第27話 幕引きのプリンアラモード(7)
聖女は翼竜を呼んで手を伸ばす。翼竜はその手に鼻先をつける。聖女はバルコニーの欄干に立って身を乗り出し、翼竜の足につかまる。
王城にとまっていた翼竜は咆哮を上げて羽をはばたかせた。先ほどまで、広場に立ち込めていた魔獣除けの煙がきれいさっぱり吹き飛ばされた。
広場にいた人々が見上げたのは、青空にはばたく翼竜とその足につかまって聖女が空を去るところだった。まるで、おとぎ話のような場面だ。森での魔獣の咆哮もいつの間にか静かになっていた。まるで現実感がなかった、ただ焼け焦げた王宮の屋根がこれは現実だと教えているようだった。
「なあ、聖女さまがおっしゃっていたことは本当か?」
嵐のような時間が過ぎて、広場に集まった人々は今聞いたことを確認する。ひとり、またひとりと聖女の塔へ歩き出した。そしてそこで、野性味あふれる花畑と赤い屋根の小さな家を見つける。隣に立派な王宮があるのに、聖女と聖女の孫はこの小さな家に住んでいた。その衝撃に勝手な憶測と尾ひれが付け足されるのは時間の問題だ。
今日は召喚祭。国中から人が集まっていた。彼らはそれぞれの土地に戻って今日この広場であったことを語るだろう。先王たちの失態と、聖女の失踪。これからは国民たちが彼らの監視役になる。
アルヴィドは長い一日を終えて、店に戻る。アーチ形の扉を開くとチリンと鈴が鳴る。この音が鳴ると帰ってきたのだと安心した。奥を見るとカウンターの椅子にはレンが座っていた。レンは振り返って笑みを浮かべる。
「おかえりなさい」
アルヴィドは答える代わりに座ったままのレンを抱きしめた。
「ただいま。レンこそ、おかえり」
「ただいま」
「終わったよ、全部。聖女さまが終わらせた」
レンはおずおずと、アルヴィドの背中に手をまわして、お腹に頬を寄せる。
「この国を見限った祖母をどう思いますか?」
「見限ったんじゃないよ。リンコ様は、託したんだよ。むしろ、何もしてなかった時がたぶん、見限ってたんじゃないかな。でも、レンが大事だから決断したんだ。とても素敵で強い人だと思ったよ」
レンはさらにぎゅっと力を込めてアルヴィドに抱き着く。
「ここで聞いていました。おばあ様があんな風に怒っているのを聞いたのは初めてで。ずっと、僕のために我慢してくれていたのかなとも、思ってしまって」
「それは違うよ。俺はあの家に行って、あの家の温かさを感じた。リンコ様とレンはあの家に良い思い出をいっぱい詰め込んで、暮らしてたんだろうなって思ったよ」
丁寧に使い込まれた魔導調理具。子供用の食器も残っていた。本棚の下の段には、子供向けの絵本が何冊もあった。レンがここで大切に育てられていたのを感じられる場所だった。
「レンはあの強くて優しいリンコ様が育てたから、今のレンになれたんだ」
レンが何者かを知った。人知れずこの国を守ってきた強い人だった。
「結局、俺は何もできなかった。下町の人たちにたいまつの指示をしたのはマットさんたち自警団だし。聖女さまの調べ物はフローラさんが手伝った。今頃、聖女さまはベリルさんのところに身を寄せているはずだ。レンに思ってもらえるほど特別な人じゃないのは俺の方だよ」
「アルさん……僕はこの店が好きです。アルさんもきっと、エリザベス様が育てたから今のアルさんになったんだと思います。アルさんは自分ですごくないなんて言いますが、皆はアルさんだから大変なことでも引き受けてくれた。だから、やっぱりすごいんです」
抱きしめていた体が、ふわりと熱を発する。レンは静かに泣いている。気付かないふりをして、髪を撫でた。
「レンはもう自由だよ。誰かのためだとか。しなきゃダメなんてことはない。自分のしたいことをいたい場所に行っていいんだ。何がしたい?」
この子こそ今まで誰かにわがままをぶつけたことがあるんだろうか。我慢して、過ごしてきたのではないだろうか。
レンは顔を上げてアルヴィドを見上げた。
「なら……ここにいたいです。ここでアルさんと一緒にいたいです」
耳の奥にカッと血が上る音が聞こえる。涙で潤んだ目は揺れている。レンはこうして今までもずっと、言葉をつくして伝えてくれていた。
「俺が……何でもない俺が、頑張れたのはレンのおかげだと思う。自分より頑張ってて、自分よりもいろんなものを背負ってるレンと出会えたからだと思う。好きだって言ってくれてうれしい。君の身分を知って、同時に自分には身の丈に合わないと」
レンは不安そうに話を聞いていた。そんな顔をさせるために話しているのではないのだけれど。できるだけ正直に話したいと思った。
「それで、レンのことを知って……レンが好きだって思った。あぁ、好きだって気づいたが正しい。たぶん、ずっとレンが好きだった」
アルヴィドは赤くなる顔を隠すため、レンをもう一度胸に引き寄せた。
「俺を好きになってくれてありがとう。俺もずっと好きだ。これからも側にいてほしい」
レンは顔上げた。瞳を見開いて驚いた後。輝くような笑顔を見せた。
「はい!」
召喚祭の後、召喚祭に参加した人々から国中に聖女の失踪が告げられた。一時は森から魔獣が現れてそれは恐ろしかったと皆が語る。だが、聖女さまは最後に結界を張って国を守った。ただし、今までのように一人に頼る方法ではなく、皆で維持できるようにしたそうだ。
楔と呼ばれる『聖女の木』は王宮の祭壇室にあり、祈りをささげることで森の結界のほころびに魔術を送るようにできている。その祈りは王たちによって行われるという。
国民たちは今後末永く勤勉な王たちにより、国が平和であることを祈った。
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