第5話

 太陽の日もささない森の中。子分どもを連れて草むらを突き進む。いや、逃げ惑っていると言った方が良いだろう。

 オスカーさんに託された子分の半数が敵に捕らえられてしまった。

 事の始まりは数時間前に戻る。


 オスカーさん率いる本隊と分かれ、敵の会社への潜入口を捜索する為に昼間とは思えぬほど暗い森を突き進む。

 その時は、敵に侵入を既に悟られていたので、勢いに任せて殲滅作戦に近い行動をとっていた。

 目の前に出てきた仲間以外を全て撃ち殺す。そうすれば入り口など後から余裕で探せると考えていた。

 「スコットさん!あそこ!」

 子分の声を聞き、すぐに足でブレーキをして身体を捻りそちらを向く。

 その方向の先には、少女が歩いていた。

 赤い髪の毛、白の上着と紺色のスカートといった装いの少女は、こちらに気づいた様子はなくなにやら楽しそうにしている。

 「どうしますか?スコットさん。」

 「どうもこうもない。あんな学生ですみたいな格好だが、どう考えてもここに居るなんて不自然だろ。あいつも人外だ。綺麗に頭をぶっ飛ばしてやりな。」

 スナイパーライフルを持つ子分に命令をくだすが、どうも返事がない。

 「おい。聞いてんのか!?」

 そいつを怒鳴りつけるが、それでも反応はないもので頭にきて殴り飛ばしてやろうとそいつの襟元を掴み上げる。

 そこで、気づいた。この子分はずっと少女の方を見ている。俺に掴み上げられているこの状況でもそちらをずっと見ている。

 まるで、何かに惹き付けれているようにずっとそちらをみている。

 こいつは…手遅れだとそう気づく。

 「おい!しっかりしやがれ!」

 正気に戻そうと耳元で大声を上げるが、効果はない。それどころか他の子分も三人がその少女をじっと眺めている。

 どういうことだ?その疑問を抱いた直後に、俺に掴まれていた子分は俺を突き飛ばして武器も持たずに少女の方へと走りだしていってしまう。

 「お、おい!」

 「ソアちゃんだ!カタノソアちゃん!」

 「本物だ!ソアちゃーーん!」

 「生きてたんだぁ!」

 俺の子分の四人は少女の方へと全力疾走していく。敵の領地で戦力が減るのは避けたい。そう判断し、子分どもを少女や他の化け物に気づかれないよう注意しながら子分どもを追う。

 少女に追いついた子分どもは、少女の歩幅に合わせてゆっくりと歩いている。その足どりはまるでゾンビだ。

 追いつかれた少女は、まるでそれがあらかじめわかっていた様に気にも留めず鼻歌交じりにスキップをしながら森の中を進んでいく。

 数十分後、少女を追うと焦げ茶色の木製の一軒家に入っていく。

 こんな森の中にポツンと家がある。もしかすると、このボロい家に化け物どもの会社の入り口があるかもしれない。その可能性も含めて開けっ放しになっている家へと侵入をする。

