第3話
きっと泥のように眠った日の夢のことである。突如召喚された深いふかい森で、どことなく爽快な気持ちを感じて歩いているのだった。ぬかるんだ土に靴底がひっついて、ぬちゅぬちゅと湿度の高い音を立てる度、普段は不快と感じるであろうその感覚を心地良く受け入れていた。蹴り出す動きの度に、雑草の茂みに隠された土壌に自分の足跡を刻む。私はそれに生を感じていたのだった。誰もいない森林の中は何故か日常の耐え難い孤独感から隔離されていて、辺りの緑色には聖母マリアが宿っているに違いなかった。天井を閉ざしている背の高い木も、水平方向に広がる苔だらけ幹も、私を包むために存在している気がした。遠くにはさざなみのような小鳥の鳴き声を聞くことが出来た。「ちゅんちゅんっちゅんちゅんっ」と可愛らしい声が木々の合間から漏れて僕の耳に届くのだ。幾度の反射がそれを神秘的な音色に変えてしまうんだろうか。姿の見えない鳥に心を奪われて、足元に向けていた意識がなくなるとフワフワした感覚が増して次の瞬間には、どこかの高木の枝の上に移動していた。数多の葉の隙間から地面を見ていると、時々白い何かがチラついてその度動悸が襲ってくる。そして、周りの深緑色がまるで牙を向いてくるような気分になって、丈夫な幹に身体を寄せて枝に目一杯抱きつき密着した。同時にぎゅっと目を閉じて、急ぎ調子の心臓の音に集中する。「ばくばぐはくばぐ」と嫌に元気な拍動が止まらない。再度下に目をやったのは、どこからか民族舞踊のような宗教音楽的な響きが流れてきたからだ。音源を探るために枝を寄せて視界を広げて後悔した。先程の白い何かが白装束を纏った人形で、彼らが奏でているらしいのが見て分かったからだ。目の付近に墨汁で絵付けしたのだろうか、真っ黒な半円の線があり白で覆われたその部分がより顔のように認識させられる。5体もいるだろうか、その白装束は踊りながら木製の楽器から妙に体がだるくなる音を出して騒いでいる。上から黙って観察していると体が鈍って仕方ないので、上体を起こしてみると枝に頭を打ってしまって不自然な木の揺れを起こしてしまった。すると音楽が止まって、奴らが一斉に上方を見上げて大人しくなってしまった。大変不気味だった。葉っぱの隙間から僕を捉えようとする彼らの熱心な視線が縫ってくる。鋭く、蛇女を彷彿とさせる不快感を纏った目だった。…見つかった。その瞬間半円の目が一直線に変わり、1体の人形の衣装は血の色になって駆け出してくる。逃げなければいけない。しかし、僕は逃げ方が分からなかった。なす術もなく、そこで格好悪く後退りして、枝の先から転げ落ちる。きっと枝や棘にやられて体のあちこちに傷を負いながら落ちていく。ふぅっと力が抜けて体から謎めいた重さが出ていった。ああ、良かった。私は目覚めることができた。
文章の練習 椿生宗大 @sotaAKITA1014
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