第7話 勇者、相談する
はっ? えっ? はい? となる俺たちを余所にライネルさんの説明は続いた。
「神託の内容は妻のギーゼラには説明してあります。娘たちにはまだですが」
「お父さん、さすがに言ってほしかったよ~」
「レオ姉はただでさえ失礼だったのに、カケルさんは女神様のお気に入りなんでしょう? もうアウトじゃない? ツーアウトじゃない?」
いつのまにか、エマさんとハンナが部屋に来て話を聞いていたようだ。
「その、ですね。丁重に迎えるというのは簡単に行えることですが、さすがに村長を譲るのはハイソウデスネで、できる話ではありませんので…。どういう人柄なのかを確認してからでもいいと思ったのですよ。女神様には十日という期間を与えていただいていますし」
そうだろうね。村長というのは最高権力者だ。年頃の女は俺の所に挨拶に来い!(性的に)と言い出しても止められない。元の世界でも処女税とか、嫁入りする時は村長や村の長老に抱かれてからなんて話もあったくらいだしな。
「それでギーゼラと話し合いまして、カケルさんになら村長を譲っても問題ないだろう。むしろ譲った方が、この開拓村を発展させ正式な村にしてくれるんではないかという期待もあります」
ん? あれ? 何か期待させることあったっけ?
「えーと、すいませんが、その期待というのはどういうのなのでしょう? 前の大陸にいた時に『女神様のお気に入りならこれくらいできるだろう』という無茶ぶりは結構受けてまして、過剰な期待なら訂正しておきたいのですが」
これ大事。『勇者』と『聖剣の担い手』で『女神様が気に掛けている』存在である俺に対して、まー、無茶な要求が多かった。多かったのは、あっちの村が魔族に占拠されかけている。すぐに急行して倒してこい! と、私の子供を生き返らせてください! だった。
前者は『勇者』は強く『聖剣』に魔王・魔族・魔物への特攻があることからの意見だが、その頃の俺はレベル十ちょっとであり、魔族はレベル三十三だ。殺されるわ!
後者は『勇者』は何でもできて、更に『女神様が気に掛けている』の合わせ技だと思う。使徒という話を全面的に否定する前だな。勇者は回復魔法は上級までしか使えないんだよ! いや、その時は初級くらいしか使えなかったけどさ。
とにかく『勇者』として七年も生きてきた俺は、周りの皆が過剰に期待するということに慣れている。ここはビシッと否定的にいくべきだな。
「過剰も何もカケルさんたちは聞いてはいませんが高レベルですよね。それだけでも、とても価値があることだと思いますが」
ウグッ。そうか、周辺探索をしてしまったら、そういう結論になるよなぁ。
「それに夕飯をご一緒した時に、養蜂の話もしてらっしゃいましたよね。あれは、この村では今まで無かった知見です。他にもあるのですが、村を発展させるにはこの二点だけでも十分すぎるほどかと」
そういえば、そんな話もしてたなぁ~。
しかし、どうするよ、コレ。 さすがに俺の一存では決められないだろ。
なので、すいません仲間と相談してもいいですかね? という撤退戦を選んだ。
ただし追撃は掛かった。
「あのカケルさん。女神様からの猶予は十日なので明日が期限になります。私の中では村長の座をお譲りすることに決まっているのですが、村人にも明日中に告知しなければいけないと思いますので、今から朝に広場に集まるように通知をします。カケルさんが村長にならないというなら、この人は『女神様が気に掛けている』人だということだけ認知させるようにしますので」
結論を求めるの早くないですねー。
♢
「で、どーするよ?」
宿泊場所に戻ってきて、男三人で今後の相談だ。
「ど~するもこ~するも受けるしかないっしょ」
スッゴイ気楽にヨアヒムに言われた。お前、他人事だと思ってテキトーになってないか?
