第6話 勇者、報告する


 開拓村九日目


 ようやく開拓村に戻ってきた。周辺の探索は完了と言っていいだろう。

 村に戻ったのが昼過ぎだったので、ライネルさんの所に顔を出し夕食に約束を取り付ける。

 そのついでに報告書用の紙ももらってきた。

 報告書作成の前に風呂だ! 頭がヌルヌルしてるんだよ。

 一回目では泡も出ず、結局、三回も頭を洗うことになった。

 井戸の水を魔法で冷やした物を飲みながら報告書作成。細かい所は口頭で伝えるため、ざっくりと周辺地図と魔物の分布範囲を記していく。エマさんとレオナがいる所では報告したくないなぁ、と思いながらも正確な情報の必要性はよくわかっているので誤魔化すようなことはしない。


 そして夕食会が始まった。

 俺たち三人とライネルさんたち五人、プラスしてアイリだ。

 食べて飲んで話して、驚いたのがゲルトが会話に参加できるくらいには言葉を覚えていたことだ。やはりイケメンは凄い。

 俺らが村を離れていた間の訓練についてはレオナとゲルトから愚痴と報告を受けた。

「どーして、私が一番真面目にやってるのにレベルが上がらないのよ!!」

「レオナ サン レベル タカイ。 ヒクイ ヒト アガル アタリマエ」

「そーかもしれないけど! 納得いかないの! アタシもう半年くらいレベルが上がってないのよ!」

「「「はぁっ?」」」

 俺たち三人の声がハモッた。いや、高レベルならともかく、レベル十五の奴がそんだけやってて上がらないならレベル上限に達してるだろ。気付けよ。

「転職だな」

「転職するしかないっしょ」

「テンショク ヒツヨウ デス」

 今度も三人で一斉に同じ提案をする。

「何を言ってるのよ! 転職したらレベルが半分になっちゃうのよ! アンタたち頭おかしいんじゃないの!?」

 大陸が変われば常識も変わる。当たり前の提案をしたら、頭の心配をされるとは。


「ライネルさん、こっちの大陸では転職って、あまり行われないんですか?」

「そうですね、ほぼしないと考えていただいてよろしいかと。転職するのは親の職業を継ぎたいのに、子供の方に関係の職業が発生しなかった場合くらいです。聖職者の子供が戦士や剣士になった場合などですね。最初に授かった職業を天職と呼んで、そのレベルを上げることを大事にしますので」

「そーよ! アタシの天職は戦士なの! これで強くなるんだから!!」

 いやレベル上限だから、不可能なんだが。

 何だかなぁ、コレ、一から説明しなきゃならんのか? 面倒くさい。よく考えればライネルさんは良い人だが、初めて立ち寄った村ってだけで義理もなければ恩も少ししかない。それも少し狩った魔物の肉と、これから話す周辺探索の結果によって返せるだろう。俺らの大陸の話をどこまで情報開示するかは三人で相談してからの方がよさそうだ。そうだな、そうしよう。

「ソウカ ガンバッテナー」

 俺がいち早く棒読み返事を返したことで、二人も説明するのも止めたようだ。さすがパーティメンバー、阿吽の呼吸ってやつだな。

 訓練所の話は終わったことにして、俺の方の周辺索敵の話をしよう。こっちが本題なんだよ。


 ギーゼラさんとハンナが食器を片付け、飲み物だけが残される。

 エマさんは衝立に隠れてアイリに乳を与えているようだ。

「周辺の大体の地図と魔物の生息地です」

 夕食前に作成した報告書を広げ、口頭で説明していく。

「一日目の探索で分かるのは鹿が少なく狼が多いことです。その内に狼とゴブリンが共倒れになり、残り物をオークが処分するという流れになると思います。そこまで問題はないと思いますが、そこにいくまでに狼に村が襲われる可能性もあります。村の柵はもう少し立派にした方がよいでしょう」

「そうですか」

「あれだって一冬かかったのに、それ以上なんて…」

 魔法使いもいなければ重機も無い、田舎の村は大変だね。俺らなら一週間で柵が出来るわ。言わないけど。


「次に二日目以降の、すぐには村に辿り着けない範囲の魔物の説明をします。新種が二ついます。それに悪いことにどちらも、この村の戦力では勝てません。レベルは二十四と三十三でした」

 村の最高戦力がレベル十五なので、勝てるのはレベル二十前後までだ。レベル二十四の方なら迎え撃つ形で、罠を掛けて決死で挑んで死者をドンドン出してなら何とかなる。その後どうするんだってなるが。ただレベル三十三の方は、どうやっても無理だ。蹂躙される。何せ相手は空を飛ぶ。

