第23話 幕引きのプリンアラモード(3)

 そして、聖女が調べている間に、アルヴィドはレンと隣立って調理を始めた。

 材料は卵と花蜜。それに、乳酪と果物。作るのは『プリン』だ。


 紙をめくる音と、ボウルをかき混ぜる音が室内に響く。

「レン、ここにその温めた乳酪を注いで……そうそうゆっくり。あと、カップを出してもらえると助かる」

「はい」


 聖女は本から顔を上げて、調理をする二人を眺めた。アルヴィドに向けるレンの屈託のない笑顔が胸に刺さる。あの笑顔を見たのはいつ以来だろうと。また自分は、自分のことばかりで周りが見えてなかったのだ。

 隣に立つアルヴィドはレンをやさしい瞳で見ていた。自分もいつかはそうしていた。そして、自分もそう見守られていた。エリーの孫は、間違いなくエリーの孫であるらしかった。


「よし、じゃあ。これを漉して。蒸そう」

 大きな鍋にカップを並べてふたをした。火力が強いとすが入ってしまうから、火加減は慎重に。調理魔導具のつまみを回すと、ちょうど良い火に落ち着いた。手を拭きながら、改めて部屋を見回した。どこか懐かしさを感じさせる居心地のいい空間だった。レンがここで育ったとうかがい知れるのどかさが漂っていた。


 火を止めて、カップを揺らすと表面が固まっていた。蓋をして余熱を通す。ゆっくり火を通すことで舌触りのいいプリンになるのだ。

 レンは包丁の作業は苦手なので、アルヴィドが器用に果物を切るのを眺めていた。花の形に、羽の形に果物はいろいろな形に変わっていく。まるで魔法のようだった。


「レン。じゃあ、そろそろ鍋の中のカップを氷室に入れよう。冷えたら完成だよ」

 そして二人はソファに座り、聖女の調べ物が終わるのを待った。いつのまにか寝てしまった二人は器用にお互いを支えて寝息を立てていた。なんとかわいらしい二人なのだろう。ひざ掛けをかけて子供のように眠る二人を見つめる。昔、エリーと魔獣の森の洞穴で夜を過ごした時も、二人で肩を寄せ合って寝たことを思い出す。

 自分にはささやかだが思い出がある。だが、レンはどうだろう。この塔を飛び出す前のレンには年頃の友人どころか。日々結界の保全で何の思い出もなかったはずだ。

 だからこそもう、この因果をここで断ち切らねばならないのだ。レンには自由を与えたい。そのためには……そしてもう一度、書き留めてきたものに目をやる。


 席に着くときふと、調理魔道具のほうに目をやった。そこには懐かしい果物の飾り切りが並んでいた。一瞬何か思い出さなければならないことがよぎった。

「あぁ、そうだわ。何かあったかもしれない」


 紙をめくって文字を指でなぞる。

「あぁ、見つけた」

 聖女はまた一粒涙をこぼした。ただ、これは嬉しいほうの涙だ。



 部屋に差す光が、朝の白い光から、昼の黄色い光に変わっていた。

「ああぁああ。寝てしまいました。レン! レン!」

 慌てて隣りでぐっすり眠るレンを起こした。聖女は口元にやさしい笑みを浮かべていた。レンはむにゃむにゃ言いながら、頬をこすっていた。アルヴィドは、寝癖を直してやる。

「ほんとうに、あなたたちは仲がいいのね」

 聖女はしみじみとこぼす。

「はい!」

 アルヴィドはにっかりと笑って答えた。

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