第18話 仲直りのハンバーグ(6)

「僕の話を聞いてもらってもいいですか?」


 だがそう言ってレンは黙ってしまった。アルヴィドはじっと待った。レンは葛藤があるらしく口を開いては閉じて、心なしか震えているように感じた。アルヴィドは思いついて、持っていた袋から包みを出す。

「あぁ、そうだ……これ。聖女さまのレシピ。おむすびっていうんだ」

 穀物にしょっぱく炒めた肉を混ぜて丸めたものを取り出して、レンに手渡す。

「安心して、今朝作ったやつだから」

 アルヴィドは、巻いていた葉を剥いて食べて見せる。もちっとした食感の穀物は噛むほどに甘みを増す。それがしょっぱく味付けされた肉と混ざりあい。食欲をそそる。

「ん、おいしい」

「ほんとに」

 レンもおいしそうに頬張っている。

「とりあえず、腹を満たしておいたら、最悪の事態にはならないってばあちゃんが言ってたんだ」

 アルヴィドはにっこりと笑いかけてくる。

 お互い食べ終わると、また沈黙がよぎる。レンはお腹が満たされて落ち着いたのか。足を抱えるように座りなおして、語り始めた。



「僕は塔の貴人 レンナルト・ニシナ・ロエナリア……召喚された聖女の孫です」


 レンの声は震えていた。アルヴィドの反応が怖いのだろう、チラリと視線を送る。アルヴィドは内心驚きつつも、小さくうなずいて答えた。

 レンは膝の上に置いた手を握り締める。

 すべて話すと心に決めたようだ。




 僕の祖母は、十六歳でこの世界に来ました。元は『ニオン』という国の地方都市に住んでいたそうです。両親と弟が一人、『ゲエム』が好きなごく普通の学生だったそうです。この世界に来る前は『バス』という乗り物に乗っていて、目が覚めたらこの世界にいたそうです。

 何もわからないまま、聖女と呼ばれて部屋を与えられた。朝と昼は神殿で祈り、夜はどこかの貴族の夜会に出向くのが聖女の仕事だと言われてその通りにしていたそうです。

 体調を崩しても祈りを辞めるなと部屋に閉じ込められ。たまに来る神官には何が不満なんだと責められたと言っていました。


 そんな中、四人の令嬢と出会った。彼女らのおかげで、祖母はこの世界を受け入れられたと言っていました。

 生まれた世界とは何もかも違うけど、対する相手は同じ人だと思えたそうです。


 祖母は学園に通い始めてこの世界が『アルイセ』の世界だと気付いたそうです。『アルイセ』というのは祖母の世界で『ゲエム』という予言書のようなものだったらしいです。

 学園ではその予言書通り、薄紅色の花が咲く木の下でフェルナンド王子と出会い。行く先々で交流を深めて、王子と恋に落ちたそうです。

 ただ、『アルイセ』で予言されたのはそれだけではなかった。『アルイセ』では召喚された聖女は虐げられるとあったそうです。実際その通りに小さないたずらから、階段から突き落とされそうになったり、森で置き去りにされたり。命にかかわるようなひどいものもあった。予言書の知識があったから助かったと、当時はそのように思っていたそうです。

 卒業パーティーの日。フェルナンド王子が犯人を糾弾しました。祖母の命を狙った犯人はエリザベス様だった。エリザベス様は『アルイセ』で『アクヤクレイジョ』だったからです。

 すべてが『アルイセ』という予言書通りになりました。エリザベス様は学園からも、王宮からも追い出され。祖母はフェルナンド王子の婚約者になり、妃となった。

 祖母はそれからこの国を守るために、聖女の力を注ぎ森や魔獣の穴に結界を張った。ここまでが『ハピエン』です。

 だがそのすぐあと、側妃としてヒルデ様とカーチャ様が迎えられたことで気付いてしまった。なぜ、予言書通りに現実が進んだのか。エリザベス様が犯人だとする調書は彼女らと、王子の手で作り上げられていたから。予言書通りに事が起きたのではなく、予言書に沿って事実を起こしたのではないか。

 だけど、もうその時には祖母は母を妊娠していた。娘を守るために何も言えなかった。

 母はフェルナンド王に似て金色の髪に碧の瞳だった。聖女の力は持っていなかったため、年頃になるとヒルデ様の従兄の家に嫁ぎました。ですが、その後、生まれた僕は祖母に似て黒髪黒目で聖女の力を持っていた。生家にはそれを忌まれ、祖母と同じ塔で暮らすことになりました。


 レンは一息に説明すると、ふぅと小さくため息をついた。膝の上に置いた手は震えている。アルヴィドは手を伸ばしてその手を握った。その手は冷たくなっていた。アルヴィドはその手を温めるようにさらに握りしめる。レンは困ったように微笑でいる。


「レンも、レンのばあちゃんも頑張ったんだな」

 レンは驚いて目を丸くした。

「俺はずっと料理しかしてこなかったから、難しいことはわかんないけど。俺にはレンもレンのばあちゃんもその時できることをやったように思うよ。それにさ、あの時どうにかできたかもっていうのは、いつも後から思うことだし。うちのばあちゃんも、家から出ることになった時は不安だったって言ってた。王宮で暮らしていたのが、何も伝手のない市井に出るんだから、不安じゃないわけがないよ。誰だって心細くなるだろう。

 レンのばあちゃんは世界まで変わったんだ。だから余計不安だったろう。仕方がなかったんじゃないか」


 アルヴィドは遠くを見つめて、眉間にしわを寄せる。


「後悔とか、失敗とかは、取り返せなくなったときにすればいいし。今ならまだ、レンのばあちゃんにうちのばあちゃんが幸せだったって伝えることでばあちゃんの後悔は取り返せると思う。それに、もう同じ失敗をしないってのも、また取り返すことになるんじゃないかな」


 アルヴィドはレンの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。


「これから何ができるか、考えよう。二人で」

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