「二十四と三十三ですか…」

「何とかなるわよ! そいつらが村に来ると決まったわけでもないのに、お父さん悪く考えすぎよ」

 ライネルさんは落ち込み気味だ。そこをレオナが楽観的に励ます。だがな、そう甘くはないんだよ。

「多分ですが、どちらも村にはその内には来ますよ。遅くて冬の間ですね」

 俺の言葉にビックリしたように二人が振り向くが、正確な情報は伝えなければ。

「レベル二十四の方は熊でした。サイラスさんと相打ちになったのと同じ種族かわかりませんが、今のままだと十分な食料を蓄えられず、冬眠できずに徘徊することでしょう」

 衝立の向こうがガタッと音を立てた。ああ、だからエマさんのいるところでは報告したくなかったんだ。


「レベル三十三の方はグリフォンです。鹿が減っているのはコイツが原因でしょう。グリフォンは脂の多い猪より鹿を好みますからね」

「グリフォン…ですか」

 絶望を言われたら、こうなるんだろうな。ライネルさんの表情がそう言っていた。

「グリフォンは大人しく賢い魔物です。普通は人が沢山いる村には来ません。実際、私たちのいた国では調教して軍の戦力にしていましたし」

 懐かしいなグリフォン隊。グリフォンは重い物は運べないので隊員には体重制限がある。なので。所属隊員は女性が大半で、男性は小柄な者が少数いるくらいだった。『騎乗者の体重が一キロ減ると、グリフォンの時速が一キロ上がる』なんて話も聞いたことある。


「ただグリフォンがいるだけなら大丈夫なのですが、一緒に狼が繁殖しているのが問題です。獲物の取り合いになっていますから。今月、来月といった近い内ではないでしょうが、冬の間には村は襲われると思いますよ」

「何よ! アンタ! さっきから襲われる襲われるって! 何? この村を捨てて皆で逃げ出せって言うの!? ここは開拓村なのよ! ここで生きていくの! 私たちは!」

 村を捨てろとか、そんなことは言ってねーよ。ただ現状を把握してほしくて説明しただけなんだが。やっぱダメだな。レオナがいると、こっちも友好的にはなれないし建設的な提案もしたくなくなる。さっさと村を離れるのがベストだろう。


「そうですか。ライネルさん、領都に行くという交易の荷馬車が出るのはいつ頃ですか?」

「い、いや、今の段階では何とも。荷馬車には護衛を付けなければなりませんが、村が襲われる可能性があるなら戦力を外に出すわけにもいきませんので」

 俺は仲間たちに視線で確認を取る。二人とも同意のようだ。

「それなら、二、三日の内に決めてもらえませんか。荷馬車が出ないなら、俺らは個人で領都を目指しますので」

「そ、そうですか。そうですね。わかりました」

「襲われるって言っておきながらアンタたちは逃げるんだ。フーン、いい性格してるわね」

 お前のせいなんだけどな。


「レオナ! いい加減にしろ!」

 ライネルさんが声を荒げた。初めて見たな。

「カケルさんたちがやってくれた周辺探索の報告というのは、依頼にすれば金貨が必要になるほどだ!」

「えっ? き、金貨?」

「そうだ。それをタダで情報をくれているのに、お前は馬鹿にしたような態度を取っている!」

「えっ? えっ?」

「そして、今カケルさんたちに見捨てられようとしている! これは重大な失態だ。レオナ、お前を自警団の団長から解任する。村長としての命令だ!」

「えっ? か、解任って? お父さん?」

「ギーゼラ! レオナを部屋へ連れて行ってくれ! しばらく謹慎させる!」


 おおう、何なんだ。いきなり話が進んでいる。

 ちょっと呆然としている内に、ギーゼラさんがレオナの腕を掴んで連れて行っている。

「ちょっと、お母さん! 痛い、痛いってば!」

「痛くしているのだから当然です。あなたは許されるまで部屋から出ないように。窓と扉には魔法を掛けておきます」

「それって、謹慎じゃなくて軟禁じゃない!?」

「ええ、あなたは村の危険人物として扱われます。この程度は当然の処置です」

「きっ、危険人物って、アタシはそんなに悪い人じゃないわよ!」

「あなたの中ではそうなのでしょうが、周りはそうは思わなかったということです。やはり、育て方を間違えましたか」

「なっ、何よソレ! アタシは頑張ってきたでしょう! 村最強なのよ!」

「ハッ! レベル十五ごときで最強ですか。こういうのを『井の中の蛙大海を知らず』とでも言うんでしょうか」

 今は、魔力を使ってるからわかるがギーゼラさん、かなり強いな。レベル二十五前後じゃないか?


 ドナドナされていくレオナを見送り、いきなり激昂したライネルさんを見ると落ち着いていた。

 あり? さっきまで怒ってたよね?

