幕引きのプリンアラモード
第21話 幕引きのプリンアラモード(1)
二週間後、王家の紋章の入った馬車がスコオル亭の前に横付けされた。中には騎士服をまとったレンが苦笑いで待ち構えていた。
「お久しぶりです、アルさん」
アルヴィドはできるだけきれいな服を選んできたが、レンを前にするとそれも無駄にあがいたように感じた。
「レンも見違えたね」
レンはまぶしいものでも見るようにアルヴィドを見つめて頬を染める。レンはアルヴィドが何を着ていようが構わないようだ。それこそ料理中の野菜のしみがついたシャツを着ていようと、アルヴィド自身を見てくれている。それがアルヴィドにはうれしくもあり、面映ゆくもあった。
馬車は王宮の正門から入るとすぐに右に折れてすすむ。ほどなくして舗装のない道にかわった。聖女の塔は、背後の森に抱かれるように立っていた。それは背中で森を押し留めるようにも見えた。塔の周りは、野性味あふれる花畑のようだった。
「アルさん、こちらへどうぞ」
レンは塔ではなくその側にあった建物にレンを案内する。赤い屋根と白い壁の小さな家だった。
「祖母はもう体も弱くなってきて、階段を使うのが難しくて。最近はこちらの建物で生活しているのです」
救国の聖女が住んでいるはずなのに、警備は少ない。案内もレン自らが行っているのに違和感がある。
「アルヴィドの思案顔にレンは、何かを察したらしく足を止めた。
「祖母はもう誰も信じられなくなっているんです。だからここで働く人たちは祖母の前には現れません。でも、アルさんには会ってみたいと言ってくれました」
レンは寂しそうに笑うと、木製のドアを叩いて中に入る。アルヴィドはその後ろを続いた。
「ただいま」
「すみません。祖母の故郷では、ここで靴を脱ぐのが慣例なのでここで脱いで、こちらに履き替えてもらってもいいですか?」
レンに促されるままに、履き替えて聖女さまの待つ、部屋に向かった。
部屋に入ると正面のソファに老齢の女性が座っていた。手に持っていた本からアルヴィドのほうに視線を移す。彼女は立ち上がり、唇を震わせた。
「まぁ……」
「はじめまして、アルヴィドです」
アルヴィドが礼をすると、彼女は目を潤ませた。
「マクシミリアム様?」
「それは祖父です」
にっかりと笑って返事をすると、彼女は視線をさまよわせてレンを見る。
「アルヴィドさんのおばあさまがエリザベス様で、おじいさまがマクシミリアム様です」
「そうなの」
「ひとまず座って。お茶入れるから」
アルヴィドはレンに促されて、聖女の斜め前の席に座ることにした。レンは奥に進み。湯を沸かしているようだ。アルヴィドはくるりと辺りを見回す。調理魔道具、食器棚。椅子が二つあるテーブルに、ソファ。大きな窓のそばには揺り椅子が置いてあった。ここが王宮内だと疑いたくなるほど、下町の家庭と変わらない内装だった。
唯一ここが王宮だと思えたのは、本の詰まった大きな本棚だった。貴重な紙でできた本は、一冊がひと月分の給料と変わらない価値がある。あれだけそろえられるのは、王宮という財力を持っているからだ。
アルヴィドがそうやって室内を観察している間に、聖女もまたアルヴィドを見ていた。面影もおぼろになったが、三年間共に過ごした友人エリザベスに目元が似ている。髪の色や、体格はマクシミリアムそっくりだった。
「マクシミリアム様はね、フェルの護衛騎士だったの。私が家出したり、エリーたちが森に採取に出かけると静かにあとをついてきて、危なくなると助けてくれた。彼は私たちを一番近くで見ていた人だったわ」
聖女は苦笑いを浮かべてテーブルの隅を見つめた。『フェル』はフェルナンド元王の愛称なのだろう。懐かし気に瞳が揺れたのが見えた。それはなぜか見てはいけないものを見たような気分にさせた。
「おばあ様。お茶が入りました」
テーブルにカップを配るとレンはアルヴィドの隣に座った。
「ああ、ごめんなさい。はじめに言うべきだった。アルヴィド君。レンナルトを助けてくれてありがとう」
レンと聖女さまは深々と頭を下げる。アルヴィドは首を振って、謙遜した。こちらは平民で、頭を下げられることが恐れ多い。あぁ、レンはほんとうに救国の聖女の孫だと痛感する。
それを察したのか、レンはアルヴィドの目を真っ直ぐ見てきた。
「僕は僕です。アルさん」
レンの声にアルヴィドは顔が熱くなった。ごまかすようにテーブルのカップを手に取って一口飲んだ。あいかわらずレンの淹れてくれる紅茶は美味しかった。
「仲がいいのね。あなたたち」
聖女は目を細めて二人を眺める。
「私もエリーとは、とても仲が良かったのよ……」
……でもね。私はほんとうに子供だった。
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