畏怖堂々
秋乃晃
第X話
大都会サイバシティ。アスファルトで舗装された道を、シティーボーイたちはせわしなく歩き回っている。ど田舎村から地方を巡ってはるばるやってきた
「やなかんじ」
手厚く歓迎されるような身の上ではない。にもかかわらず、銀髪の少女・カルメンはそのきれいな唇をへの字に曲げて、不快感をあらわにした。吸血鬼である彼女は太陽の光にあたると灰になってしまうので、サングラスをかけて瞳を守り、手袋を外すことはなく、さらには露出度の低い格好をして皮膚をさらさないようにしている。
「おなかすーいたー。ごはんいこーよー。ねーねー」
頭に赤いターバンを巻いた少女・リュコスが、カルメンの左腕に絡みついた。貫頭衣の下に隠したしっぽがぱたぱたとご機嫌に揺れている。
「ハルモニアは、ここに用があって来ているのよ。それに、昼ご飯はさっき食べたじゃない」
「えぇー。足りない足りなーい」
「またおなか壊しても知らないわよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
「うー……」
ふたりの会話をよそに、メイド服を着た小柄な少女・フールは、街灯をしげしげと観察していた。瞳孔と口は開きっぱなしだ。
「サイバシティのうまいメシ」
この神父姿の男こそが、今まさに世間を騒がせているお尋ね者のハルモニアである。その首には懸賞金がかけられているのだが、サイバシティの住民は気付いていないようだ。どの人間の目からもハイライトが消えていて、目の前だけを映している。
「誰も教えてくれそうにないな。みんなオレより視力が低いみたいだし。てなわけで、リュコス、次の街まで耐えられるか?」
「そんなイジワルなことゆうなら、にーにを食べちゃうよー?」
リュコスが鋭い犬歯を見せた。いたずらっぽい笑みの似合う小悪魔系少女。だが、その正体は人食いオオカミであり、赤いターバンで耳を隠している。
「う!」
口の端からよだれを垂れ流していたフールが突き当たりの店を指さした。看板にはでかでかと『HAMBURGER』の文字が躍る。
「はんばーがー! いいねーいいねえ!」
きゃっきゃとその場で飛び跳ねるリュコス。フールもどこか誇らしげな表情をしている。
「なら、ふたりは『HAMBURGER』に行ってらっしゃいな」
「はーい!」
「う!」
「わたくしはハルモニアに同行しますわ」
リュコスの左腕を振りほどき、カルメンはハルモニアにつく。ハルモニアはポケットから紙幣を三枚取り出して、リュコスに手渡した。
「これだけー?」
「足りなかったら皿洗いでもするといい」
「うーん……じゃあ、そーする」
「人間は食べないように」
「わかったー」
***
オオカミ少女と人造人間を『HAMBURGER』に預けて、ハルモニアが向かった先はサイバシティの眼科である。
ハルモニアはメガネをかけている。かけていなければ日常生活がままならない程度の視力であったが、以前よりもさらに見づらくなったと感じていた。なので、旅の途中で絶対にメガネを作り直そうと心に誓っていたのだ。愛の
「おにいさん、まだメガネなのかい?」
サイバシティの住民は勤勉なため、平日の昼間から病院に来るのは老人ぐらいなものだ。若い(といっても、ハルモニアはもうじき三十歳になる)男(カルメンも見た目こそ少女だが吸血鬼として五百年は生きている)女がセットで来るのは珍しい。珍しいので院長もついつい雑談をしてしまう。
「近年のトレンドは『アイブースト手術』だよ。今なら安くしとくよ」
「ほぉーん?」
「サイバシティの人ならみーんなやってるよ。知らないなんて、おにいさん、この街の人じゃないね?」
「うん、まあ、ついさっき来たからな。詳しく聞かせてもらおう」
「眼球の、この、虹彩の部分があるじゃない?」
相当暇なのだろう。院長は眼球の模型を用いて説明を始めた。次に診察室に呼ばれるのを待っている患者はいない。
「ここをぱぱっと切開して、アラヤシキ製のナノマシンを注入する。すると、そのナノマシンのおかげで視力が回復するわけよ。メガネいらずってことよ」
メガネ不要。メガネを作ろうとしているのに、メガネの必要がなくなる手術の話を持ちかけられてしまった。
ハルモニアはメガネを外した。ついてきたはいいものの初めての場所に緊張しているかわいこちゃんの顔が判別できない。ぼやけている。
「オレの顔、どう?」
「どうって?」
「このメガネオフ状態でも魅力的でチャーミングかって話」
「そうね……見慣れているのがメガネをかけている顔だから、なんだか物足りないわね」
愛する女からそう言われたら、メガネはやめられない。継続が決定した。
「せっかくだが手術はしない。新しいメガネを作らせてくれ」
それに、眼球にメスを入れるのは怖い。出会ったばかりの医者より、付き合いの長い自分の『ココロ』を優先しようと思うハルモニアであった。
畏怖堂々 秋乃晃 @EM_Akino
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