二
放課後。杏理は美麻と共に駅前まで来ていた。
目当てのケーキ屋は駅前の通りからは少し外れた場所にある。
「あ、ここだよ、ここ」
杏理自身は地図を見ないでも辿り着ける程度には来ているので、案内もスムーズだった。
白を基調とした清潔感のある店構えで、控えめな大きさの看板が掛けられていることと、特有のバニラやバターの香りが表に漂っている以外にはケーキ屋であることを示すものは何もない。
ドアを開いて、店内に足を踏み入れる。
店内はあまり広くなく、ショーケースとクッキーなどが置いてある棚の他には、飲食スペースとして、テーブルひとつにつき椅子が二脚、それがふた組置かれているのみだ。
「烏城さんはどれにする?」
杏理は、様々な種類のケーキが並んだショーケースを眺めながら、隣に立つ美麻に問い掛ける。返事は、すぐには返ってこなかった。どうしたんだろうと思って彼女の方を見ると、顎に手を当てて、陳列されたケーキを真剣な眼差しで見つめていた。
「ふふっ」
なんだかその様子が普段の彼女の雰囲気とはまるで違っていて、杏理は思わず吹き出した。
「どうかした?」
美麻は不思議そうな表情を杏理に向ける。
「烏城さんがそんなに真剣に悩んでるのが、面白くて」
「そうかしら……」
「だって烏城さん、あんまりこういうの興味ないんじゃないかなって思ってたから」
「言ったでしょう、甘いものは好きなのよ」
そう言いながら、美麻はある程度目星をつけたようだ。
「せっかくだから、鴇塚さんがおすすめしていたモンブランにするわ」
「じゃあわたしは……これにしようかな」
いつも食べてるものとは違うものにしようとチョコレートケーキを指差しながら、杏理は店員の方を見る。
「すみません、モンブランとチョコレートケーキをひとつずつください。それと……烏城さん、飲み物はどうする?」
「紅茶があるなら、温かいのを」
「じゃあわたしはホットコーヒーにしよっと」
「紅茶のホットと、ホットコーヒーですね。それでは、お会計一八〇〇円になります」
杏理は店員に言われた代金を支払って、ケーキが載ったトレイを店員さんから受け取る。
「お飲み物はお席までお持ちしますので、どうぞお掛けになってお待ちください」
杏理と美麻はカフェスペースの空いた席へ行き、向かい合うように座った。
お金のやり取りだけをしてからは、緊張してなかなか最初の一言を切り出せず、他に何か喋ることもないままに飲み物がやってきた。
「いただきます」
美麻がモンブランにをその口に運ぶ様子を見ながら、杏理は自分の目の前のチョコレートケーキをまじまじと見つめていた。
目の前にあるチョコレートケーキが、どうしてかあまり美味しそうには見えない。
何度か食べたことがあって味も知っているはずなのに、それがわたしの味覚にはまるで合わないような気がした。口に運ぼうという気持ちが起こらなかったが、美麻を誘った手前、自分が食べないわけにもいかない。杏理は少し無理をしてチョコレートケーキをひと口食べた。
最悪の味だった。
本来のチョコレートケーキにあった甘さとかチョコの風味がまるで感じられず、舌触りの悪い苦みだけが口中に広がる。ここ数日の体調で味覚が狂っているのかもしれない。
杏理は苦虫を噛み潰したような顔を一瞬見せたが、目の前の美麻にそれを悟られないように、咄嗟にコーヒーで流し込んで表情を隠す。
「美味しいでしょ、ここのケーキ」
誤魔化すように美麻に話を振る。
「ええ、鴇塚さんのお陰でいいお店を知れたわ。ありがとう」
表情を緩ませる美麻に、どうしてか杏理の方が照れてしまう。
