第19話 仲直りのハンバーグ(7)
レンは知らずに涙をこぼしていた。アルヴィドが驚いた顔でレンを見るので気付いた。緊張が解けていく。どれだけこの告白がレンにとって怖かったか。レンは今更ながら心臓が驚くほどバクバクと鳴っているのに気づいた。
すべてを吐き出した後に残った気持ち。
「アルさん……アルさんが好きです」
レンは涙をぬぐいながら、アルヴィドにしがみついた。アルヴィドは抱きしめて背中を撫でる。
「うん。ありがとう」
「両親に捨てられた僕は祖母しかいなかった。だけど、もう限界だった。日に日に弱っていく祖母を看るのも、結界の保全も。僕ひとりでしなくてもいいんじゃないかって。だから逃げたんです。その大切さを分かっていたのに」
「レンは頑張った、ほんとに頑張った。逃げるのも大事だよ。自分を守るために必要なことだったんだよ。でもさ。覚えてない? レンはうちに来た時、ばあちゃんのためにハンバーグを作りたいって言ったんだ。結局は、離れても見放してはないんだよ。レンはずっと優しい子だ」
「アルさん……アルさんっ」
レンはしがみついて泣き続けた。スレイが身じろいでレンの頬に流れる涙を舐めとる。アルヴィドは少し恨めしく思ってしまった。自分も獣なら同じことができただろうか。アルヴィドは、知らず背中に回した手に力を込めた。
すっきりとした表情のレンと、アルヴィドは下町に帰ってきた。
「レン君、おかえり」
マットと奥さんが二人を迎えた。レンは少し目を見開いた後、花開くような笑顔を見せた。
「ただいま」
アルヴィドはレンのすこしうれし気で照れた横顔を見て、鼓動がはねた。それがなぜなのかはもう、答えは出ている。
店に入るとレンはほっとした顔をした。この店がレンにとって落ち着ける場所になっていることがうれしい。カウンターに座って一息ついた。
「あの時は魔術を使ってごめんなさい」
レンがしおしおと頭を下げて謝った。それはレンがこの家を出ていった時のことだろう。不自然に眠くなったのはレンのせいだったらしい。
「びっくりしたけど、もういいよ。事情は話してくれたろ」
レンは嬉しいのと、申し訳ないのとで不思議な表情を浮かべた。それが面白くてアルヴィドは笑う。
「本当に反省してるんです。ごめんなさい」
アルヴィドはもじもじするレンの頭を豪快に撫でた。レンの髪が黒くなっているのにあらためて気づく。
「黒い髪も似合うな」
「そういうところですよ! 気を付けてください!」
レンはガバッと顔を上げて、ピンっとアルヴィドに指をさす。アルヴィドは後頭部を掻いて謝った。
「ところで、これからどうしたい?」
祖母の言葉を思い出す。エリザベスは自分にどうしたいかを初めて聞いてくれた人だと。その孫であるアルヴィドもまた、自分にどうしたいかを聞いてくれた。塔にいたころ、周りはあれをしろこれをしろ、それが塔の貴人であるお前の義務だとレンに言ってきた。それを仕方ないと思っていた。どうしたいかより、しなければいけないことに埋め尽くされていた。
レンがしたいことは――「祖母にハンバーグを食べさせたい」
アルヴィドがまじめな顔でうなずく。
「それで?」
それから――「森の結界をみんなで守りたい」
「うん」
それから――「もっとたくさんいろんなことを知りたい」
「うん」
それから――これは、すべてかが叶ってから、アルヴィドに伝えたい。
「いいね。じゃあひとつずつ。叶えていこう」
アルヴィドの明るく響く声がレンを導いてくれる。
目の前でずっと閉じられていた扉が、開くような心地がした。胸の前でぎゅっと手を握ってうなずいた。なんだか泣いてしまいそうになったが、それは違う気がして唇を引き結んだ。
「はいっ!」
変わりにしっかりと、大きく返事をした。
魔獣の森の結界には揺らぎがあり、膜が薄くなる場所がある。そこを見つけて補強するのがレンの仕事だった。
「補強するべき場所は、スレイが案内してくれます。魔獣たちは結界が薄いところ、瘴気が濃いところなどに敏感なので」
「ベリルさんが見た角ネズミも……?」
「ええ、彼らも結界の薄い場所を見つけて、出てきたのでしょう」
「結界の保全はどうやって?」
アルヴィドはうなずいて思案を深める。
「薄くなった場所に、魔力を足します。こうやって……」
レンはアルヴィドのてのひらに指をつけた。レンの指先が触れるところから、じんわりと温かくなってきた。
「すごい、あったかい」
「魔力は生まれながらに持つものです」
アルヴィドも魔導調理器具を使う際には魔力を行使している。この国で魔力は皆が持っている。
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