「申し訳ない。妻のギーゼラの職業は『結界士』でレベルは二十四です」

 うん? レオナが最強だったんでは?

「そして私の職業は『助祭』です。レベルは二十五」

 『助祭』かぁ、俺たちの所ではレベル上限を待たずに転職する『ハズレ』だ。『助祭』でレベル十にも満たないくらいで『司祭』や『神官』、『宮司』、女性なら『巫女』などに転職できるようになる。多分、俺たちの大陸で『助祭』のままレベル二十五にした人はいないんではないだろうか。

「夫婦二人とも戦闘職ではありませんからね。村最強はレオナということになっているのですよ」

 まあ攻撃力だけ見ればそうかも知れないが、レベルを伝えておけばレオナがあそこまで増長しなかったような気もするんだけどな。

「私の職業を明かしたのも理由がありまして、カケルさん達が来る三日前に〈神託〉スキルが発動したのですよ。


 普通なら、ホントですか!? と返す所なのだろうが、俺たちだと

「ああ、ルイーダ様が心配してくれたんですね」

「ホント、あの女神様、カケルのこと好き過ぎっしょ」

「何時でも女神さまに見守られているというのは聖職者関係からすると垂涎ものですね」

 と、なる。慣れてるのだ。女神様の接触に。


「驚かれないのですか!?」

 逆に普通の人はこうなる。

「慣れていますから、女神様に」


 俺は『聖剣の担い手』として召喚された。だか、召喚した方として異世界から召喚する気はなかったのだ。ラフィリア王国は魔王に対抗する手段の聖剣を手に入れたはいいが、コイツが困ったちゃんで扱える人がいなかった。最初は希望者を聖剣に触れさせてみて確かめていたのだが、この困ったちゃんはバチッっと雷を発生させ、さっぱり扱える人が出てこない。

 なので、『聖剣に適正のある人』という条件で召喚魔法、いや儀式か? を試みた。ラフィリア王国としては、せっかく魔王に対抗する手段を手に入れたのに使えないのは時間の無駄だという思いもあっただろう。それこそ地道に大陸中から探せば『聖剣の担い手』は他にいたかもしれない。結果が異世界から俺が召喚された訳だ。

 これに女神であるルイーダ様は焦った。ルイーダ様は正しく神様であり、この世界の管理者だ。祈ってくれる人類を若干は贔屓している感じはするが、基本的に弱肉強食。魔王によって力を増した魔物たちによって人類が滅ぼされても、お気に入りが死んじゃったくらいで終わりだろう。

 ただ、異世界から来た俺は違う。女神様からすれば、俺という存在は『他人の家から預かった子供』のようなものだ。自分の子供はいくらでも好きにできても、ヨソの子を邪険にするわけにはいかない。それこそ召喚直後から〈神託〉・〈降臨〉のオンパレードで、この子に失礼は許しませんよ! と王国を震え上がらせた。

 そんな過保護な女神様を七年の間そばにいた結果、パーティメンバーは女神様に対して慣れた。

 心配性の近所のオバちゃんくらいに慣れた。


「ちょっと事情がありまして、女神様に気にかけていただいているのですよ」

「なんと! やはり! カケル様は使徒様でしたか!?」

 うーん、やっぱ勘違いされるかぁ。王国にいたときにも使徒扱いされたことはあるんだが、違うのは女神様に直接、確認済みだ。

 女神様が選んで俺を召喚したのではない、偶然に大魔法になった召喚魔法が異世界から『聖剣の担い手』を召喚したのだ。

 つまり神の使徒としての使命とかが俺にはない。そりゃそうだ、女神様にもイレギュラーだったんだから。


「使徒ではないのですよ。使命もありませんし。ちょっと気になっている人間というとこですね」

「そうなのですか…〈神託〉では『一週間以内に村に黒髪黒目の旅人が来ます。丁重に出迎えなさい』というものだったのですが…」

 ライネルさんが腰が低くて、何でも言うことを聞いてくれたのはコレが理由だったか。

「それでしたら、ライネルさんは〈神託〉を果たされましたね。丁重に出迎えていただきましたし」

「いえ、その、あの〈神託〉には続きがありまして…」

 なんか嫌な予感がしてきた。

「続きですか。よければ伺っても?」

「ええ、女神様からの〈神託〉です。ああ、疑ってる訳ではないですよ! そのですね! 本当ですよ!! 私が〈神託〉を受けた本人な訳ですし!!」

 途中から熱い口調になってるけど、そんなに話しづらい話題なのか?

「そっ、そのですね…カケル様が村に来てから、十日以内にですね。村長の座をその者に譲るのが村の為になる、というのが〈神託〉になります」


 ちょっぉっおっと! 何を言ってくださるんですかね! 女神様!


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