「私も受けた方がいいと思います。女神様に道を示していただいたのです。即答でも良かったと思ってるくらいですよ」
ゲルトは相変わらず女神様を疑わないなぁ。たまにやらかすポンコツっぷりを忘れたのだろうか。いや、コイツの中では女神様のミスではなく、その深謀遠慮を汲み取れなかった人間側に問題があったとか思ってそうだな。
「村長かぁ~。村長なぁ~。なんか勢いで決まりそうになってるのが気に入らないんだよなぁ。もしやることになったら、二人は村に残って手伝ってくれるのか?」
親しき中にも礼儀ありではないが、キチンと口頭で確認を取るのは大切だと異世界に来て学んだ。
「当たり前っしょ。というか、カケルが乗り気にならない方が不思議っしょ。元々、ヤパンで田舎暮らしすることを予定してたのと大して変わらないっしょ」
なるほど。ヤパンの田舎も別大陸の田舎も、あんまし変わらないか。そう考えれば村長の話も前向きになれるな。
ヤパンという国は、前の大陸で東の端っこにある島国だ。大陸側とは一応、交易などはしているが余り親しいとは言えない。
「ヤパンで田舎暮らしというのはどういうことですか? 私は一言も聞いていませんが」
丁度いいからゲルトにも説明しておくか。
「これは俺とヨアヒムの二人で決めたことだからな。他の人には話していないんだよ。俺たちは魔王を倒した後、王国には戻らず帰りの途中で出奔する予定だったんだ」
「どういう事ですか!? 姫様はご存じなのですか!?」
若干、怒気が見えて怖いぞゲルト。
「いや、マリーも知らない。女神様が教えてなければって但し書きはつくけど」
あの女神様はメールするかの様に〈神託〉し、電話するかの様に〈降臨〉するから、俺らの知らないうちにマリーだけに何かを伝えているということは結構あった。
「カケルは姫様の隣りに立つ人だと思っていました。そこに不満はないと。それとも王国での扱いに問題があったのですか? それなら出奔の前に相談してくれれば改善策を皆で考えることもできたでしょう?」
こういう所がゲルトはイケメンだなと思うところだ。真っすぐで疑わない。道は頑張れば開けるものだと考えている。俺よりよっぽど『勇者』っぽい。
「俺の元の世界に『狡兎死して走狗烹らる』って言葉がある。戦争で勝利を収めた後の為政者に取って、有名で有能な将軍や英雄は扱いに困るんだよ。歴史を振り返ると大体、ロクでもない最期を迎えている。そうなる前に国を離れようって、ヨアヒムと話してたんだよ」
中国の史記を読めばわかる。戦争勝利からの将軍暗殺、または反逆というのは人は変わるが展開はほぼ同じだ。
ラフィリア王国は封建制だ。ラフィリア王国という名の元に一つに纏まっているかと思われるかもしれないが、実態は独立領主の連合国のようなものだ。一番デッカイ領地を持ち軍事力も強い親分みたいなのが王家だ。だが下にいる諸侯も自分の領地に帰れば自分が王様だ。
こういう制度だと国を離れ独立したり違う国に寝返ったり、幾つかの家が集まって下克上を企てたりする。日本の戦国時代だな。
そして、そんな制度の中に新しい英雄が現れたら担ぎ出して下克上しようとする奴がいてもおかしくない。というか絶対に出てくる。
「確かにカケルは『勇者』であり魔王を打ち取った英雄です。知名度も高いので神輿として担ぎ上げようとする者が出てきてもおかしくありません。しかし、姫様と一緒になれば王家の庇護も受けられます。王家の傘下に入ったと言ってもいいでしょう。諸侯は手を出すのを躊躇するのではないしゃないでしょうか」
「いや、むしろ王家こそ第一警戒対象なんだよ。だからマリーとは一緒になれない」
「なっ、なぜですか!? カケルは王家を信じていないのですか!?」
予想通りだが、俺の反論にゲルトは声を荒げた。王家へ忠誠を誓っている騎士ゲルトなら、こうなると思ったんだよなぁ。
「マリーが女王に俺が王配になって国を治める。俺が異世界人ということで下賤な血を王家に入れるなとか、多少の諸侯は騒ぐだろうが内乱になればこっちのもんだ。暴力を使って叩き潰して王家の直轄領を増やす」
レベル差は絶対だ。そして高レベル揃いの勇者パーティが王家に味方すれば、多少の反逆・内乱はむしろ歓迎するべきだ。中央集権化が進むことになる。
「私も未来はそうなると思っていましたが、どこに問題があるのですか?」
