第5話 勇者、周辺探索をする


 開拓村二日目。


 今日は訓練に同行する。

「ゲルト、準備できたか?」

「ダイ ジョブ ワタシ イク デキマス」

 なんだ、この怪しい外国人は? と、思ったが南方語で話しているらしい。

 『異世界言語』は自動翻訳だからな。覚え始めの言語を聞くと、こうなるのか。

「ふわ~、眠いっしょ。どう? 遅くまでゲルっちに付き合わされたんだぜ。カケルに通じるなら平気なはずっしょ」

 髪の毛を寝ぐせでクシャクシャなヨアヒムから事情を聞くが、いや一晩で片言でも話せるようになるっておかしくないか?

「通じてるけど、どうやったんだ? 普通は徹夜しても無理だろ」

「俺っちの〈指導〉スキルと、ゲルっちの〈見取り〉スキルの合わせ技っしょ!」

 ちょっとテンション高めにヨアヒムが言うが、それだけだと普通は無理なような気がするんだよな。こいつらは素のスペックが高いから気付かないかもだが。

 単語だけでも話せるようになってるなら楽できそうだ。

 昨日、ライネルさんに聞いた訓練所に向かうとしよう。


 訓練所に着いてみるとレオナを含めて五人いた。少なくね?

「昨日の夜に連絡したから、人数が揃わなかったのよ」

 思ったことが顔に出ていたのか、聞く前に説明された。

「おはよう、今日から戦闘職の鍛錬を担当することになったカケルだ。こっちがゲルト」

「ヨロシク オネガイ シマス」

 自己紹介はしたが、相手の名前を覚える気はない。ゲルトの鍛錬を受けるということは、血反吐を吐き血尿を出し、それでもレベルが上がって喜ぶという矛盾と付き合うことになるのだ。

 名前を覚えるのは二週間くらい経ってからで十分だ。どうせ減る。

 そして、もう一つ重要なのがナメられてはいけないことだ。

「ゲルト、〈挑発〉を使え。全力でだ」

 こういう戦闘職の訓練というのはゲルトも慣れている。俺の言いたいことがわかったのだろう。つまりはマウントを取るということだ。指導するのに、どっちが上かハッキリさせておく必要がある。


 ゲルトが〈挑発〉を使い皆が視線を集めた瞬間に、今度は俺が〈覇者の威圧〉を使う。不意打ち気味に隣りから威圧を受けたので、参加者は立っていられなかった。失禁している奴もいる。


「それじゃ時間を無駄にせずに始めるぞ。最初は体操からだ。俺とゲルトがやるのを見て同じように動け!」

 これで上下関係は分かっただろう。あとは鍛えるだけだ。

 さて、自己中娘はどんだけ耐えられるかな。


 始まって一時間。俺たちは走っている。一列縦隊、真っ直ぐに全員並んで走っている。

 変化があるのは最後尾を走るゲルトが声を掛ける時だけだ。

「キミ イク マエヘ カケル バショ マデ」

 最後尾のゲルトが前を走る奴に声を掛ける、つまりはダッシュしろということだ。

「ちょ、ちょっと、ハァハァ、ゲルト、さん、無理、ですよ」

「キミ デキル デキル ヤル」

 息も絶え絶えな発言に対して、お前の意見は聞いてないばかりのパワハラをかますゲルト。手には槍を持って発言者の尻に当てている。前に行かなきゃ刺さってしまうだろう。つーか、刺さってないか? 微妙に赤いもの見えるんだが。

「ヤル ナイ ウソ ハシル デキル」

 微妙じゃなく赤いものが見えるようになったところで、被害者は覚悟したようだ。

「やっ、やったら~!」

 一気にダッシュして先頭の俺の所に来た。なんだ余裕あるじゃないか。

 それを見たゲルトも、コイツら余裕あんなと思ったのだろう。ダッシュの間隔が短くなってきた。

 俺としては刺される前にダッシュしてもらいたい。回復魔法をかけるの俺だし。


 そうして三時間も経つと、意識朦朧のまま走り続けるゾンビが出来上がっていた。

 今では声を掛けることもない。ゲルトが尻を刺激するだけでダッシュするゾンビだ。

「ちょ、ちょっと、はぁはぁ、これって、いつ、まで、続くのよ!?」

 村最強は伊達じゃない。まだ会話する余裕があったのか。

「ゲルトが終わりだって言うまでだな。ランニングは全職業が効率よくレベル上げできる手段なんだよ」

 多くの一般人が勘違いしてることだが、レベルが上がったから強くなるのだ。強くなったからレベルが上がるわけでない。分かり易く言えば、前衛の職業は筋トレなどで経験値の貯まりが良い。効率的なトレーニングだ。逆に学者や錬金術師が筋トレしても貯まる経験値は微々たるものだ。

