第20話 仲直りのハンバーグ(8)
「実は祖母の世界『ニオン』には魔力はなかったそうです。この世界で祖母が魔力に目覚めたのは、結婚してからでした。予言書『アルイセ』でもそのことについて『好感度』が高ければ高いほど、高い魔力に目覚めると書かれていたそうです。人が持てる魔力には限りがありますが、祖母の魔力は桁違いでした」
それほどまでにフェルナンド王を愛していたということなのだろう。
「祖母は魔力を得て、自分の役目を確信したそうです」
「レンのばあちゃんは、その魔力で結界を張ってこの国を救った」
魔獣被害のせいで、緩やかに滅びに向かっていたこの国を救った。救国の聖女。
「ええ、そのあと、魔力欠乏症に陥り、三か月ほど寝込んだそうです」
「え?」
「公表はされませんでした。国民に心配をかける必要はないという判断で」
レンは眉間にぐっとしわを寄せ、そのまま黙ってしまった。
魔力は血の道をめぐり、生命力にも直結する。魔力欠乏症とは、下手すれば死に至る恐ろしい病だ。だからこそ、この世界の人は魔力を使いきることをしない。魔力欠乏症を知っている人は絶対にしない。
だが、聖女はもともと魔力のない世界にいたから、魔力がごっそりなくなると死ぬかもしれないなんて知らなかっただろう。そこに意図はあったのだろうか。
「尊敬する祖母です。僕は市井の人々がどんな人なのかわかりませんでした。だから祖母を継いで国のため、国民のために役に立てと言われても。ピンとこなかったんです。でもこの町に来て。アルさん マットさん 奥さん ロレーヌさんやベリルさん下町の皆さんに会って、この笑顔を守ってるんだなと思いました。祖母も同じだったんじゃないかと思います。エリザベス様のために、王のために。祖母は好きな人たちを守りたかったんだなって」
アルヴィドは頭を押さえ万感を込めてつぶやいた。
「聖女さまはすごい人だな」
レンは瞳を潤ませながらうなずいた。
「結界は魔導具でどうにかすることはできないのだろうか。例えば、魔力をためる道具だとか。押し留める道具だとか」
「魔力は使いすぎると欠乏症になるので、余っているからと言って魔力をささげようという稀有な人はいません」
「でも、聖女を召喚するのにも多量の魔力がいったはずだ。王宮でなら可能なのではないだろうか」
「聖女召喚は秘儀なのでどうやって魔力をやりくりしたかはわかりません。でも、祖母なら『アルイセ』の知識でなにか。手だてを思いつくかもしれません」
レンは思案しながら顎を撫でる。
「きっと、変わりはあるはずだ」
うつむけていた顔をアルヴィドは上げた。レンは呆けたように口を開けて、アルヴィドの顔を見る。
「……僕は一度塔に戻らなきゃだめですね」
「……ハンバーグが作れるようになってからだけど」
アルヴィドはレンの手を握る。レンの手は冷たい。だからいつも包み込むように握ってしまう。
「頑張ります」
「ちゃんと戻っておいで」
にぎられた手を握り返しながら、レンは顔を輝かせてうなずいた。
「レン、頑張って」
アルヴィドはレンの肩を軽くたたく。
「はい。長い間お世話になりました。でもすぐ、帰ってきます」
レンはうなずいてお辞儀をした。抱きしめるにはまだ理由が足りないから、アルヴィドは手を握るだけにとどめた。名残惜しく離すと、ドアに凭れながらレンの背中を見つめた。
レンは少し行くと振り返って手を振った。そのしぐさがかわいくて、アルヴィドは笑う。
「いってらっしゃい!」
声を張って言うと、レンは遠くからでもわかるくらい破顔して手を振った。
そして、レンは聖女の塔へと帰っていった。
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