」

「そうなんです」

 こういう時は強気に言い切らなくてはならない。俺の常識ではこうなってますよ、という認識をもってもらわなくていけないのだ。


「それでは〈神託〉の内容を教えてもらえますか?」

「えっ、あ、はい。それでは」

 ライネルさんは改めて背筋を伸ばし大袈裟に胸を張った。そのスタイルは変えないんだ…。


「それではカケルさんに〈神託〉をお伝えします。女神ルイーダ様はこう仰いました『カケルへ 村長になること迷っているかと思いますが、ここは就任一択です。村長になることを断ると、ほとんどの場合冒険者ルートに入ることになります。しかし、このルートはどんなパターンでも幸せになる未来が視えません。高確率でヨアヒムが死亡します。ゲルトは半々くらいですね。なので村長になりましょう。魔王を倒して、あーる・ぴー・じーはクリアしたのです。これからは村長となり、えす・える・じーを始めるのが良いと私は思いますよ』 これが〈神託〉になります」


 何か聞き捨てならないことが入っていたな、ヨアヒムやゲルトが死亡するとか。

 冒険者ルートっていうのも不明だ。前の大陸にそんな職業はなかった。

 RPGをクリアしたのでSLGを始めるね。さっき村長になることを決めた所なんだよなぁ。


「〈神託〉は確かに受け取りました。そして、明日の朝にライネルさんには伝えるつもりだったのですが、丁度いいのでここで、お伝えします。俺は村長になります。この村の発展に尽力を尽くします」

 俺の言葉にパチリと大きく瞬きすると、ライネルさんは大きく頷きこちらに手を差し出してきた。なんだ? 握手か?

「おお! やはり女神様のお言葉は素晴らしい! 先ほど村長の話を持ち掛けたときには多いに困惑していらっしゃったカケルさんが即断することになるとは!」

 えっと、お言葉を聞く前に村長になる気になってたんだが、言えないよなぁ。


 その後は明日の朝の集会で村長交代を発表することなど、細かいことを相談してライネルさんは帰って行った。

 俺ら三人は気になることを話し合う。


「なあ、冒険者ってのがイマイチ理解できない存在だったんだが。国の管理下に無い武装勢力って賊じゃないか?」

 冒険者というのを詳しく聞いてみると民間組織で国からは独立しており、主に魔物を討伐する人間が所属しているらしい。狩人ギルドの様なものかと思ったら、平気で地方を移動し国を跨ぐことも珍しくないんだとか。狩人ギルドなら罠などを使うため、地域の割り振りが主な仕事だ。冒険者は罠を使うのは少数派らしい。


 前の大陸で立派な装備で武装した四、五人の人間が国境の関所を超えようとする。尋ねてみると、どこの軍にも属していないという。もうこの時点でアウトだ。テロ犯扱いされる。

 元の世界でも日本は銃刀法が厳しかったので、立派な装備で武装した時点でアウトだった。反社の人間だと思われた。

 それなのにこの大陸では冒険者というものが成り立ち、人々もそれを受け入れている。冒険者にはランクなどもあり、地方の三男坊以下の男に取っては、憧れる職業ナンバーワンになっているとか。目指せAランクなのだそうだ。統治者たちは不安にならないのかね? 冒険者が一斉蜂起したら街をあっさりと乗っ取られそうなんだけどなぁ。


「俺っちもそれは考えたんだけど、契約魔法でガチガチに締め付けてるって可能性もあるっしょ。街中では武器を抜けなくなってるとか、兵士に『動くな』って言われたら『麻痺』が発動するとかを考えたっしょ」

「冒険者に関しては訓練中に何度か話題になりましたよ。そこで私が感じたのは、冒険者というのは私財で武装し鍛錬し、死亡しても見舞金も出さなくてよい存在。統治者としては予算を使わず勝手に魔物を減らしてくれる便利な奴らといった所ですね」

 ゲルトのあんまりな言葉には同情を覚えるな、つまり冒険者は益獣のような扱いということだ。

「ヨアヒムが言った契約魔法で縛られてるっていうのは?」

「聞いた限りではありませんでしたね。ランクが高くなると使用されるかもしれませんが、聞いた限りでは冒険者の数は膨大です。全員に魔法を掛けるのは無理でしょう」

 なんでこの大陸の人は冒険者の力が魔物にしか振るわれないと考えるんだろう。とりあえず俺が村長をやる村では冒険者は禁止にしよう。不安過ぎる、治安悪化に繋がるとしか思えない。


「その冒険者ルート、多分俺らが冒険者になってこの大陸で生活するってことなんだけど、ヨアヒムが高確率で死亡するってのはどう考えてる? そんなに強いのか、こっちの魔物は?」

 これも気になっていることだ、ヨアヒムは最強勇者パーティの一員だ。前の大陸でも有数の実力者だった。それが高確率で死亡する? この大陸は魔王城より難易度高いのか?