「そんな、お礼なんて……わたしも、烏城さんと来られて嬉しいし」
「本当?」
美麻は驚いたような表情を見せる。
「ほんとだよ。……わたし、烏城さんとずっと話してみたかったんだ」
「わたしと? どうして?」
首を傾げる美麻に、杏理はぽつぽつと話し始める。
「わたし、外部からの進学で上手く馴染めなくて、友達少ないんだ。それが結構辛くて……ちょっと失礼かもしれないけど、烏城さんも独りでいること多いのに全然そんな感じしないから、なんか、かっこいいなあって思ってたの」
美麻が学内で《魔女》と呼ばれていることについては最大限オブラートに包んで、杏理は心の内を吐露した。美麻みたいにいられないからこそ、美麻に憧れているのだということ。直接的にそれを言葉にしたわけではないが、少なからず美麻には伝わったかもしれない。
「確かに、独りが寂しいなんて思ったことはないけれど……別にかっこよくなんかないわよ」
そう言いながら、美麻はティーカップに口をつける。
「鴇塚さんは、わたしみたいに全く友人がいないわけではないでしょう?」
「え、う……うん」
確かに、友達が少ないといっても、休み時間に会話をしたりはするし、休日に遊びに誘われることが全くないわけでもない。
「わたしにしてみれば、その方が羨ましいわ。普通の人がするみたいに、こうやって誰かとお茶したりするの、少し憧れてたの」
物憂げにも見える表情で目を伏せて、美麻が言う。
「じゃあさ、また一緒に来ようよ!」
前のめりになる杏理を見て、美麻は微かな笑みを浮かべた。
「そうね、是非お願いするわ」
杏理は、そんな彼女の表情が見られたことが嬉しかった。《魔女》と呼ばれている烏城美麻の、普通の少女としての一面を垣間見られたような気がした。
また明日、学校で話し掛けてみよう。今日、教室で声を掛けられなかったぶんもたくさん話そう。
そう思っていたにも関わらず、翌日、杏理は再び血塗れで目覚めた。
学校は、休んだ。
***
杏理は血の匂いとともに目覚める。
口の周りには、また乾いた血がついている。
起き上がって、手鏡で自分の顔を見る。酸化して赤黒くなった血液が顔の下半分を覆っている。
これで三日続けて。学校も休み続けている。食事もほとんどとっていない。空腹感は感じるが、食べ物を口に入れても吐き気を催すような味しか感じないのだ。もはや血生臭さによる吐き気や目眩はなく、心地良さすら見出していた。
杏理は気付いていた。この血が、鼻血ではないということに。それどころか、自分の血ですらないかもしれない。
先週、終礼で担任が話していたことを思い出す。
獣に喰われたとされる、猫や鳩の死骸。
そして、朝起きたら何かの血に塗れている自分。
それに気付いたとき、全身に悪寒が走った。しかしすぐに、思い至ったことを振り払い否定するように杏理は首を横に振る。
きっと勘違いだ。
そう自分に言い聞かせ、杏理は布団を深く被った。
暗闇の中に自分を閉じ込めていなくてはいけない気がした。
***
意識が裏返るような感覚。
四肢が徐々に実感を取り戻していき、杏理の自我は人の形を取り戻していく。
血の臭いだ。目覚めたときに、この甘い香りが漂っているのが当たり前となりつつある。口の中にも血と肉がいっぱいで、舌がとろりと蕩けるような極上の甘味が広がっている。それらを嚥下し、杏理はうっとりと呟く。
「ああ、美味しい」
自ずから出たその言葉に、杏理は驚いた。
血が、肉が、美味しい?
調理されたものではない、純粋な血液と肉塊を頬張って、それを美味しいと感じる。それではまるで、獣ではないか。
そもそも、この肉は何の肉だ?