 「背を低く。音を立てるな。」

 俺は残った五人の子分に、ジェスチャーを交えながら指示を出す。

 室内はほぼ廃墟のといった荒れ具合で、床に散らばった窓のガラス片や何かにかじられた痕がある木製の椅子や机が、この場の惨状を際立たせている。

 ガラス片を踏まないよう床に注目していると、泥の付いた靴の跡を発見する。

 それは、俺達に支給された武装の靴と同じ形をしており、一定間隔でちょうど四人の足跡が確認できた。足跡は片方が外れそうになっている扉の方へと続いていた。

 俺は構えているライフルの先端でその足跡を差し、子分どもに「あの扉を覗く。」と声に出さずにサインを出す。

 子分どもは頷き左右に分かれて扉の横に待機する。

 俺はできるだけ物陰に隠れながら、外れかけて傾いた扉の隙間から中を覗く。

 中はほとんど暗闇で状況を確認できなかったが、次第に目が慣れてぼんやりとだが何か大きい台ありそこから少し離れた場所に人影があり、その台を囲うように立っていた。

 そして、よくよく観察していると人影の頭部や手足に違和感のある者が何人かいることに気づく。

 もしや化け物どもが密かに集まっているのだろうか、とライフルを持つ手に力が入り子分どもに突撃のサインを出そうとしたその時である。

 突然目の前に強い光が現れる。

 「くっ!なんだ!?」

 思わず腕で顔を覆うほどの光量に怯みながらも、睨むように光を見ていると、光は少しずつ弱まり暗かった部屋の中が確認できる。

 俺は目を見開き言葉を失った。

 そこに居たのはまさに化け物であった。

 頭部が楕円形になっておりその顔はぽっかりと穴が開いていて暗い空洞になっているモノ。

 頭は無く、肩から下だけしかないモノには手に口や目があり、頭部の前後に人の顔があるモノ。

 体が蜘蛛の人。二足歩行する巨大な蛇。

いくつも目がある鳥。

 眼前に広がるこの世ならざるモノを目の当たりにし、脳がこれを現実であるという事実を拒んでいた。そうしなければ俺は正気を保てなかっただろう。

 幸いなことに俺は恐怖のあまり声が出ることはなく、未だに化け物どもに気づかれてはいない。

 そして、化け物どもか見つめる大きな台に子分どもがついていった少女がマイクを持ち立っていることに気づく。

 先程の光の正体は、どうやらこの台に立つ少女を照らすためのスポットライトの点灯によるものだったようだ。

 少女はマイクを両手で掴み口を開く。

 「みんなぁ!いっくよぉー!」

 少女は右手を大きくあげて自分を取り囲む化け物どもに呼びかける。

 すると、どこからともなく音楽が響いてくる。アップテンポでポップな曲調。その音楽に合わせて化け物どもは声を上げる。

 「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」

 以前子分の一人が視ていた映像を思い出す。何千万の人に囲まれてその中心で歌を歌っていたアイドル。

 今眼前で繰り広げられている光景と類似するものがあった。

 「「超絶さいかわ!ソアちゃん!」」

 『真正面。ど真ん中に~。恋心~ぶつけ~るんだ。』

 ついに、アイドルは歌いだす。この脳に染みつくような歌声。装い。そして、子分どもが言ったカタノソアと言う言葉。

 間違いない。子分が視ていた忽然と失踪したアイドル。片野空亜だ!

 子分から聞かされた事を思いだして、このアイドルの正体に気づき、そして、更に恐怖を覚えた。

 まてよ、確かこのアイドルが失踪したのは10年は前の出来事だったはずだ。

 だが俺は目の前のアイドルの姿を見て、片野空亜であると気づくことができた。

 なぜ10年以上も見た目が変わっていないということは、やはり人ではない!

 アイドルの声に聞き惚れていたが、化け物と確定したのであれば容赦はいらない。すぐさまライフルのスコープを覗いてトリガーに指をかける。

 すると次の瞬間。部屋に居るモノ達が一斉にこちらを向く。

 あまりの光景に、ひっ!と短く悲鳴を上げると、歌が止み。アイドルは頬を膨らませて『ダメだよ?ライブ中はマナー良くしてもらわなくちゃ。』と俺を真っ直ぐ指さした。

 戦場で培われた勘が考えるよりも早く体を動かしていた。

 「逃げろ!!!」

 俺は気づけば子分どもに叫びながら、廃墟の入り口へと走っていた。

 子分どもも察したのだろう。途端に駆け出した。

 廃墟を出ると道もなくただひたすら森の中を突き進む。

 

 そして、今に至る。

 あまりの恐怖に俺はただ走ることしかできなかった。

 息が上がり、ついには立ち止まる。

 「スコットさん……。やっと……休憩ですか………。」

 声をかけられてそちらを見ると、子分どももかなり無理をして走ったよつで、顔は青白くなっており、全員肩で息をして嗚咽を吐くものもいた。

 俺は数回深呼吸をして、自分を落ち着かせる。

 周囲の音に耳をすませる。子分どもの荒い呼吸がハッキリ聞こえるほど辺りは静まり返っている。

 「よし、どうにか撒けたようだな。」

 安堵の息を吐く。

 「だが、いつどこから襲いかかってくるとも限らん。オスカーさんの部隊とも連絡がつかん今は、一度作戦範囲から撤退してベースキャンプに戻るのが最善だろう。ハリスの野郎には、おめおめ逃げ帰ったんですか?なんて嫌味を言われそうだがな。」

 俺が冗談を交えて話すと、子分どもは苦笑いをしつつも表情は柔らかくなった。

 よし、ああいったやつらの相手をするにはまず平常心が必要だ。悔しいが一度退いて戦力を集中させるしかなさそうだ。

 「では移動する。はぐれるなよ。」

 子分どもにハンドサインで隊列の指示を出して、森を進む。

 今日までに上空から撮影した映像や、裏切り者が提供した地図の情報を照らし合わせて判明している森の作戦範囲から計算して、一定の方へ何時間歩けば作戦範囲外へ抜けられるかをあらかじめ確認していたので、このゆっくりとしたペースでも後二時間真っ直ぐ進めばこの深い森を脱出できる。

 