「マリーが王家の唯一の後継者じゃないからさ」
マリーは王家の長子だが側室の子供で女子だ。下に弟が二人、妹が一人いる。弟妹には正室の子供がいるので立場上は正室の子で第一王子が後継者として最優先だろう、今までなら。
ただ魔王を討伐するという実績に民からの人気・知名度を加えると、これがあっさりとひっくり返ってしまう。
当然、次期王への梯子を外された第一王子は恨むだろう。自分の子供が王になれない正室と、その実家も恨むに違いない。
俺のような異世界人を義理の息子にすることになる王様も恨むかもしれない。
そうなれば王宮での暮らし自体が危険だ。暗殺に怯えながら生活することになる。
ゲルトも俺の言葉で状況が解ったのか、黙って考え込んでいる。
「魔王を倒して王国に帰れば凱旋パーティがあるだろう。場合によっては、そこで立太子の話が出てもおかしくない。そうなれば流れを止められなくなる。だから王国に帰る前のタイミングで出奔する予定だったんだよ」
王家は後継者を明確に定めていない。魔王と戦時中で王家の人間でも死亡することが考えられたからだ。
レベル上限に恵まれている王家の人間が前線に出ないなどということはありえない。幸い現王は補助系の職業に適正があり、本当の最前線で切った張ったすることはない。だが第一王子はバリバリの前衛戦闘職だし、マリーは後衛と言っていい回復職だが勇者パーティの一員だ。どちらも死亡率は高い。
父親である現王の死亡率が低く子供たちが死亡率が高いという状況が、王太子を決めるのに躊躇することになる。躊躇した結果が今の状況だ。
「カケルの事情は理解しました。同意まではいきませんが。ヨアヒムが一緒になってヤパンに行こうとするのはなぜです? あなたは研究職でしょう。神輿として担ぎ上げられる可能性も低ければ、後継者争いで暗殺・毒殺に怯えることもないのではないですか?」
純粋で真っすぐ、人を疑わないゲルトらしい意見だが、むしろ危険性は俺よりヨアヒムの方が高い。
「ゲルッちなら、そう言ってくれると思ってた。でも、王国に残るのは無理っしょ」
「コイツは触媒に道具を使ったとはいえ、単独で戦術級魔法を発動させただろ。いつでも爆発できる爆弾を持った奴を近くに置きたいと思う人は少ない」
怖いのだ、ヨアヒムの事が。一晩で街を壊滅させられる人物は戦時なら頼りになる味方だが、平時になると一転して危険人物扱いになる。畏れられてしまう。
俺は魔王城侵攻までの道筋が見えた時点で戦後のことを考え、そこで危険な状況に陥っていることに気が付いた。ヨアヒムはもっと早く、自分が平和になった時代で危険人物扱いされる可能性を考えていたそうだ。そして二人で相談してヤパンへの出奔を決めた。
なにせ王国で幸せに生きる未来を勝ち取るためには、王国に凱旋した瞬間に現王と正室を含む第一王子などの危険要因を皆殺しにするしかない。それはマリーが望む未来ではないだろう。それなら出奔しか取れる選択肢がない。
「王国のことは今はいいっしょ。転移して棚上げになってるし、今は村長のことの方が優先度が高いっしょ」
気楽に言ってヨアヒムが話を戻す。
「さっきも聞いたがゲルトは、俺が村長になったとして、この村に残って協力してくれるか? 王国から出奔することを考えていた『勇者』なんだが」
ゲルトは騎士だ。王国に忠誠を誓っている。独りで王国に帰る手段を考えますと言われても不思議ではない。
「永遠にというわけではないですが、村長となったカケルを支えるつもりです」
おや? ちょっと意外な答えが返ってきたな。
「その永遠ではないっていうのは、やっぱり王国に帰ることが前提にあるのか」
「ええ、そうです。私はこの村に来てから『帰還』は諦めましたが、『救援』は来ると思っていますので。姫様ならカケルの為に、死に物狂いで話を進めるでしょう」
これだけ聞くとマリーが痛い娘かヤンデレになってしまうが、現実としてありえそうだ。何せ女神様と会話感覚で話が出来るのがデカい。ルイーダ様に聞けば、俺の生存はわかるし、もしかしたらこの大陸の場所まで教えてくれるかもしれない。
そうなったらラフィリア王国を挙げての大号令になるだろう。
『知られざる大陸』の方角・距離、『勇者』がそこで生存していることを公表すれば、一斉に大航海時代に突入だ。
