燃える星
夏原秋
燃える星
星一という私の名前についてお話致しましょう。本名は新星一。あらた・せいいち、と読みます。
あだ名はずっと「せいちゃん」。最初はあらたくんだったけれど、小学校一年生の時に「いしかわ・あらた」という子が転校して来たので、あらたくんという呼び名は自然と彼に譲ることになりました。
私は母にめそめそと泣きついたものです。本当は、最初に呼ばれていた「あらたくん」が気に入っていましたから。そしたら母がこう言いました。
「ママがパパと離婚したら苗字変わるんだから、『せいちゃん』の方がいいのよ」
幼な心に母の低音ボイスはある種のやばさをはらんでいると、感じ取ったもので。幸か不幸か、その後も母は父と別れることはありませんでした。いつのまにか、新しい呼び名にも、慣れるものです。
いちばん反応に困ったのは、名刺交換の時に「作家みたいなお名前ですね」と話を振られたときですね。なんて答えればよいのか本当に、わからなかったのです。
その客は私のことをたいそう気に入ったようで、よく飲みに誘ってくれました。気前の良い取引先だったので、どこへでもついてゆき、働きました。一生懸命に働くあまり、気付けば私の体は動かなくなってしまいました。どうしても身体が言うことをきかなくなりました。まるで魂だけが抜け出して、自分の体を見下ろしているような感覚でした。
母は先ごろ乳癌が進行して亡くなりましたが、気まぐれに墓参りをする度に、思い出します。空を見上げながら、涙目でこうつぶやくのを。
「夜空に輝く星一つ。それがあなたの名前の由来」
今、母が、墓から昇ってくるのを見ています。私は名前の由来通り、夜空で輝く一つの星になっていました。母が迷わないよう、精一杯頑張ります。母は真っ直ぐ私のところへやってきました。
「『あらたちゃん』て呼んだ方がいいかしら?」
「好きなように呼んでいいよ、母さん」
燃える星 夏原秋 @na2hara
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