ヒヤリハットの先手

榊 薫

第1話

 細心の注意を払っていたのにミスをしてお気に入りのモーニングカップを割ってしまうとドット疲れが出ます。悪役令嬢ポカがミスを連れて異次元の世界からやってきたことに責任転嫁することで、気休めにしていたのですが、そんなことをしているから、いつまでもミスが無くならないようです。本来、ミスは誰のせいでもなく、己の不徳の致すところ、身から出た錆で墓穴を掘った哀れな末路なので、自己責任で対応すべきなのです。いわゆるヒヤリハット(ヒヤリとしたりハッとしたりする危険な状態)が隠れているので、仕事にも通用するミスの対処方法を調べて見ました。


 悪役令嬢ポカがやって来る前に、先手で対処する方法には「指差呼称」がありました。電車の車掌さんは線路を渡るとき「右ヨシ、左ヨシ」と指差呼称すると、ミスの起こる数が6分の1に減るそうです。 

 そうなると、悪役令嬢ポカは、一見忍び込めないように思いますが、そこは手慣れたもので、人によっては、右左見た後に、不安でまた右左見て、石橋を叩いても、叩いてもなかなか渡らない人も居て、そのうちに行先を忘れる人もいるのでまだ出番があるようです。

 狭い道を運転しているとブロック塀の脇から急に人が飛び出してきて、ヒヤッとすることがあります。

 ゆっくり準備する「指差呼称」するゆとりはないことが多いですが、起こりそうなことを予測して、右や左を見て、いつでも止まれるように身構え、ミスしないように注意を怠らず進めて行くことが事故防止に欠かせません。

 しかし、油断すると悪役令嬢ポカがやって来て行先を謝り、一方通行の出口に入る危険が待ち構えているのです。


 ところで、運転だけでなく仕事の最中に昼食や趣味のことが気掛りになっていると、悪役令嬢ポカがミスを連れてくることがあります。その原因は作業が「ピンボケ」になるためで、ボケは“とぼけ”という言葉から来ているそうです。

 そこで、漫才のボケとツッコミのやり方を調べていると、「反対のことを思い浮かべる」と言うのがありました。

 2秒に1回以上頻繁に作業があると、悠長に「指差呼称」をやっている暇がありません。厚労省の職場あんぜんサイトにも明確な指針がありません。

 まずは、作業の主要項目をまとめたチェックリストと照らし合わせながら、ボケが来なくても、反対にボケが来たことを思い浮かべて、"さあ、いつでもいらっしゃい"と一連の作業を始める前に、一呼吸ご挨拶申し上げると気持ちにゆとりができます。

 そこで、チェックリストの一番目の項目から順番に"n番目のおしごとです"と一つずつ「指差呼称」する代わりに、瞬間に"カッ"とまなこを見開いて、"キッ"と口を結び、"グッ"と睨みながらチェック項目ごとにツッコミを入れていくと、ケッコウ長引く作業でもボケの付け入る隙が減るようです。作業中の背中からは近寄りがたい緊迫した臨場感がみなぎるので、悪役令嬢ポカも近寄れません。

 しかし、ツッコミ先には注意が必要です。車が勝手にツッコミ、「わてようしらん」といったミスは本当に悪役令嬢ポカの怨霊によるツッコミですので、くれぐれも間違えないよう、事前の認知症検査が思わしくなければ免許返上すべきです。 了 

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ヒヤリハットの先手 榊 薫 @kawagutiMTT

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