そこに思い至ってようやく、視界が明瞭になる。
眠りについたはずの自分の部屋ではなかった。両膝をついている。靴は履いておらず、砂を踏み締める感覚が爪先にある。はっきりとした場所までは分からないが、どこか屋外だ。人気のない住宅地の中の、小さな児童公園らしかった。街灯も切れてしまっており、月明かりだけが唯一の光源だ。何故このようなところにいるのか、頭に靄がかかったように思い出すことができない。時間も、夜中ということくらいしか分からない。
目の前には猫がいる。血の匂いはソレから漂ってきていた。
猫は既に息絶えていた。腹を食い破られ、胃を、腸を外気に曝け出している。先ほどまでそれが生きていたことを示すかのように、生温い熱を感じられる。
口許に手をやってみると、乾いていない血のぬちゃりとした感触が感じられた。杏理は悲鳴を上げるでもなく、ただただ納得した。いま、自分の口の中に入っていたものは、あの猫の内臓なのだ。常識的に考えて、まず人間が口にするものではない。余程飢えていれば食べるかもしれないが、いまの杏理のようにそれを生のまま食べて美味と感じることはまずないだろう。
杏理は、自身が人間ではない何かに変質しつつあることに恐怖を感じた。
自身の知らないうちに、こうして血肉を求めて生き物を捕食している。いまはまだ意識は戻ってこられるが、いずれ完全に鴇塚杏理という人間は塗り潰されてなくなってしまうかもしれない。いや、もしかすると、自分が自分であることを自覚しながら、獲物を求めて
ぽつぽつと雨が降り始めたが、杏理の身体についた血を洗い流せるほどの勢いはない。
杏理はその場に留まることが恐ろしくなって、走り出した。
公園を出て、とにかく見知った場所を探して走る。血だらけの姿が誰かに見られることは意識のうちになかった。運が良いのか、誰にも見つからずに家の近くの道に出た。
ただ、物足りない。お腹が空いて仕方がない。空を飛ぶカラスがとんでもないご馳走に見えてしまう。
どうしようもないひもじさを理性で必死に抑え込みながら、杏理は自宅へと辿り着いた。
乱暴に玄関のドアを開いて中へと駆け込む。荒くなった呼吸を落ち着かせながら、杏理は階段を上る。階段を踏み締めるたびに足の裏がじくじくと痛む。裸足で走っていたために、アスファルトで切ってしまったのだろう。
自室に入った杏理は、そのまま真っ直ぐベッドへと向かい、シーツや布団に血がつくことも厭わず倒れ込む。
横になっても、空腹感はいっこうに治まらない。食事の途中で席を立ったのだから、仕方のないことだ。
杏理の中に巣喰う獣は、物足りないと囁いている。
それに負けそうな自分が怖い。
この、肉を食べたいという衝動は、満たされない限りは永久に続くのだろう。
眠りにつくことで誤魔化そうとするが、脳が興奮状態にあるために眠ることができない。
ノックの音がして、杏理の返事を待たずドアが開いた。父親と母親が部屋の中に入ってくる。駄目だ、いまは誰かと顔を合わせてはいけない。
「杏理、どこに行ってたんだ」
父親の問い掛けに、杏理は布団の端を握り締めて口元を隠し、首を横に振ることしかできない。口を開けば、そのまま首筋に齧りついてしまいそうだ。
「何とか言いなさい」
歩み寄ってきた父親が、杏理の被る布団を引き剥がす。
「ひっ……」
露わになった杏理の血まみれの姿を見て、母親が引き攣ったような悲鳴を上げた。父親も驚きで目を見開いている。
空腹でたまらないのに、目の前に食事を据えられる。もはや、それに手をつけずにいられるほど、杏理の理性は残されていなかった。
そして、意識が暗転する。
***
次に杏理が目覚めたときには、空腹感はほとんど治まっていた。
しゃがみ込んで、獣のように何かを頬張っていたのだろうか。上体を起こして、満腹感を愉しむ。舌を出して、指先についた紅いソレをぺろりと舐めて、食事の余韻を堪能する。
嗅覚が敏感になっている。部屋中に充満した甘美な血の香りをいっぱいに吸い込んで、杏理は蕩けたような表情になる。