「俺もそうは思っているんだが、それぞれの予想を聞いておきたいな。王国が、または王国でなくても前の大陸のどこかの国が、この『知られざる大陸』に来るのは何時頃だと思う?」
「俺っちの予想は早くて三年ってとこっしょ」
「私は二年くらいではないかと予想していますね。準備に一年、航海に一年です」
「いやいや、ゲルっち。二年は無理っしょ。準備の段階で二年くらいは必要なはず。俺っちの早くて三年は準備に二年、航海に一年を予想してるっしょ」
「姫様ですから、やってくれるはずです」
なんという王家への信頼。でも、この忠誠を向けられる方は大変だな。期待されまくりなわけだし。
「カケルはどう予想してるっしょ?」
二人が忘れているであろうことを指摘しながら答えを返そうか。
「俺は最低でも五年は掛かると予想してる。二人は準備期間を短く考えすぎだと思う。実際に船出まで、かなりの時間が掛かると思うぞ。なにせ、前の大陸には俺とヨアヒムはもういないんだからな」
俺の返答に二人は固まった。
「そ、そうだったっしょ」
「で、ですね。いや、姫様なら」
俺とヨアヒムが前の大陸で科学技術の発展に貢献していたのは間違いない。なにせ理論の詳しい所は知らないが未来の正解を知っている俺と、そんな突飛な未来予想を実際に形にしていたのがヨアヒムだ。
この二人がいなくなったらチートはなくなる。従来通りの発展速度に戻ってしまうのだ。
「なので、この大陸にはそこそこ長い間、滞在しそうなわけだ。ただなぁ~、村長かぁ~」
「さっきも言ってたけど、カケルは村長の何が嫌っしょ?」
「あのな、俺は十五で異世界召喚されるまでは学生だった。こっちでいえば平民だ。そして召喚されてから七年、『勇者』として頑張った。けどな、統率者になったことがないんだよ。俺が上に立つと独裁者になりそうで嫌なんだよ」
ゲームでいえば、シ〇シティではなくト〇ピコになってしまいそうだ。
「カケルが独裁者って…無理っしょ~。何、それ、新ギャグ? 笑わ、せに、来てる? だ、大丈夫っしょ、そ、その、試みは、成功してるっしょ」
「ブフー、いや、その失礼しました。これは習いましたね。無自覚系というやつですね」
笑いを堪えながら話すヨアヒムと、最初に盛大に吹き出した後は冷静に見当違いの事を言うゲルト。おい、誰が無自覚系だ。俺は、俺ツエーことも知ってるし、モテまくってることも自覚してるから難聴系主人公ではないぞ。
「なんでだよ? 俺って自分で言うのもなんだが結構、傲慢な性格だぞ? 傲慢な奴に権力を与えたら独裁者になってもおかしくないだろ?」
「な、なるっしょ、なれ、るっしょ、カケル、なら」
「すいません、ちょっと無理です」
まったく笑いを堪えることが出来ていないヨアヒムと、声にした後こちらに背中を向けて震えているゲルト。
とりあえず二人が落ち着くまで数分待ち、改めて理由を聞いてみた。
「んで、なんで俺は独裁者が無理なんだよ?」
二人揃って笑われたので、かなり投げやり気味に聞く。
「カケルは罪悪感を感じるのが強くて、小心者だから独裁者にはなれないっしょ」
「独裁者になる気質があったなら、前の大陸で姫様にはとっくに手を出し他にもハーレムを築いていたでしょう」
「ウグッ!」
さすが七年も一緒にいたパーティメンバー。端的に痛いところを突いてきた。
まあ俺も自分が独裁者になれるとは本気で思っていない。なろうとしたら二人が止めてくれるという信頼もある。
「んじゃ、俺が村長をやるのは賛成ってことか」
「当然っしょ! カケルの予想通りに迎えが遅くなるなら、こっちから行ってやるくらいにチートをかますっしょ。そのためには村長は必要っしょ」
「当たり前です。女神様の道標の通りに進むのに反対など、あるはずがありません」
頼もしいね、コイツらは。んじゃ、明日の朝食の時にライネルさんに伝えるか、と考えているとノックの音が聞こえた。しかもコンコンではなくドンドンドンだ。急ぎの要件か、それともレオナみたいな無礼者か?
音が聞こえた瞬間に三人とも真面目になった。この辺は最強勇者パーティだな。とりあえず警戒しながらドアを開けると、そこにいたのは顔色が悪く、息を切らしているライネルさんだった。
おいおい緊急事態発生か?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます