第2話

 後期に入って2日目にして私は講義に遅刻した。教室の定員以上に聴講を許可した馬鹿な教授のお陰で私は大教室の最後列の後ろの壁際で前のスクリーンを眺めることになった。家から講義室まで走って来たため汗が止まらない。早く汗が止まって欲しい。私は自分の体質を恨みながらハンカチで額を押すように拭い続ける。私の他にも遅刻者が居て、私は着席した後に到着した人たちは立ち見している人も多い。自分よりもダメな人間に対する自身の眼差しを自覚するとき、僕も同様な目に晒されている名ではないかと感じてどうにも息苦しくなるのが痛い。彼らより数秒準備が早かったか、家が数メートルだけ大学に近いところを借りてただけなのになあと後になってから、自分の心の狭さを省みることができる。

 大教室の前の方に初めて見る先生が話し始めた。標準語に寄せることも諦めているのだろう、関西弁ネイティブが生物学の授業を展開していく。初回授業だから生物学の概論の説明がほとんどで高校以前の内容をなぞるための90分が流れることが予想される。こういうことが勉強したくて生物学系の学部に入学したのにどうも身が入らない僕は、どうせ文字を追うだけの読書を試みる。・・・うるさい。授業が始まっているのに、自分たちの話を辞めない人間どもが、よりにもよって私の前の席に陣取っていたのだ。最近流行りのちいかわなんてものの話で講義を聞かずに盛り上がっている。こういうとき、普段は綺麗だなと思って見惚れることが出来るロングヘアーが侮蔑の対象に変わる。変声期後の男とは違う女性らしい明るさを持った声も邪魔くさいと感じる程に耳に響くように感じる。やはり私の中にはミソジニーが根を張っているんだろうか。授業と関係ないことにお熱を上げているのは私も同じなのに、どうにも他人の批判をするときは自分を棚に上げてしまう。こんな自分の性格がとても嫌いである。いや、私は同族嫌悪なのである。私と似た言動を取る人間に客観視を迫られているようで、自分の醜態を否が応でも解らせられるようなのである。だから私は目の前にいる人間が苦手である。私がこんな思索に耽っているうちに目の前の女子大生の話題はディズニーに移っていた。私とは別世界の住人であった。急激に関心が抜けて行く。前方に目をやると大スクリーンのスライドが大分進んでいる。

 こうやって前期のときのように時間が流れて何も得た実感も無く過ごすことになるのだろうか。私は本当に無能である。無能だから現実と向き合わずにいるんだろう。猶予期間モラトリアムとして与えられた4年間で私はどんな成長が出来るのだろう。辛くなった。私はやはり大学が嫌いだ。成人が嫌いだ。何もないまま社会に放り出された。全て自分の努力不足だと頭で分かっていたって出てくるのは余裕のない批判の言葉ばかりで、遂には自分が居なくなれば解決するのだと早計に到る。僕と同様の悩みを抱える誰かがこの教室で発狂してその暴走に僕を巻き込んで殺してくれたら嬉しい。

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