第17話 仲直りのハンバーグ(5)
スレイとレンは結界の修復と魔獣の穴の確認をして回った。一人で見まわるには森は広いが、自分がこの結界を維持することで、守っている人々の顔が浮かぶ。以前にはないやりがいを感じた。
やはり、角ネズミが出てきたのは、結界に小さな綻びができていたからのようだった。レンは丁寧にそのほころびを繕って息を吐いた。すべてを確認するころには一週間が過ぎていた。
レンは森に泊まるときに使っている洞に着く。奥まで行くと陽は届かない。地面に座り手を伸ばすと、スレイがぺろりと舐めた。そのまま、同じように体を休めるスレイにもたれて目をつむった。
先に起きたのはスレイだ。レンに気遣って少し首をもたげたようだが、そのみじろぎを感じてレンも起きた。洞に人の気配がした。
「レンくーん!」
その声はアルヴィドだった。白い光が壁にぼわりと浮いてこちらに向かってきている。
「レンくーん! ってここじゃないのかなー……」
スレイが首を上げて声がする方を見つめている。
「レン!」
明るい光が翳され一瞬、目の前が真っ白になった。それが下げられて見えた顔はアルヴィドだった。
「え? どうして?」
レンはまだ夢か何かかと瞬いた。
アルヴィドは安心したように微笑んだ。
「どうしてもこうしても、勝手に出ていくなんて許さないよ」
アルヴィドは、レンに近づこうとする。だが、スレイがレンを守るように首を伸ばし、アルヴィドを威嚇した。
アルヴィドは驚いて、一歩下がる。スレイはふんと鼻息を鳴らして、アルヴィドを見おろした。アルヴィドがそろりと近づこうとすると、スレイが歯をむき出して威嚇する。お互いにらみ合いが続いていた。じゃれついているように見えて、レンは面白くて笑ってしまった。
アルヴィドは瞬いて笑いだす。
「そんなに笑わないでよ」
「だって……」
アルヴィドは照れを隠すように頬を掻いた。
「種明かしをすると、これだよ」
灯りを地面に置いて、ポケットから紙を取り出した。
そこにはきれいな文字で『森の家出先候補』と書かれていた。
「ほら、うちのばあちゃん世話焼きだろ? 昔、世話をしてた令嬢が王宮を抜け出すと、この森に行くって候補地を書き残してたものがあったんだ。偶然だけど、マントのポケットに入っててさ」
世話をしていた令嬢。きっと、聖女のことだ。
「ほら、ここと、ここには行ったんだ」と遠くからレンに紙を見せている。確かにそこは、レンもよく立ち寄る場所だ。祖母の好きな場所。
「ははは」思わず笑い声が漏れる。
スレイがレンの顔を覗き込んだ。
巻き込みたく無くて逃げたのに、彼は自分を見つけてみせた。
因縁なのか、業なのか。だけど、とてもホッとしている。
「俺から逃げられるなんて思わないで」
すこし得意げなアルヴィドがおかしかった。
「あのアルさん。手を出していただけますか?」
「え? うん」
アルヴィドがレンのほうに手を向ける。
「ほら、スレイ。アルヴィドさんの手を……」
スレイはぶんっと顔を振って前髪を払うと、アルヴィドの手に顔を近づけた。相手は魔獣だ、レンの手前、なんとか逃げないように踏ん張ったが、少しへっぴり腰だ。
スレイはぺろんっとアルヴィドの手を舐める。アルヴィドが声にならない悲鳴を上げている一方、スレイはご機嫌に顔を振った。
「どうやら、アルさんのことを受け入れたみたいです。どうぞこちらへ」
レンは自分が座っている隣りを、ぽんぽんっと叩く。レンが普通にしているせいで、麻痺しそうになるが黒い獣は魔獣だ。
「だいじょうぶ?」
「この子はスレイと言います。僕の友だちです」
レンが穏やかな顔で、スレイの首筋を撫でた。アルヴィドは決してレンの隣に座る。スレイはまた興味を失くしたように首を地面につけた。
「すごく、個性的な友だちだね」
アルヴィドは精いっぱい言葉を選んだ。スレイはふんっと鼻を鳴らして、視線だけをアルヴィドに向けた。レンは嬉しそうに『友だち』と言って、スレイを撫でている。
アルヴィドはレンの穏やかな笑みに安心する。レンにこんな顔をさせる友だちが、側にいたことがうれしかった。つい手が動いて、レンの頭を撫でていた。
スレイを撫でるレンの頭を、アルヴィドが撫でる。いつもの温かな手だった。
二人はまたおかしくなって笑い出した。スレイは自分を撫でる手がおろそかになって不満げだった。
「アルさん、お店は?」
「レンが心配で、お店どころじゃなかったんだ。恥ずかしい話、失敗ばかりで仕事にならなかった」
アルヴィドは顔を覆って、うつむいた。隠せなかった耳が赤い。それを見てレンも驚いて顔を赤くする。ア
「レンのことをもっと知りたい」
アルヴィドは指の隙間からチラリとレンを見る。レンは驚いた顔で瞬いた後、視線をうろつかせた。
「……知りたいんだ」
今アルヴィドを動かすのは、レンを知りたい。レンを一人にしたくない。そう思うと衝動のままにレンを引き寄せ背中を撫でた。
「かなわないな、アルさんには」
驚きにこわばっていた、レンが少しずつ力を抜いた。背中に回された手に力がこもる。そしてスリッと胸に頬を擦りつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます