第24話 幕引きのプリンアラモード(4)

 レンはまだ寝ぼけてぼーっとしているようなので、アルヴィドだけで仕上げに取り掛かる。皿にカップからプリンを出し、そこに切った果物を並べる。脂分の多い乳酪を泡立てたものを添えれば、それは聖女さまのレシピ『プリンアラモード』スコオル亭では材料の花蜜が高級なので店には出さないが、家ではお祝いの時などに祖母が作ってくれた。

「レンできたよ。さぁ、手伝って」

 レンも紅茶を沸かし、そこに先ほど残った果物の皮や実を入れる。


「まぁ懐かしい」

 聖女は目を輝かせて、「きれいだわ」と言いながら皿を眺めた。

「見てください、これウサギリンゴですよ」

 レンが指をさす先には、リンゴをウサギに切ったものが置いてある。

「これも聖女さまのレシピだと伺っています。たしか、ウサギとは角ネズミの耳が五倍くらいに伸びたみたいな生き物なのですよね」

 聖女は、ふっと笑ってうなずいた。

「そうそう、エリーがまじめな顔で、そんな変な生き物がいるのねって言ったのよ。私からしたら足が六本生えている馬のほうが奇妙だわ」

 そして、クスクスと笑い続ける。レンは一足先に食べ始めた。一口すくって口に入れては頬に手を当ててとろけた顔をしている。聖女もつられて同じように食べ始めた。笑うとよく似た二人だった。

「美味しいわ。とっても美味しい」

 聖女は笑顔が止まらないようで、食べながらくすくすと笑っている。


「うちのばあちゃんが言ってました。甘いものは心の栄養だって、食べるだけで元気になれるってね」

「そうやねぇ、うちも元気になったわ」

 聖女は不思議なイントネーションの言葉をつぶやいた。レンが驚いて聖女を見やる。

「久しぶりです。おばあ様がそんな風にお話するのは……」

「あぁ、たしかに、ごめんね。レンナルト。いつまでも心配をかけて」

 聖女は自分の皿から、赤い果実をレンの皿にのせる。

「これ、レンナルトが好きな果物よね。たべて」

 レンはうつむいて、ぐっと唇を引き結んだ。すこし無言だったが、顔を上げると飛び切りの笑顔を聖女に向けた。

「いただきます!」



 アルヴィドはそっと見守る。今二人はたまっていたわだかまりを、少しずつ溶かしているのだと感じたからだ。聖女からはもう弱弱しさを感じなかった。瞳に力のある聖女然とした女性になっていた。レンももう守られるだけの子供ではない。

 聖女はアルヴィドの目を見て、うなずいた。



 食べ終わって、皿を片付ける。

 席に着くと、アルヴィドたちに見えるように本を広げる。そこには聖女が書き付けたいろいろな言葉が並んでいた。

「召喚祭に私も出ようと思います。そこでこれを、利用しようと思うの」

 そのうちの一文を指さした。

『子竜』

 竜は森の主のような存在だ。味方をしてくれればすごく心強いことだけは感じ取った。

「この子はね。五人で森に行ったときに拾った子なの」

 聖女は少し遠い目をして、口角を上げた。彼女の中にいい思い出もあるのだと、そう思わせるような優しい笑みだった。

「これからもレンナルトをよろしくお願いします。レンナルトのレン、蓮は私の故郷の花なの。泥の中でも美しく咲く花よ。こんな環境でも優しい子に育ってくれてよかった」

 口角を上げて、礼を取る。アルヴィドもそれにこたえて頭を下げた。

「こちらこそ、俺でできることならなんでも。あとあのリンコ様に感謝しているのは、下町のみんなもそうですから。ほんとうに……」

 大したことを言えなくてアルヴィドは歯がゆくなる。

 聖女さまは深くうなずくと、口角を上げた。

「ありがとう」


 そしてアルヴィドは、聖女の塔を後にした。

 寂しいとさえ感じた塔の周りの花畑は、しかし、小さな花が生き生きと咲き誇っていた。きれいに整えられてはいなくても、花々は思い思いに咲き誇っている。それは比べるまでもなく、それぞれが美しいものだと思った。そしてあの小さな赤い屋根の家も聖女リンコとレンの城だった。自分の城がスコオル亭だったように。


 最後に見た聖女の瞳は黒く澄んでいた。決意も新たに挑む召喚祭はもうすぐだった。

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