「それについては多分、転職してるっしょ。俺っちの今のレベルが四十九でレベル上限が五十二だからすぐではないけど何年かしたらカンストするっしょ。転職してレベルが下がった時に死亡してると考えたっしょ」

「そっか前の大陸だと転職してからのレベル上げは慎重に、しかもパワーレベリングも使ってたから考えてなかったよ」

 こっちの大陸の美味しい狩場なども知らないし、パワーレベリングする人材もいない。冒険者になってたら転職してレベル下がってるから仕事受けられませんも通用しない可能性もあるな。


「それを聞いてしまうと私の転職も思いとどまった方が良いですか? 姫様が傍にいない状態だと今の『近衛騎士』は万全な能力を発揮しないのですが」

 ゲルトの今の職業『近衛騎士』は、王族がパーティメンバーだと全能力が強化される。今はそれが発揮されない。そこだけ考えると他の職業になってもらった方が良いな。

「何か考えてる職業はあるのか?」

「私としては自分が戦うより村人たちを育てることの方が多くなると思いますので、『指導員』や『教育者』、『軍曹』などを候補にしていました」

 どれも集団に経験値アップをさせることができる職業だ。『軍曹』が入ってるのはアレだよ。『お前らは生きる価値もない生ゴミだ!』と𠮟咤激励しながら訓練する人がいた影響だろう。ただ、なぁ。

「その中で戦闘職なの『軍曹』だけだろ、しかも大して強くないし。ゲルトのステータスは一気に下がることになるぞ?」

「そうなのですよ、しかも今のヨアヒムの話を聞くと転職でレベルが下がること自体が危険になるかもしれません。その上、戦闘職でない職業に就くというのは問題があるかと考え直している所です」

 前の大陸と周囲の環境が変わりすぎて動き方も変更が必要だな。常識を変えていかないといけないのかもしれない。その辺を注意し合いながらこの日の夜は更けていった。



 明けて翌日、村長になる日が来た。

 ライネルさんが言うには、ほぼ全ての村人が集まっているらしい。ほぼというのは謹慎中のレオナや乳飲み子を抱えた家や仕事で動けない人だ。まあ、その辺は問題ない。

 踏み台に立ったライネルさんが俺らの紹介を行う。違う大陸から来た事や女神様さから気に掛けている存在であることまで含めて。

 そして女神様から〈神託〉があり村長の座を譲る事になった時には、ちょっとどよめきがあった。そこまで話した時点で交代で俺が踏み台に上がる。そして裏技を使う。


「俺の名前はカケル! 職業は『勇者』! レベル六十五だ!!」

 踏み台に上がる前にヨアヒムから〈拡声〉を、ゲルトから〈指揮〉と〈統率〉のスキルを受けてきた。俺の言葉は村中の人に良いボリュームで聞こえているはずだ。


「今、この村は危機的状況にある! 周辺を探索してみた所、狼が大量繁殖を起こしており鹿は絶滅寸前だ! その狼がいつ村に襲ってくるか分からない! その上、レベル二十四の熊の魔物がいる。サイラスさんという方が相打ちになった種族と見て間違いない。更に! グリフォンがいた! レベルは三十三だ! ただグリフォンは普段は大人しく賢い魔物で、人の多い所には来ない。だが、食い物にしている鹿が絶滅寸前な状況では村を襲わない保証は無い!」


 俺がとにかく悪いこと次々と並べると、さすがに村人も不安に思っているのか、ざわめきが広がっていく。そのままの状況で少し待つ、与えた情報を咀嚼してもらう時間が必要だ。ただ待ちすぎてもダメだ。『この村はもう終わり』という気持ちになる前に希望を持たせなければ。


「だが今なら大丈夫だ! 一週間前なら村は壊滅していただろう。だが! 今は俺らがいる! もう一度言う! 俺の名前はカケル! レベル六十五だ!」

 マッチポンプの様だが、あなた達は危険な状況にいますよ。助けられるのは私だけですよという状況に持っていくことが重要になる。心はちょっと痛むが。


「そして一緒に来た俺の仲間も紹介させてくれ!」

 そういう俺の言葉を合図にしてヨアヒムとゲルトが台上に上がって来た。女性から黄色い歓声が上がった。こいつら顔が良いからな。

「俺っちの名前はヨアヒム。職業は『大魔道士』! レベルは四十九っしょ」

「私の名前はゲルトと申します。職業は『近衛騎士』、レベルは五十五になります」


 三人のレベルを聞いてざわめきが、少し経って歓声に替わった。

「今まで村にはレベル三十を超える人はいなかったはずだ。だから村は危険な状況だった。だが! 今は違う! 俺らがいる!」

 言い終わると歓声が怒号の様になっていた。

「狼が大量だ? 熊がいる? グリフォンが何だ!? 俺らにとって、そんな奴らは雑魚だ!」

 増々と声が大きくなるがスキルの力によって、俺の声は村人の耳に届く。


「だが不安になる、皆の気持ちも分かる。だから村長として実績を挙げよう」

 何かの提案だと思ったのだろう村人が一斉に静かになった。

「一週間だ! 一週間で村に壁を作る! 襲われても平気なような丈夫な壁だ! 今日、この後から始めて一週間で完成させてみせる!」


 今度は一気に懐疑的になってざわめきだす。感情の揺れ幅が大きいな。

「では、今から門の横から実際に始める。手伝いに来てくれる人がいれば大いに歓迎するぞ!」

 と言って踏み台から降りようとしたら声を掛けられた。

「あ、あの。それは賦役ということでしょうか?」

 恐る恐るに声を掛けてきた村人を見て、台の中央に戻る。

 この時代の賦役というのは、手弁当で労働して報酬無しというものだ。税金の代わりなのだからなしょうがない。

「金銭の報酬は今は出せないが、昼と夜の飯は食わせてやる。後は現地で現物報酬が貰えるかどうかってところだ。それでも良ければ手伝いに来てくれ。無理はしなくていい。初日は様子見して二日目から参加しても、別に差別したりはしない」

 俺の言葉に更にざわざわしだした。差別はしないよ。区別はするが。


 村長になる事を伝えた。村の危機も伝えた。俺らが高レベルなのも伝えた。

 言いたいことは全部、言った。これからお仕事の時間だ。

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