愛しい〈善side〉

第82話

あられもない姿で汚ねえ声をあげて、俺に縋ってはシーツにくくりつられて、まざまざと痴態を晒す。理性の及ばない様は、おもちゃみたいだった。


ひどく歪んだツラにも、取り繕われない声にも、腰を動かして恥ずかしげもなく快楽を貪る様子にも、俺はただ「みっともねえ」と思ってきて、その嫌悪感が何よりの愉悦だった。



「──…他の女の子とのことばかり見てるからだよ」



完全に、痛いところをつかれた。



試行錯誤を重ねた末に、結局、今までしてきたようにしか触れられなかったとき、他の女にしてきたようにいとに触れれば、いとも他の女のような姿を見せて、情けない声で泣いて、俺はそんないとのことも「みっともねえ」と見下すのだろうか。


他の女にそうしてきたように。



思考に居座る女の影を、いとには見抜かれていた。



でも、あんな行為、いとには似合わないだろ。


いとに似合うのは、映画のベッドシーンだ。ゴムを装着する場面のない、腰を押さえつけて突かれることのない、ただ吐息と振動だけで描かれる、小綺麗なあのスキンシップだ。


そう思い、映画のベッドシーンを見たって、学ぶことはなかった。このスクリーンの奥の男さえ、どうせクライマックスには、欲望のままに女を使うはずなのだから。



じゃあ、俺はいとをどうやって抱けばいい?


そんな知識も経験もねえぞと、自分の過去に唾を吐きたくなる。



いとに促されるままに暖かいココアを飲んで、風呂に入って、1時前にベッドに入った。



「明日も仕事だよね。ごめんね」



俺の腕に頭を乗せ、体の正面をこっちに向けて、いとは何度目かの「ごめんね」を口にした。


額に口づけると、いとは、いないいないばあでもされた子供みたいな無邪気さで笑った。



「次、ゆっくり温泉の話しような」

「……いいの?」

「なにが?」

「温泉行くの」

「いいよ。いいっつうか、、」



何言ってんだ、いいに決まってるだろ、くらいに思っていて、そもそもの喧嘩の原因を思い出す。



「俺はいとが無理してんじゃねえかと思ってただけなんで」

「私が?」

「俺には望んでもねえことだから、嫌なわけねえんだよ。でも、もし嫌そうに聞こえたなら、多分、死にそうになってたせい」

「死にそうに……?」



いとは、理解不能だとその口調で語る。



「強引だったかもとか、お願いって言葉使って悪かったなとか、温泉よりホテルの方がびびらせねえかなとか考えてたら、いとが温泉一緒に入るの前向きだってわかったから、普通に死ぬかと思った」



海に行くのとはまたわけが違う。2人きりの空間で全身余すことなく晒しておいて何も起こらないとは、さすがに思っていないだろう。


だから、いとの前向きさはほとんど「了承」だった。深い仲になっていいっていう、了承。



「そんなことで?」と、いとは驚きながらも嬉しそうに笑って、俺にすり寄る。


果たして、俺が「そんなこと?」と首を傾げることで、いとがまともに心臓を抉られることは何だろうな。



「いとは温泉行くの、いい?」

「うん。私はもちろん」

「一緒に入るの、いい?」

「私はいいよ」

「その日抱いていい?」

「う、、」



返事が止まった。いとは束の間俺を見つめていたが、不意に目を泳がせた。



抱いていいか? っつったって、傷つけずに抱く方法なんか知りもしないのに。


でも、もういい加減どうしようもねえわ、と開き直っている自分が大人ぶって、余裕ぶって、いとの髪に触れている。それらしい顔で撫でている。



しばらくして、いとは俺を上目で見つめながら、毛布を口元まで引っ張り上げた。



「緊張する」



そんなに簡単に殺しに来ないでほしい。



「……うん、俺も」

「善くんも緊張するの?」

「する。人生一してる」

「……意外」

「意外か?」

「好き」

「いや、なんで」



思わず笑えば、いとはもう一度「好き」と言った。


いとと目を合わせる。いとは笑っていない。



口元まで隠す毛布に指を引っ掛け、下ろした。いとの真剣だとも、泣いているとも、怒っているとも言いがたい顔があらわになって、頭が焼ける。



「善くん、好き」



俺も好きだと伝え損ねた。


気付けば唇が重なっている。そう自覚するや否や、舌を押し込んだ。



   

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