第25話 幕引きのプリンアラモード(5)

 年に一度、この召喚祭の時のみ王宮の奥。祭壇室の鐘が鳴る。

 王城前の広場には国中から人が集っていた。

 人々は手に薄紅色の布を巻いて振っている。王城のバルコニーには現王エリアクスとその家族。その後ろに先王フェルナンドとその側妃の二人が並んで立っている。



 アルヴィドは広場の塔側に立ってそのバルコニーを見上げていた。その周りにはマットたち下町の人々が集まっている。

「では皆さん、たいまつを持って決めた場所に立ちましょう」

 アルヴィドがそう言うと、下町の皆はうなずいて、持ち場に向かった。アルヴィドもまた持ち場に向かって歩き出す。



 楽団の音が鳴り響いて花火が上がる。青い空に色とりどりの煙が舞った。

 召喚祭が始まった。

 エリアクス王が拡声器を使ってこの一年のねぎらいとこれから一年の祝福を申し述べる。広場に集う人々はそれに答え、歓声を上げた。

 続いて、前に出てきたのはフェルナンド先王だった。

 彼もまた、ねぎらいと祝福を申し述べ、国民たちの拍手に手を上げて答えた。

 国民に哀悼を告げるのは、フェルナンドの側妃で現王の母であるヒルデだった。この国が魔獣に苦しめられていたこと、それが、召喚により解消され今が平和なことが語られる。ヒルデの言葉が終わると、人々はこれまで魔獣被害で亡くなった人、まだ、苦しむ人を思って目を閉じる。


 だが、今年の召還祭は違った。五〇周年の節目であるから、例年よりも豪華ではあるのだが。長い間、体調を崩されていると発表のあった聖女さまがバルコニーに現れたのだ。

 聖女さまから直接言葉がもらえるのはおよそ三五年ぶりと言われている。広場に集まった人々は、泣きださんばかりに大声で聖女を讃えた。聖女は手を振ってそれに答える。広場は一面、薄紅色の布の海に変わった。


 ――みなさん。国民の皆さん。私は五〇年前、この国に召喚されました。


 息を吸う音と、少し震えた声が広場に響いた。一言も聞き逃すまいと、歓声は一気に静まり返った。


 ――私はこの五〇年。孫と二人でこの国を守ってきました。


 アルヴィドは、これから起こることに備えて、手に持った、たいまつを握りこんでいる。


 ――でももう、それをやめようと思います。この国はこの国の人が守るべきだと思うのです。


 突然の言葉に、広場の人々はざわめき始める。言っている言葉はわかるが、理解できない。聖女は何を言い出したのか。隣の人間に声をかけてそれぞれ首をかしげていた。

 聖女の後ろでは驚いた王たちが聖女に詰め寄っていた。


 その時。王城の向こうにある森の方から魔獣の咆哮響いてきた。

 森の葉をざわめかせて、大きな鳥のようなものが飛び出した。そしてつられるように魔獣たちがぶわりと森から飛び出してきていた。それは巣をつつかれた虫のようだった。


 悪夢のようだった。魔獣の脅威を知る者たちは、その爪の鋭さや牙の痛みを知っている。知らぬものもその咆哮を聞いただけで、背筋にぞわりと嫌な震えが走る。子供たちは火が付いたように泣き始めた。魔獣は恐怖そのものだった。

 王族の並ぶバルコニーに大きな黒い影がかかる。振り返ると大きな翼竜が王城に止まって、その金色の目をバルコニーに向けていた。

 護衛騎士たちもあまりの大きさに固まっている。

 翼竜は見せつけるように首をしならせて吠えた。開いた口からは炎がまき散らされた。一瞬でバルコニー隣りの塔が焼けこげる。


 結界が消えたのだと皆が理解した。


「皆さん!これは魔獣除けのたいまつです。これを焚いていれば、魔獣は寄ってきません。そのまま伏せて!」

 アルヴィドは、燃やしているたいまつを振り上げてあらんかぎり声を張り上げた。波紋のようにその言葉が広場に広がる。広場中に散った下町の人々が、次々と立ち上がり同じように叫んでいる。


 ――フェルナンド。あなたはこの国を守りたいですか?

 どうやら拡声器は、切れていなかったようだ。

 ――どういう意味だ。

 ――ヒルデ妃 カーチャ妃……あなたたちはどう?

 広場に広がるのはバルコニーにいる王族たちの声だった。

 ――聖女さま。お願いします。国民のために結界を戻して

 ヒルデ妃とカーチャ妃が声をそろえて懇願する。

 ――だから聞いているの。命に代えてもこの国をまもりたい?

 彼女らは要求するだけで、即答しなかった。聖女は悲しそうに目を伏せる。

 ――また私たちを人柱にしたいとそう言うの? エリアクス、あなたの娘は今12歳だけど。この国のために五〇年家族に会えない場所で知らない国に尽くせと言われて差し出せる?

 急に話を向けられたエリアクスは答えあぐねている。本心は娘をそのような目に合わせるのは、親としてできない了見だ。だが、聖女が言っているのは自分の境遇のことを言っているのだろう。その場合は、王として受け入れると言わねばならぬ。横で母に抱えられ震える娘を見た。とうてい答えることなどできなかった。

 ――さあ、答えて。フェル ヒルデ カーチャ 命に代えてもこの国を守りたい?

 聖女はエリアクス王の答えを待たず、フェルナンドに向き合っている。聖女の背後には大きな翼竜が金色の目をぎらつかせてこちらを見ていた。口の端からは小さな炎がボッボッとあふれ。ひとたびその口を開けば、先ほどのような炎が灰も残さずこちらを焦がすことが想像できた。

 ――ああ、もちろんだ。

 フェルナンドは観念して答える。ヒルデとカーチャはお互いを支えあいながらうなずいている。聖女はほつれた横髪を耳に掛けながら口角を上げる。

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