第12話


 あれ?

 何か重要なことを忘れている気がする。

 まあいいか。

 私は今から日曜朝のアニメ「魔法使いシニカルなのは」見なければならんのだ。ナノハは困っている人を助ける私のヒーローなのだ。


「おい、ナノハ見るなら起こしてくれ」と兄の悟くんは言った。「楓の方が早起きなんだからさ」

 それから私と兄は一緒にアニメを見た。


 兄は少し前にお母さんが再婚した相手の連れ子だった。


「俺の方が三ヶ月早く産まれたから兄貴だな」と言ってメガネをクイっと上げた。


 兄はお兄ちゃん振るのが好きだった。

 ただ、時々無茶な事をしでかすのでそれを嗜めるのが私の役割になりつつも、それでも兄に頼っている自覚はあった。


 ある日ナノハを見てからラーメン屋へ行こうという話になった。

 両親はたまには二人で出掛けたいという事で留守だった。


「店のラーメンは美味しいらしい」兄は力説する。


 確かに食べた事はない。


「実はすでにお小遣いを貯めている」


「でもお母さんがお昼を用意してくれたよ」


 母は冷蔵庫に「チンして食べてね」とミートソーススパゲティを用意してくれた。


「それなら大丈夫。俺がラーメンの後に二人前食う」


「いや、無理でしょ」


 そう否定しつつも結局我々はラーメン屋へ行くことになった。

 私も食べてみたかったからだ。



 信号は青だった。

 よそ見運転のトラックが横断歩道をわたる私たちに突っ込んできた。


 兄はお兄ちゃん振るのが好きだから私を突き飛ばして自分だけ轢かれた。

 それからずっと昏睡状態にある。

 目覚めるように神棚にずっとお祈りしているのに。

 神棚の隣に置いた「海賊ウサギ」という名のぬいぐるみがそんな私を笑っているような気がした。


 事故が原因かは分からない。両親は離婚した。


 私は中学生になった。

 急に発育した私は何故かクラスの中心的立場に仕立て上げられた。

 そして私がした訳でもないイジメの首謀者として私自身がイジメられるようになった。イジメがあった事すら知らなかった。


 孤立した私に唯一いつも通りに接してくれる女の子がいた。信子だ。

 信子は私と一緒に登下校してくれて一緒に好きなアニメの話をしてくれた。


 信子はある日突然校舎の上から飛び降りた。

 実は私を庇って信子も虐められていたと後に知った。


 それから私は不登校になる。



「第五ステージだぜ!」と海賊ウサギは再び言った。


 え!

 そこは横断歩道の途中だった。

 前には小学生の悟くんが歩いている。隣からはよそ見運転のトラックが来つつあった。

 悟くんはいち早くトラックに気づいて私を押した。


 だが私はその手を掴んだ。

「私だってナノハちゃんみたいになれるんだ!」

 体に衝撃が走る。だが兄はーー、悟くんは咄嗟に私の体を抱きしめた。


 私は奇跡的に軽傷で済んだ。

 悟くんは今も隣町の病院で眠っている。



「ご褒美タイムだぜ!」海賊ウサギは夢の中で叫んだ。


 目覚めた私はパソコン画面の前で「彼と私とデスゲーム」のエンディング画面を眺めている。


「え! クリアしたの?」

 伝説のクソゲーと称されるこのゲームをクリアしたのか。

 私は満足感を得ると同時にえも言われぬ焦燥感に駆られる。

 胸がドキドキする。背中に冷たい何かが流れた。


 行かなくちゃ


 どこに?


 隣町の病院だ。


 私は部屋を飛び出して階下にいるお母さんに向けて叫んだ。「ママ、お金貸して!」


 階段の下にいた母は私に運ぶ途中の紅茶を落として口を両手で押さえている。「楓が部屋から出た」

 

 それから母を説き伏せてタクシーに乗って隣町の病院へ行った。

 パジャマ姿でノーメイクの髪がボサボサの女子に看護師さん達は奇異な眼差しを向ける。


 でもそんな事はどうでも良かった。

 面会手続きを済ませ個室のドアを開ける。

「ねえ、起きているんでしょ。一緒にデスゲームをクリアしたじゃない。ミカエルくんにグーパンチしたり、テロリストに駆け引きしたり、相変わらず無茶苦茶だよ」私は悟くんの頬に触れた。「ラーメン屋、連れて行ってよ」


 私の頬に熱い液体が流れた。なぜこんな大事なことをずっと忘れていたのだろう。

「ねえ、起きてよ‥‥、また馬鹿な事をして私を怒らせてよ」

 ベッドに顔を埋めて私はみっともなく泣いた。きっと病室の外まで聞こえていた。


「ふむ。奢りなら考えなくもない」


 え‥‥。


 兄はーー、悟くんは目を覚まして、私の頭に手を置いた。

「俺が夢の中で神様に願ったのは楓が立ち直るキッカケだけだったのにな」


 なんで俺まで助けた?

 と、悟くんは苦笑いした。「目覚めなくてもいいからとせっかく『悟り』の能力まで前借りしたのに」


「ナノハちゃんならきっとそうしたからだよ、お兄ちゃん」私は言った。

 なるほど、と悟くんは心の底から納得したように言った。「理解した」


 そして信子もきっとそうする。ゲームの中のモブ子は何故か信子にそっくりだった。

 それから思い出し笑いをした。


「どうした?」と悟くんは言った。

「あのゲームに『海賊ウサギ』なんてキャラは出て来なかったなあって」


 ありがとう、神様。



 おしまい


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悪役令嬢に転生してデスゲームへ参加するもSSレア『理解ある彼くん』をゲットして楽勝の模様!だが放っておくと二次元の嫁に萌える彼に悪戦苦闘中 長沢紅音 @NAO308

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