だが、この血は何の血だろう。さっきまで、この部屋には杏理と両親しかいなかった。
杏理はふと目下を見る。暗い部屋の中にふたつ、大きな物が転がっているのに気付いた。
父親と母親だ。糸が切れたように動かない彼らは、何によって捕食されたのか、肉体の所々が欠損している。眼球、腹部、乳房……衣服があることを意にも介さず、捕食者は彼らの肉の柔らかい部分をを囓りとっていた。失われたそれらがどこにいったのか、考える余地はなかった。
いま、杏理は両親の身体を食べていた。
「あ……ああ……」
その事実を認識して、少しの間杏理は現実を受け入れられずにいた。
自分の親すらも、食糧として食べてしまった。既に杏理の理性では抑えきれないほどに、彼女の中の怪物は肥大化してしまっていた。
人を喰う。超えてはならない一線を越えてしまったような気がして、杏理は叫び出しそうになる。
そのときだった。
「やっぱり貴女だったのね、鴇塚さん」
その、笛の音のように澄んだ声を、杏理が聞き間違えるはずがない。
振り返るといつの間か窓が開いていて、カラスの黒い羽根が舞っていた。そこには見慣れた制服ではなく、夜の闇に溶け込むような
「烏城、さん……?」
杏理が困惑しながら名前を呼ぶと、美麻は微かに悲しげな表情を見せたような気がした。
何故彼女がここにいるのか。そもそもこの部屋は二階で、壁を伝って上ってくることは容易ではないはずだ。どうやって窓から入ってきたのか。
窓枠に座っていた美麻がすっと床に降り立つ。彼女は杏理と、杏理の足下に転がる死体に全く怯むことなく歩み寄ってきた。その所作のどれもが美しくて、杏理の視線は彼女には釘付けになってしまった。
雨の中を傘を差さずにやってきたのか、彼女の黒髪は雨に濡れて、ひと房ふた房頬にはりついている。羽織った黒いローブもしっとりと濡れていて、その姿は杏理に、彼女が級友からなんと呼ばれていたかを思い出させる。
「烏城さん、本当に魔女だったんだね」
「……ええ」
静かに頷いて、美麻が杏理を見据える。
「単刀直入に言うわね。鴇塚さん、あなたはもう人間じゃない」
杏理の中で渦巻いていたそれを、明確に美麻が言葉にした。
「……やっぱり、そうだよね」
杏理は自分がすんなりとそれを受け入れられたことに内心驚いた。事実を他人に突きつけられれば、もう少し混乱すると思っていたのに。それを告げたのが他ならぬ烏城美麻だったからだろうか。
「わたしは、あなたを処理しないといけない」
悲痛な面持ちで、美麻は言った。彼女のその表情を見て、「処理」の内容を杏理は察した。
もしかしたら、まだ戻れるかもしれないと思っていた。しかし、この胸の内に湧き上がってくる本能的な欲求が、もう取り返しのつかないところまで来てしまったのだと教えてくれる。
いつの間にか、杏理の頬を涙が伝っていた。
「……わたしには、あなたがすごく美味しそうに見える」
嗚咽の漏れる喉から、震える声を絞り出す。
食欲は満たされたはずなのに、それでも美麻の白い首筋に齧りつきたくなる。彼女の甘美な血を啜り、慎ましい乳房を引き裂き、唇を喰い千切ってしまいたい。その衝動がこみ上げてくるということが、杏理が人間ではなくなってしまったことの証明であり、なによりも辛い。
「だから、殺して。烏城さんになら、殺されても良いよ」
涙を流したまま、杏理はくしゃくしゃの笑顔を作る。
いままで話すことはほとんどなかったけれど、一緒にケーキを食べに行って、また一緒に食べに行く約束をして――結局その約束は叶うことはなさそうだけれど、この何日かは、美麻と話せて楽しかった。
だからもう、いい。
自分が自分でなくなる前に。
「……ごめんなさい」
美麻は申し訳なさそうにそう言い、何か呪文のようなものを唱えた。
彼女の背後から、ぬるりと黒い影のようなものが伸びた。それは影なのだが、空間上に存在する物質で、先が刃物のように鋭く尖っていた。
常識の
目を瞑り、その時を待つ。
今際の際、杏理は思う。
――そういえば、傘、返してもらうの忘れてたなぁ。
