第83話
密室で、それもベッドの上でするキスは至高だ。
その先にもつれ込む行為があるならば。
覆い被さった体勢になって、理性が働く。常夜灯があやしくいとを縁取って、湿気を帯びた温室の中へと誘っている。
その誘惑に、良心が何とか打ち勝ったというのに。
「善くん、」
基本的にこういう場面では味方になってくれないいとは、俺の頬に細い指を伝わせて、そうかと思えば、俺が泣く泣く離した距離をあっけなく縮めて、濡れた唇を重ねる。
「善くん好き」
「(──…勘弁してくれ)」
よくもまあ、そんなに無邪気に笑ってくれますね。
今夜は絶対寝れないことを確信しながら、せめて理性が殺されないうちにいとに眠ってもらおうと、体勢を戻し、髪を撫でて寝かしつけようとする。
「おやすみ、いと。早く寝ろ」
「そんなに急に寝れない」
「寝れる寝れる。いとなら目瞑ってれば寝れる。おやすみ」
「ねえ、善くん、」
「おやすみなさい」
「……おやすみなさい」
これ、どんなに煽られても手を出せないからきついとばかり思っていたが、手を出せるようになったらなったできついのではないか。煽られるたびにまたがっていたら、俺はそのうち干からびるのではないか。
そんなことを考えながら、とにかく早く寝てくれ、と願って、仰向けの体勢で目を瞑る。
ただ、やっぱりこういう場面でいとが俺の味方をしてくれるはずがなかった。
痛いほどの視線が刺さって、目を開く。いとの方へ首をまわせば、目を閉じてすらいないいとは、俺と目が合ったことを喜んで笑った。
「……あー、くそ、」
いや、やっぱ無理だろ、こんなもん。
結局体を立てて、いとの上に重なっている。
キスをする。何回目かわからないキスに、また1を足して、2を足して、足し合わせるべき数すら数えられなくなる。
不自然な吐息を聞く。ついばんで、離れて、また触れ合う。舌を絡める。上顎を撫でる。唾液の線が2人を繋けば、我慢とかバカらしいと、全部を放り投げたくなる。
「──寝ねえんだな?」
「ねれない、」
「なら、ちょっとしていい?」
いとの首筋を撫でた。
「…ちょっと?」
「ちょっと」
「なにを?」
「予習?」
いとにまたがり、自分のスウェットの襟首に手をかけて、引っ張り上げる。素肌にひんやりとした空気が触れて、体の内側の温度になじんでいく。
「体、見ていい?」
いとのパジャマの裾に触れて尋ねると、いとはそっぽを向いて首を横に振った。
「ま、まだ、だめ、、」
裾から手を離して、その手で顎を掴んで、いとに顔の向きを教え込もうとする。
「じゃあ着たままな」
首筋に顔を埋める俺に、いとは恐々と尋ねた。
「あ、め、めちゃくちゃにする、やつ…?」
誰だ、そんな言葉を教えたの。
無害を主張するように片手をあげて、その手で頭を抱えて、いや俺だわ、とため息を吐いた。
「……それはしない、誓って」
「…」
「誓って」
「……なんで2回」
「今まじで誓った」
髪を乱して、いとに向き合う。
「本当にするときは服脱がせていい?」
「……は、い、」
「うん。全部見るし、全部触るから、その辺は覚悟しといて」
首筋にキスをする。慣れていないせいだろうか、いとが俺の腕にしがみついてくるので、止まらない。ボタンを2つ外して、キスする場所をどんどん落としていく。
まあ、好きにした。
服は脱がせていない、という事実に縋って正当性を主張して、まあ、好きにした。
胸元に3つ、俺が浮かれている証拠が刻まれた。
浮かれるのも、我を忘れるのも仕方なかった。いとは、想像上のいとより数億倍可愛かった。下着越しに触っていれば、軽く達した。そのとき、いとは──。
いや、つまり、死ぬほど可愛かった。
いとは女だった。元カノと同じ、クラブにいる女と同じ、俺が幾度となく腰を打ちつけてきた女たちと同じ生物なのだと、本当の意味で理解した。
でも、違った。嫌悪感はなかった。加虐心は生まれなかった。大事にしたいという意識が最後まで働いていた。
自覚していた以上に、痛めつけることを恐れていたらしく、俺は前戯とも呼べない軽い触れ合いをもって、深く安堵した。
そして、女であるいとに、腹の奥深くで欲情したのだ。
[裸眼で愛しいものを見る]
恋の終わりに花を添えて 実和 @miwa_33
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