君は天然色

雛形 絢尊

第1話

私は気づいていたのかもしれない。もしくは気づく暇に気づかず気づいていたのかもしれない。

彼女はいつも私を試していたのか。

そうだと思う。そうでないと合致がつかない。 

それから何年の月日が流れただろうか。

あれは80年代の夏のこと、私は眠りについていると錯覚するほどユーモアがある夏を過ごしたのだ。

彼女に対し、私は何も感じていなかった。

周りの男は皆、彼女に夢中だった。

男を誘惑するような女を私は気にいるはずもなかったのである。

私は腰をかけていた。ビーチパラソルは風で強く揺れていた。

プールの中は青く透明で見ているだけで涼しく感じた。私はそこで初めてクリームソーダというものを口にした。

それはそれは甘く甘く、未だかつてない甘味の次元を旅したのだ。

私の横にあるデッキチェアに彼女は派手なサングラスをかけながら私の様子を窺っている。

周りではビーチボールが飛び交っている。

長い長い学生生活、度々この場所に来ている。

知人の誘いを断ることもできずに私は見ず知らずの女性と見つめあっている。

彼女は何も言わない。もちろん私も。

私には女性経験というものがない。むしろ学舎でも男連中としか会わないからだ。

私はまだまだ彼女と目が合っている。

それから彼女は立ち上がり、

仲間内の方へ向かう。

私は確かに見ていた。

去り際に片目を閉じ、ウインクというものを私に向けて。

まあ、いい。これはきっと間違いだ。

もし仮に、もし仮にだ。

私に好意があるとするのなら、あのような女性は私に向けて何か標準を合わせるような行動をするだろう。いや、でもどうだ。

押してもダメなら、そう、引いてみろだ。

彼女は敢えてああいった行動を見せ、私を罠に嵌めようとしているのだ。きっとそうだ。

そんなことあるわけない。

何もかもがスタート地点の男に、あんな女性が狙いを定めわけがない。

そうだおそらく彼女には背格好もよく、仲間内のひとり、ではなく仲間内を象徴するような男がいるのである。私とはまるで正反対の出来の良い男が横にいる。多分彼奴か、それとも彼奴か。私は取り残されたような気分になった。

どこからか跳ねてきた水で正気に戻った。

冷たくそれはそれは一滴の夏を浴びたような。

私はそのまま、再び横になり、夏の日差しをまた浴びたのだった。


私はもうこの歳になった。古く寂れた映画館である映画を見た。白黒で恋が描かれている。

私は最後の男女が接吻をする場面で何故だか彼女のことを思い出した。

名前の知らない彼女を。

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