第5話 魔族の町へ

「あー、いたいた」

 瓦礫を持ち上げ、見つけたのは真っ黒なローブを着た女性。最後の一人だ。息はあるみたいだ。

 近くの草むらまで運び、先に見つけた3人の横に優しく寝かせる。


 ハトに手当てを任せ(というかお前は休んでろと言われた)、少し離れた場所に寝転がる。風がそよそよと吹き、どこからか花の香りを運んできた。

 少し肌寒い。そういえば、今日は冬だとグリズリーベアが言ってたっけ。

 あれ。でもさっき、ハトはこの世界に夏なんてないと言ってたような。

「夏はないのに、冬はあるのか……?」


「…………おい、貴様。何が目的なんだ……」

 俺が首を捻っていると、後ろから弱弱しい声が聞こえた。そちらを見やると、勇者、もといエクスハルトが体を起こしていた。

「貴様は、魔族だろう。俺たちを殺そうとしないのか……」

 苦し気に肩で息をしながら、エクスハルトは声を絞り出す。


 魔族。魔族ねぇ。

「申し訳ありません。身体能力、魔力、多種多様なスキルとおまけを付与しすぎた結果、変身スキルが体を作り変えてしまったようです。脆い人間の体のままでは、チートを使った瞬間に体が壊れてしまいますから」

 治療を終えたらしいハトが申し訳なさそうに頭を下げた。

「お前な、そういうのは最初に言えよ」

「『勇気ある者』というと自分を真っ先に挙げるくらいあなたがナルシストだったので、自分の体が勝手に改造されたと知ったら怒るかなと思ったので。すみません」

 確かに、それはありえる。


「実際はスキルの一つも付与できないくらい脆弱で凡庸な肉体だというのに」

 強靭で特別な肉体のパンチを食らわせてやった。文字通りお空の星になるハト。


 傷の治ったらしいエクスハルトが、魔族の国へ案内してくれる運びになった。ハトが事情を説明して説得してくれたらしい。最初はハトのことを疑って鴨鍋にしようとしていたエクスハルトも、ハトが神としての力を見せつけると納得したんだとか。

 やっと神らしいことができたと、むせび泣くハトであった。

 商業の中心地である魔王城へ向かうため、勇者パーティーのメンバーと馬車に乗りこんだ。ナシシアから刺すような視線を感じるが気にしない。


「しかし、どうせ案内してくれるなら人間の住むところに案内してくれよ。俺も元人間なんだからさ」

「お前に人を傷つけるつもりがないのは分かっている。だが、人々からすれば魔族が町にいるってだけでも怖いんだ。お前にとっても、あの町のほうが何かと暮らしやすいだろう」

 俺が文句を言うと、エクスハルトはそう答えた。


「……まあ、そういうもんか」

「それに、お前は日常のふとした場面で人を殺しそうだからな」

「いやそんなわけあるかーい」

 ぺちん、と勇者の肩を叩いてやった。

 凄まじい速さで吹き飛んでいくエクスハルト。常人以上の身体能力のなせる技だ。

 ナシシアは泣きながら俺を殴り、グレッグは馬車を降りてエクスハルトを追いかけ、クローネは魔法で彼を捕まえようとする。

 エクスハルトはまだまだ飛んでいく。

 その向こうには禍々しい外見の城が小さく見える。


 俺たちの旅は、まだまだ続きそうだ。




 


―――――――――――――――――――



 ダンジョン最下層よりもさらに深くに、 “海”と呼ばれる場所がある。

 この世界の遍く物質の終着点にして、多種多様な生命を育むマグマの海である。

 

“海”には様々なものが漂着する。地下の熱と圧力により造られる宝石、未発見の鉱物や鉱石、道半ば倒れた冒険者の死体、誰かが手向けた追悼の花束。


 そして、時にはこんなものも。


「がはぁッ!」

 その毛むくじゃらの生き物は、マグマの上に顔を出すと、止めていた息を吐きだした。水面……ではなくマグマ面に浮いたまま呼吸を整える。


 特殊な加護でも無ければ、ほとんどのものはマグマの熱により溶けてしまう。しかし、彼は冬に備え毛皮を大量に着込んでいた。毛皮は断熱性と保温性に優れている。ダンジョンの毛皮ともなればその性能は破格なので、こうしてマグマの海で海水浴と洒落込むことも可能なのだ。

 

「げへへ、こんなにコテンパンにやられるのは幾年ぶりだろうなァ……」


 崖の下まで泳ぎ着くと、人間の腕よりも長い爪を岩壁に触れさせる。

 岩が小麦粉のように吹き飛んで、階段状の構造物が完成した。

 マグマから這い上がり、石段に腰かける。


 全身は軋み、プライドは傷付き、誰が見ても完全敗北を喫している。

 しかし、心は折れていない。怒りを抑えたその目の奥に、激しく憎悪が燃え上がっている。


 ぐぅ、と腹が鳴ったので、目の前を流れていく肉の塊を掴み上げた。生まれたてのシロナガスクジラくらいの大きさのそれは、ダンジョンボス「ドラゴン竜・ワイバーン」の首だ。

 転生者の男が扉の破片により頭を打ち抜くより数十分前、この怪物の喉笛を掻き切ったのは彼だった。男が頭を撃ち抜いた衝撃で河へ落下し、“海”まで流れてきたのだ。


 地下生物の皮膚があるとはいえ死体は死体、ミディアムレアに仕上がったダンジョンボスの首にガブリとかぶりつく。

 極厚の頭蓋骨を力任せに嚙み砕き、憎しみとともにマグマで胃へ流し込んだ。


「殺してやる…………殺してやるぞ魔族の野郎……!」


 グリズリーベアの放った咆哮が洞窟の壁を震わせ、“海”はあっけなく崩壊した。

 瓦礫に押しつぶされ、むきゅうと声を漏らして埋まりゆく巨大熊。


 今のところ、生死は不明である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョン最下層に飛ばされた。 崩菜 @aobatoyes

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