朝と煙草

佐藤凛

朝と煙草

 早朝七時。煙草の箱を開けまして、私は一本取り出しました。なんとも言えない酸味のような匂いが鼻腔をくすぐりました。私はそれを咥えまして、黒いライターで火をつけました。大きく深呼吸をするように吸い込むとスルスルと生ぬるい煙が自らの肺に入ってきます。一呼吸おいて煙を吐き出すと、頭がクラクラとしてきてなんだか気持ちよくなってくるのです。煙草の匂いが私の体を覆いつくします。


 如何しようも無い朝にこそ煙草が吸いたくなるのです。煙草の煙が唯一、私の心を浄化してくれるように思えるのです。


 それにしても夏は長いようです。蝉はいつの間にか泣き止んでしまいましたが、暑い、暑い。まだ、長い袖には腕をしばらく通さない日々が続きそうです。


 ユラユラとした煙の奥に目をやると、まだ小学生の子供たちが網膜に映ります。登校中の元気な姿が在ります。黒とか赤とかのランドセルを背負って歩いております。彼らは私の姿などに目もくれず、その先に行ってしまいます。彼等の目線の先には一体何が映っているのでしょうか。私には想像もつきませんけれども、私より幾分か、いや大分嬉しそうな様子であります。私にもそんな時期があったのだと思うとギョッとしてしまいます。私はあの頃何を考えていたのでしょうか。今の私にはサッパリ分かりません。只、煙草の煙になどに身を任せていないことだけは確かだと感じています。なんとも悲しげな私。


 煙草の煙をまた一つゆっくりと肺に流し込みます。そろそろ雀が鳴いてくる頃でしょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朝と煙草 佐藤凛 @satou_rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画