 そうして貯まった経験値が一定を超えるとレベルアップになる。この時は、なんというか風呂に入っているような安堵感と、なんでもできそうな万能感に包まれる。一瞬のことだけどな。


 もちろん筋トレすれば『ちから』のステータスは伸びる。でも伸びるのはレベルアップで上がる量に比べれば極々僅かだ。素のステータスよりレベルアップを重視しろってのもわかるな。

 例として幼少の頃から剣術を習っていた剣士レベル十と、ポーションでレベルを上げたヒョロヒョロ錬金術師レベル三十が近接戦をしたとする。結果は錬金術師が勝つ。剣士の攻撃は当たるがダメージにならず、錬金術師の攻撃は当たれば骨ごと肉を削ぐだろう。スタミナ切れを待ってもいいし、相打ち覚悟で打ち込めば錬金術師の勝ちだ。いかにレベルが正義かがわかる。

 レベル差補正がある世界では、技量よりもレベルが絶対だ。高レベルになると話は違うが。

 そんなわけでレベル上げを優先して、ゲルトは全員に効率的な経験値稼ぎをさせているというわけだ。

 ということを、分かり易くレオナに伝えてた。相手は息も絶え絶えで聞こえているか怪しかったが。

「じゃ、じゃあ、これを、はぁはぁ、やって、れば、強く、なれるのね」

「そうだな、心配しなくてもゲルトはラフィリア王国騎士団で隊長も務めたこともる。〈指揮〉と〈教導〉のスキルも持ってる。先生とするにはお薦めだぞ」

「な、なんか、凄いことは、はぁはぁ、わかったわ。やるわ! 私は強くならないといけないよ!」

 決意表明はいいけど俺からしたら一週間続くかなぁ、ってとこだ。今日は初日。ゲルトも見極めの段階だろうからな。明日からは更にキツくなるぞ。威勢のいいことを言う奴より、黙ってこなす奴の方が続いたりするもんだ。コイツはちょっと怪しいな。


 そうやって日暮れ近くまでランニングは続いた。最後の方は意識が飛んでる感じだったが。

「キョウ ココ マデ マタ アシタ」

 さてヨアヒムさんの家で晩飯だ。顔面偏差値の高い人たちとの飯は旨いんだよな。

 


 開拓村三日目。


 ゲルトの方に問題はなさそうなので、周辺探索に出ることにした。

 周囲の魔物のレベルを調べるのは優先順位が高い。

 ジルケがいれば楽だったんだけどなぁ。あの盗賊はおバカに見えてやることはやる。探索に掛けては流石に俺でも敵わない。探索以外にも素早さとか罠関係も敵わないが。

 それでも、専門職には敵わないが勇者は万能。〈気配察知〉と(魔力感知)は併用しながら村の周りを調べていく。

 夕方まで調べた結果、兎が普通、鹿がとても少なめ、猪が多めで、狼がちょっとヤバイ。ゴブリンは普通。オークは集落を築くほどの規模ではない。

 ここの生態系は狼優勢らしい。その結果、獲物となる鹿が少なくなっていると。

 しかし、鹿が少な過ぎる気がするな。このままだと絶滅するんじゃないか?

 レベルでいえば一番高いのがオークの十三だった。平和すぎるだろ、この森。

 とりあえず、今日は猪を二頭だけ狩って帰った。



 開拓村四日目


 今日からはちょっと遠出することにした。野営をして泊まりで周辺探索だ。

 野営するので、夜番の交代要員でヨアヒムを連れていくことにした。

 朝からライネルさんの家に行き、昨日一昨日でヨアヒムが作ったポーションを渡しておく。中級の中だそうだから、この村にある物よりは価値があるだろう。

 ライネルさんに泊まりで周辺探索に行くことを伝えたら、戻ってきたときに報告がてら一緒にご飯をしましょうと誘われた。俺の中でのライネル株は上がり続けている。

 とりあえず一日で歩ける距離まで村から離れて、そこから同心円状に進んでいくことにする。

 村の周囲だけなら平和だったが、この森自体はどうなんだろうね。

 


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