第28話 カーテンコール

 アーチ形の扉が開かれ、鈴がチリンと鳴った。

 入ってきたのは、老齢の女性が二人。一人は落ち着いた黄色いリボンをしていて、もう一人は優しそうな女性である。

「こんにちは、アル坊」

「ただいま。レン」

 二人はカウンターに座った。

「ベリルさん、リンさん。こんにちは、おかえり」

 レンが二人のところに水を運ぶ。

「私はオムライス。黄色は幸せの色なのよ」

「私はハンバーグ。だってレンが私のよりもおいしいっていうものだから」

 二人は顔を見合わせて笑っている。

「オムライスひとつ!ハンバーグひとつ!」

「あいよ!」

 すると厨房からいかつい顔の男がにっかりと笑って顔をのぞかせた。

「二人とも元気だね。また翼竜で?」

「あぁ、あれは便利だね。馬車だと四日かかるところが、半日でついちゃうんだから」

 ベリルさんがうれしげに答えている。

「あの子もたまにははばたかないと、なまっちゃうからね。それに孫たちの顔も定期的に見ておかないと」

 レンは苦笑いを浮かべる。

「アルさんの料理が食べたかっただけでしょ」

 リンさんと呼ばれた老女はとぼけた顔をして首をかしげて見せた。

 そうすると、また、扉がチリンと鳴って来客が告げられる。

「あら、二人とも早いわね。レンさん……私は生姜焼きを」

 入ってきたのはカウンターに座る二人と同じ年頃の老齢の女性だった。簡素なワンピースに身を包んでいるが、上品さがにじみ出ている。

「はい。こちらへどうぞ」

 レンはいつもどおり、エスコートをしてカウンターの席に誘導する。

「あらまあ、なんでレーヌだけ対応が違うのかしら」

 カウンターに座っている二人が顔を見合わせてねえとうなずいた。

 青年はため息を吐いて、厨房に引っ込んだ。

「いつも賑やかだね、あの三人は……」

「いつの間にあんなに仲良くなったんでしょうね」

 アルヴィドとレンは目を合わせて、笑いあう。



 その様子をカウンターの三人が目を細めて見つめていた。


 一方は召喚聖女の孫。もう一方は追放された悪役令嬢の孫。

 その二人がなんのしがらみもなく見つめあって笑っている。それがただうれしいと思った。

 自分たちはほんの少し背中を押されただけだった。

 そして開けた未来がここにある。

 旅をする自由、友と語る自由。

 目の前の二人のように愛する人と過ごす自由。


 ここには玉ねぎも、生姜もないが、おいしいものがたくさんある。それを見つけてきてくれた友の顔を思い出す。


「ほんとうに、この店は良い店ね」

「すごく懐かしいわ」

「料理もおいしいし、来たくなるのも仕方がないじゃない」


 三人は目を合わせて、ねーと少女のように笑いあう。その後ろにもう一人銀色の髪の少女が笑いかけているように見えた。


「はい、お待たせ。オムライスにハンバーグ。生姜焼きです」


 カウンターには食欲をそそる匂いが広がる。湯気の立つまっ黄色のオムライス。焼き目のきれいなハンバーグには季節のキノコのソースがかかっている。生姜焼きはピプルがしんなりと色づいて肉と絡んで湯気を立てている。どれも美味しそうだ。


 チリンと鳴った扉の方を見ると。今度は肉屋のマットとおかみさんが来ていた。

 レンは席に水を運ぶ。

「ご注文は?」

(きっと、オムライスだ)

「オムライスで」

 二人の答えにアルヴィドはひっそり笑う。


 ここはスコオル亭。下町にある小さな定食屋。時々、高位の貴族もお忍びで通う隠れた名店だ。

 店主は少しこわもてだが、接客をしてくれる青年は穏やかで優しそうだ。対照的な二人はとても仲がいい。


 スコオル亭は今日も笑顔の客であふれていた。皆の舌をとりこにするのは聖女のレシピ。悪役令嬢の孫が腕を振るう。

 食べることは幸せなこと。人は満たされていてこそ、人を救うことができる。

 どんな時も、美味しいものを美味しいと感じられれば幸せだと教わってきた。

 アルヴィドが料理を作り続ける限りこの幸せは続く。


「デザートにプリンアラモードはいただけるかしら?」


 それは秘密のメニューなので……。レンは人差し指を口の前に持ってきて片目をつむる。そんな仕草もさまになる。少年だったレンも今は立派な青年だ。

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召喚聖女の幕引きとその裏で 立木砂漠 @deserttree

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