第26話 幕引きのプリンアラモード(6)

 広場では魔獣除けの煙に目をしばたたかせながら、皆がじっと息をひそめて成りゆきを聞いていた。見えないことが、広場に集まった人たちの想像力を掻き立てる。この国は聖女の力で平和を享受してきた。それは生まれたばかりの子供から、死を迎える老人まで様々な人たちが等しく受けられる加護だった。だが今、はっきりとそれが、たった一人の人間によって支えられていたのだと知ったのだ。

 その特別な人を王たちはどのように遇したのだろう。

 聖女は先王のみならず、側妃たちにも答えを問うている。それが答えのような気がしてきた。

 なぜ命に代えても守りたいと、彼らはすぐに答えなかったのだろう。

 だが答えられなくともわかったことがある。聖女は静かに怒っている。この王たちに、そして、自分たちに。


 アルヴィドはそんな中でも声を枯らさんばかりに叫んでいる。

「動かないでください。動けばケガをします。じっとしていてください!」

 あたりはもうもうと立ち込める煙で身動きが取れない。遠くに魔獣の鳴き声が聞こえるたびに、びくついて体が震える。アルヴィドはそれでも、たいまつを掲げて踏ん張っていた。


 ☆☆



 ――結界に楔を打ちました。この楔は王宮の祭壇室に設けました。フェル ヒルデ カーチャ これからあなたたちが毎日そこで祈りを捧げなさい。それがこの結界の楔です。一日でも欠かせば、結界は綻びます。

ええ、思い出して最初に召喚されたとき聖女が祈りでこの国を救ったと言ったのはあなたでしょ。

 勤勉なフェルナンド先王。賢妃と名高いヒルデ カーチャ あなたたちならばできます。ただ祈ればいいのですよ。そして、この楔はあなたたちの血に受け継がれます。エリアクス この人たちがいなくなれば次はあなたの番ですよ。


 フェルナンドは目を見開いてその言葉を聞いた。呼吸がおかしくなりそうな圧を感じる。聖女は少女のような笑みを浮かべてフェルナンドを見つめた。


 そして、聖女は拡声器を高く放り投げた。翼竜はプッと炎を吹きかけてそれを灰にした。

「ねえ、フェルナンド、ヒルデ、カーチャ。私を聖女と。孫を塔の貴人などと呼ぶけれど。私たちの名前を憶えている?」

 三人は口を開きかけたが閉じた。聖女は一層冷たい目になって三人を見据えた。


「フェルナンド。私はあなたを赦しません。罪はちゃんとその身で償ってもらいます。この国の未来はあなたとあなたの血縁にかかっています。

 もしもまた、魔獣があふれるようになったときは、真っ先にあなたたちの血族の元に行くようにテイムしました。末代まで償いなさい」


 聖女は黒い瞳でフェルナンドたちを見据えた。その濁りのない瞳にフェルナンドは、懐かしさを感じていた。この人は強い人だった。だが、彼女を昔はどんな風に呼んでいたか。思い出せない。つまりはそういうことだ。自分はこの人を大切にすると決意した一方で、記憶から一番に切り捨てた。

 フェルナンドは今でも自分が召喚したことに間違いはないと思っている。だが、召喚したことは間違いないが、その後はどうだろうか。毎年来る召喚祭は気が滅入るばかりだった。国民は聖女を讃え、広場は薄紅色に染まる。どれだけ自分が国政に力を注ごうと讃えられるのは聖女ばかり。愛しているとささやけば、子供のように顔を赤くするただの女なのに。

 そのいら立ちを言い返せない相手にぶつけていたのだ。いまも、どうして過去をえぐるのか。そんな非難しか浮かばない。



「ヒルデ カーチャ 私はあなたたちを軽蔑します。エリザベスのこと。私のこと。あなたたちがフローラを脅して『アルイセ』を利用したのは聞きました。けど、それもすべては国のためだと。許せないと思ったけれど、分かる部分もあった。だけど、娘を取り上げたこと、私に似たばかりに孫を虐げたこと。私は赦しません。……見なさい。あなた自身が撒いた種で、今あなたたちが息子たちにどんな目で見られているか。そしてこれから先、国民にどんな目で見られるか。側妃にまでなってかなえたかった事は何だったの? きっと、その先なんて考えてなかったんでしょう? でもこれで、あなたたちは歴史に名を残す妃になりました。おめでとう」


 聖女は握ったこぶしで胸を抑える。痛みを耐えるようなしぐさだった。


 カーチャは振り返る。この聖女を友と呼んだ時期があることをその時は、名前を呼んでいた。だが、頑張り屋で、素直で人の裏を読もうとしない子供のような女を、自分の愛するフェルナンドと恋に落ちた女を憎んでしまった。

 エリザベスを追い出したのは単なる嫉妬だ。都合が悪いからとフローラも王宮から出ていくように促した。国には政治があって、柵があってそういうもので均衡をとることが正しいのだ。愛なんてそんな不確かなものを頼ってはいけない。なのに聖女だけがフェルナンドに恋われ、愛された事実が気に食わなかった。


 ヒルデは振り返る。聖女はある日突然よそから来た異物だった。尊敬していたエリザベスとも打ち解け、敬愛するフェルナンドと恋をした。友と呼んだ時期もある。ただひたすら、好きではなかった。

 聖女が女児を産んだことに安堵したこと。だが、フェルナンドの子供はすべて自分が育てると、取り上げた。聖女に似ず、控えめな娘はヒルデの言うことを聞く控えめな娘だった。自分を母と慕う子は可愛かったが、孫は嫌いな聖女にそっくりだった。……それも男児。王位継承権は自分の孫よりも上に当たる。王になるのは自分の直系以外はだめだ。だから、虐げた。

 所詮よそ者じゃないか。ヒルデは聖女がただ気に食わなかっただけだ。


 自分たちがしたことは些細なことだ。うまくいっていたではないか。どうして、こんなに責められねばならないのか。そんな風に思い二人はうつむいていた。


「私は四〇年、一人でやってきました。あなた方は残りせいぜい一〇年でしょう」


 先ほどから何か言い返そうと口をわななかせていた三人は、その一言に何も言えずうつむいた。

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