第6話 登別カルルス

 渡瀬が僕の手を洗いに来るようになって半年が過ぎました。

 毎日家に来る訳ではありませんが、少なくとも週に四回は訪れます。渡瀬は手洗い後も僕の指を一本一本丹念にマッサージをし、爪が長くなってきたら切り、やすりで削りったりと僕の手と指を徹底的に甘やかし続けました。おかげ様で僕の両手と指は日に日に肌艶が増し、潤いが溢れ、血色も良くなり、ささくれもなくなっていきました。

「自分の手じゃないみたいだな」

「毎日のケアが大事なのよ。特に教師なんて人一倍手を使うし、汚くなるし、生徒からも終始見られるし」

「黒板見るだけで皆、チョーク持つ指は見ないだろ」

「自然に視界には入るでしょ。意識はしてなくても」

「それは渡瀬だけじゃないか」

「じゃあ独り占めって事で」

「はあ・・・」

「何?溜め息?幸せ逃げてくよ?」

「いい加減本当に遅刻癖治さないと、社会人としてやっていけないぞ?分かってるのか?」

「あら急に教師らしい事、言い出した」

「教師なんだよ、俺は」

「その教師が教え子とお風呂に入っている今現在、社会人としての内申点はどうなってるの?」

「誰のせいでこうなってるんだ・・・?」

「理由はどうあれ、これがばれたら世間の冷たい目が先生に晒される事は明白」

「お前な・・・」

「大丈夫。私は先生だけを脅すだけで周りには言わないから」

「はあ・・・」

「溜め息?人の溜め息を吸うと幸せになれるんだって」

「はあ・・・」


 渡瀬の遅刻は大分減ってきました。月に一回二回あるかどうかまで落ち着いてきました。毎朝モーニングコールしている甲斐があるものです。しかし油断は禁物。一度スマホの充電をせずに寝てしまい、そのまま残量がゼロになり、当然アラームがならない事態が起こりました。

 自分自身は遅刻しない時間に目を覚ましましたが、渡瀬に電話する時間はとっくに過ぎていました。慌てて電話しようとしましたが、最近遅刻もしていないので、まあ大丈夫だろうとその朝は電話をせず、自分の身支度を始めました。

「先生、どうして電話くれなかったの」

 渡瀬は普通に遅刻してきました。僅かでも渡瀬を信用した僕が馬鹿でした、甘ちゃんでした。渡瀬と一緒にいる時間が多くなり、馴れ合い的な時間が生まれ、次第に警戒心が薄れていったのでしょう。渡瀬を信用なんかしちゃあいけません。

 渡瀬の本質は怠け者で横着で、狡賢い最も警戒すべき人物でした。だからこそ今、こんな関係になっているというのに・・・。

「朝、色々あってな・・・」

「私、先生から電話こないと起きられない体質になっちゃったんだから、責任取ってよね」

「以後気を付けます・・・」

「全く・・・」

 渡瀬はそう言いながら、僕の手を洗います。いつもより少し、ちょっとだけ力が強い気もしますが。

「先生、反省してる?」

「してるしてる」

「返事は一回」

「はい・・・」

 渡瀬は僕の指と指の間に、自分の泡立てた指を潜り込ませ、恋人繋ぎのようにしながら手を洗ってきました。洗面台の前で何をしているんだか、僕は。せっせと僕の手をあらう渡瀬を洗面台の鏡越しに見つめた後、視線を隣に移します。渡瀬のつむじが見えました。

「先生、では、今日の事は許しましょう」

 渡瀬のつむじから声が聞こえてきました。

「その代わりにお願いがあります」

「何だよ、その余所余所しい口調は」

「一緒にお風呂に入りましょう。それで今日の事は不問とします」

「馬鹿なのか、お前は。教師と生徒じゃなくても年齢的な物差しでも駄目だろうが」

「そこは大丈夫です。水着持ってきたんで」

「何一つ大丈夫じゃないがな」

「仕方ないですね・・・」

 そう言った渡瀬は不意に顔を上げました。そして泡だらけの手を僕の顔に擦り付けてきたのです。

「馬鹿、何やってんだ⁉」

「既成事実をちょっと・・・」

 顔に付いた泡を拭おうとした瞬間、渡瀬はスマホを取り出しシャッターを切りました。が、カメラの先は僕ではなく洗面台の鏡です。泡まみれの僕と渡瀬のツーショットが鏡に写され、その姿が写真に撮られました。

「教え子とソーププレイは駄目よ、先生」

「どうする気だ?」

「どうもしないよ。ただの二人のメモリアル」

「・・・」

「と言う訳でお風呂沸かすね」

「お前なあ・・・」

「登別カルルスの入浴剤持ってきたんだよね」

「・・・」

 用意周到。

 もう言葉も出ません。

 全て渡瀬の掌で踊らされています。

 僕なんかが太刀打ち出来る相手じゃあありません。

 

 

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僕の手指は毎日毎夜、丹念に入念に女子高生に洗われる @kuronekofutago

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