第22話 幕引きのプリンアラモード(2)

 聖女は声を落として、手に持ったカップの水面を見つめた。


『アルイセ』は主人公が異世界に転移して、そこで魔獣を『テイム』しながら森を攻略し。ロエナリア王国を平和に導くって『ゲエム』なのね。魔獣『パアト』と学園『パアト』と二つあって。魔獣『パアト』は『アイテム』を手に入れるため『テイム』した魔獣とともに森の中にあるポイントを攻略するの。学園『パアト』は学びや、恋愛要素により分岐を増やして『パラメーター』を上げていくの……。美麗な『グラフィック』と学園パアトによる恋愛システムのむねきゅんスチルと、魔獣パアトの収集によるやりこみ要素の『ダブルタスク』が魅力なの。主役級の声優陣が大盤振る舞いの『ボイス』はまさしく神『ゲエ』だったわ。

 アルヴィドは急に早口になった聖女に目を丸くした。たぶん、聖女の元居た世界の言葉なのだろうところどころ、不思議な言葉が混じっている。

 聖女はアルヴィドの様子に気づいて、頬を染めた。

 こほんっ。ごめんなさい。何歳になっても『オタク』っていうのは、好きなものを語るときは我を忘れるのね。

 アルヴィドはレンのほうを見た。レンは苦笑いで返す。


 だからこそ、私は学園に通うようになって、自分が主役であることに気付いて舞い上がった。どこで『イベント』が起きてどう対処するか。私は全部知ってるって。それで勘違いしちゃったのよ。

 ゲエムと現実の境目がおかしくなったのね。


 主人公には『ライバル』がいた。それがあなたのおばあ様 エリザベス・ユウオルト。彼女も王太子妃になるべく魔獣の森を攻略して国を救うのが目標だった。ただ、彼女の役柄は悪役令嬢で私の邪魔をすることだった。

 学園パアトにおいて私は嫌がらせを受けるのね。それが、魔獣とのきずなを強めたり、攻略対象者との親愛を深めたりする『イベント』になっていたのだけど。『ゲエム』で攻略するのと、体験するのとでは大違いだったわ。辛くて、エリザベス様を恨んだ。『アルイセ』で犯人がエリザベス様だって知っていたから。

 エリザベス様にどうしてそこまで、嫌われてしまったのかわからなかった。ロレーヌたちはフェルとの仲を嫉妬したんじゃないかと言っていたけれど。エリザベス様がそんな短慮なことをなさるわけがないって思ってたのに。「この国のことは、この国のモノがどうにかするわ。あなたには任せない」エリザベス様にそういわれて、私は部外者だと言われたように感じた。だから、エリザベス様に負けないようむきになって攻略に励んだ。

 そして、学園に噂が流れた。私がエリザベス様に嫌がらせを受けているって。これは『アルイセ』ではフェルルートの『確定演出』と言われる『イベント』で、エリザベス様の断罪が確定したことと同意だった。私はフェルに頼んで、処刑だけは免れるよう掛け合った。

 フェルはわたしのお願いを聞いて、エリザベス様の処分は、身分はく奪と、王宮追放になった。


 そういえばあの時、マクシミリアム様は、エリザベス様はわたしのために動いていたのにと、そう言われていたわ。ええ、あんな意地悪が私のためってその時は、笑ってしまった。


 結果はエリザベス様を追い出してしまったけれど、フェルとは結婚して『ハピエン』を迎えたのだと思った。


 でもそこで違和感を持ったの。確かに『アルイセ』ではエリザベス様が犯人だったけれど、それは主犯であって、同じく王太子妃候補だったヒルデ様や、カーチャ様も同じように断罪されたはずなのに。彼女たちはそれを免れた。


 嫌がらせをしたのが、誰かを調べたのは誰だったかしら。

 エリザベス様がやったと、教えてくれたのは誰だったかしら。

 なぜ彼女たちは詳しく知っていたのかしら。


 結界を張った後、魔力欠乏症になった。まさか、自分は聖女でフェルに愛されて、魔力量は結界を張るに十分だったはずなのに。私が迎えたのは『ノーマルエンド』だった。フェルに愛されてないのが魔力量でわかるなんてひどい皮肉だった。

 娘を産んで一年すると、ヒルデ様とカーチャ様が側室としてフェルの側につくようになった。

 フェルが、「この国を守るのは聖女の仕事だろう? 子育てはヒルデに任せたらいい」と。娘はヒルデ様が後見について、私は結界の保全をするように言われた。

 フェルはもう私を聖女としか呼ばなくなっていたわ。

 この世界は『ゲエム』じゃない。ハピエンの後のほうが長い現実で、私は何も考えてないバカだったのよ。


 聖女さまの鼻をすする音が室内に響く。エリーごめんなさい。そんな言葉を繰り返しつぶやいている。レンは、労しそうにその顔を見ていた。

「それでもあなたが森に結界を張って、この国を救ったのは確かです。それに、結界の保全も投げ出さずやってくれたから、俺たち下町に住む人間は、魔獣の脅威にさらされることなく平和を享受できている。あなたには大変な道だったかもしれませんが、あなたが与えてくれたもののおかげで私たちは日々笑って過ごせている。本当はもっともっと、あなたに届くよう感謝するべきでした」

 聖女は目を見開いてアルヴィドを見る。

「私はよそから来たものだから」

「いえ、召喚祭の街を見たことがありますか?小さな子から、老人まであなたを知らない人はいない。皆は笑顔であなたの好きなオリガミを飾っているのですよ。あなたはこの国の根っこです。それに、私より長い時間、ここで生きているじゃないですか」

 聖女の瞳は、アルヴィドを見ていた。

「おばあ様、僕は初めて下町に行きました。アルヴィドさんの言うことは大げさではありません。皆が笑顔であなたの功績を語りました。聖女さまのおかげで平和だと、幸せだと語っていました。僕は改めておばあ様の偉大さを感じました」

 レンは目を細めて聖女を見る。アルヴィドも同じように笑みを浮かべた。

「ありがとう。あなたは素晴らしい人です。リンコさん」

 アルヴィドの奥によく似た人の面影も見ていた。聖女は顔を覆って泣き崩れた。

「エリー……ありがとう」

「おばあ様。彼はアルヴィドさんです」

 レンは聖女の側に行って、肩を摩る。アルヴィドもあわてて、立ち上がり聖女の肩をそっと撫でる。

「ええ、あなたを見てわかったわ。エリーはとても幸せだったのね」

「はい」

 聖女さまはひとしきり泣いた後、涙をぬぐって顔を上げた。

「これからのことね。昔のことだから書き留めているの。少し調べるから待っていただけるかしら」

 アルヴィドはうなずいた。

「それでしたら、魔道調理具を使ってもいいでしょうか」

 聖女はコクリとうなずく。

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