それが杏理にとって最期の思考だった。
***
烏城美麻は、テーブルについて朝食をとっていた。
近所のパン屋で買ってきたパン・オ・ショコラを囓りながら、窓の外を見る。
昨夜から降り続いている雨が、静かに地面を打っている。
美麻からしてみればどんな天気でも構わないのだが、先日学校で傘を盗まれたこともあって、これから学校に行くことを考えると少しばかり憂鬱な気持ちになる。
母親である
美麻の家は、郊外の住宅地の中にあるひときわ目立つ洋館だ。ドイツ人である曽祖母が日本に来た際に建てたそうで、築八〇年近いと聞く。父親は早くに死んでおり、姉は大学進学と共に家を出たため、この広い屋敷を美麻と麻夜の二人で使っている。だが、持て余しているというのが正直なところだ。寂しさなどは感じないが、なにせ管理が大変だ。金銭的な余裕はあるものの、現当主である麻夜は使用人などを雇うつもりもなく娘二人に任せきりだった。そのうえ、彼女は魔女の家系としての研鑽を美麻たちに求めた。
母親がそんなだから、反発した美麻の姉は家出に近い形で烏城の家を飛び出し、その皺寄せが美麻に来ている。
烏城の跡継ぎとしての魔術の修得。美麻の魔術の才は姉に比べ乏しいにも関わらず、姉の代わりとしての務め――つまり、先日のような怪異事件の解決。美麻はこれらを中学生の頃から行っている。
先日の事件というのは、市内での
屍喰鬼は文字通り、屍肉を喰らう化け物だ。最初の一体がどのようにして生まれてくるのか美麻は知らないが、屍喰鬼に喰らわれた人間は屍喰鬼となる。感覚としては映画に登場するゾンビに近い。初期症状として小動物の生肉を食すようになり、完全に屍喰鬼になる頃には人間を捕食するようになる。
今回現れた屍喰鬼は二体。いずれも、今頃は行方不明扱いとなって報道されていることだろう。
先に現れた一体は、名も知らぬ会社員の男だった。こちらは、捕食対象が人間に移る前に美麻が始末した。
そして、後の一体。
クラスメートだった鴇塚杏理。どこにでもいるような、大人しめの少女だった。
違和感があったのは、一緒にケーキを食べに行ったときだ。他人に勧めるほどのケーキを、杏理は何かを我慢するように食べていた。屍喰鬼への移行期には味覚が変化し始め、生肉や血を美味に感じ、普通の食べ物は逆に不味く感じるようになる。まさかと思い使い魔で彼女を監視をしていると、案の定だった。
彼女を殺すことに躊躇いがなかったと言えば嘘になる。だが、両親を捕食した彼女は、涙を流しながら殺されることを願った。だから、彼女の首を刎ねた。
朝食を食べ終えた美麻はティーカップの紅茶を飲み干して、食器を流しに運んだ。
美麻と杏理との関わりは、彼女が屍喰鬼になる直前に少し会話を交わした程度だ。しかし、ただそれだけの関係であったとしても、《魔女》と呼ばれ、周囲から距離をおき、おかれ続けてきた美麻にとっては楽しかった。普通の人間ではない、けれど魔術師としては半端者である美麻には、普通に対してどこか憧れのようなものがあったのかもしれない。
美麻は思う。彼女が屍喰鬼にならなければ、きっと良い友人になることができただろう。
しかし、美麻がいくら魔女とはいえ、過ぎ去った時間を巻き戻すことは決してできない。
食器を洗い終えた美麻は、鞄を手に取り玄関へ向かう。
傘立てから傘を抜こうとして、盗まれたままだったことを思い出す。麻夜は傘を持っていないため、傘立てには何もないはずだった。
盗まれた傘の代わりに立てられていたのは、臙脂色の傘だった。
「……そういえば、返せてなかったわね」
いまとなっては数少ない杏理との繋がり。美麻はそれを手に取り、ドアを開けて外へ出る。
今日は、彼女が教えてくれた駅前のケーキ屋でモンブランを買ってこよう。
美麻はそんなことを思いながら傘を広げ、一歩を踏み出した。
傘と魔女 だいふく @guiltydaifuku
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