 かれこれ二時間が経過し、次第に明かりが強くなってくる。

 ふと目の前に赤い糸が一本あることに気づき、これがやつらの『散歩範囲』であるものだと思い返す。

 運良く糸は目線ほどの高さに一本あるだけのようで、匍匐前進でくぐり抜けられるようになっていた。

 子分どもを先に行かせて俺は後方を警戒する。

 それにしても、あの裏切り者が提供したこの森の地図がかなり正確なものだったというのが腹立たしさを覚える。

 バレないように正直に話したのか、はたまた余裕のあらわれだったのかはわからないが、敵からすればこの程度の情報はくれてやっても問題ないと言うことだ。

 短く舌打ちをして、子分ども全員が向こう側へ行った事を確認し、俺もそちらへ向かうべく匍匐状態になる。

 その時、ヒュッという音と共に俺の頭上を何かが通った。

 俺はすぐさま体を起こし後ろを確認し、何かが通った方も見る。

しかし、なにもなかった。

 幻聴かと気が緩みかけ、すぐさま俺は臨戦態勢になる。

 俺の頭上を通ってその方へは何もなかった。それはおかしいのだ。その方向には子分どもがいたはずだから。

 「くそ!この糸を越えれば安全と言ったのはヤツだった!敵の言ったことを鵜呑みにしていたなんて!」

 自分の不注意により子分が何らかの方法で消えた。その事実に腹が立つ。

 怒りのまま叫んでいるとどこからともなく声が聞こえてくる。

 「あ~それ嘘じゃないですよ?僕らは糸を越えてはいけないと言われているのでほとんどの場合安全です。」

 暗い森の方から何かがこちらへ歩いてくる。その姿は月明かりに照らされて徐々に判明する。

 「こんばんは。」

 そこに居たのは全身に黒い服を纏った黒い髪の少年であった。

 俺は構えていたライフルのトリガーを引こうとした。

 「ちょっとちょっと!?痛いのは勘弁ですよ!」

 少年は慌てて腕を前に出してこちらに静止を訴える。

 見た目に惑わされてはいけないとわかっていながらも、子供に撃つなと言われるとつい躊躇してしまう。

 「何者だ!」

 俺はライフルを撃てなかった。

 少年はゆっくりと前に出した手を上に上げながら答える。

 「僕はAC-228 仲間達からはボウヤって呼ばれてます。」

 ボウヤと名乗った少年は常に紳士的な態度で自己紹介をする。

 「AC-228?なんだそれは。」

 「あれ?知りませんか僕らのこと。てっきり全てを知っていて襲いにきてるのかと思いましたが。」

 少年は腕を体の前に当てながら仰々しくお辞儀をする。

 「それならば説明いたしましょう。あなた方が呼ぶ化け物である僕らはアカシックという会社で…飼われていると言いますか…まあ養われています。そのことはご存知でしょうか?」

 「お前らから出るエネルギーで電気やガスを生成してぼろ儲けって話だろ?」

 「ええ、ええ、そこで僕らはACのアルファベットの後にナンバーが付けられてその記号で呼ばれています、それが先程の名乗ったAC-◯◯でありアカシックナンバーズと仲間内で呼んでいます。」

 「それで、その数字はなにか?強さの基準にでもなっていると?」

 「さあ、そこは知りません。僕らは会社の人達がそう呼んでいるからその番号で呼ばれているというだけの話ですので。」

 「それで?お前は何が言いたい。」

 「何をと言われましても…単純にあなたが僕らをどういった存在なのかを理解してらっしゃらない様ですので説明をしているだけの事ですよ。」

 「なに?」

 少年はあくまでも両手を上げ無害なアピールのポーズを取りながら歩きだす。

 「ただ生きているだけで化け物と言われて攻撃をされる。そんなのて嫌でしょう?なので、戦闘なんて仕掛けなくて良いんですよとあなたに説明を…。」

 「そんなことを信じろと?」

 「可能性はあると思っていますよ?」

 「馬鹿なことを!」

 はっ!と笑い飛ばすが、少年は気にもとめず語る。

 「いえいえ、馬鹿だなんてそんな。数分とはいえ対峙して会話をした結果に基づいた合理的な判断ですよ。あなたは僕が人の見た目をしていながらもあなた方が化け物と呼ぶモノであると瞬時に理解している。そして、攻撃手段も持っている。」

 少年は俺のライフルを指さして笑う。

 「だが、撃たなかった。むやみやたらに銃を撃つトリガーハッピーではない。何も知らずここに来たピエロでもない。会話できる。なら、あなたが教えられた知識に偏りがあるって教えるだけでこの場は穏便に済むのでは?そう判断したまでです。」

 「………。」

 少年の言葉を信じるならば、俺がここで戦う理由はない。

 それに、確かに今まで俺も子分どもも直接なにかをされた訳ではない。

 「自分は無害だと。言いたいわけか?」

 「無害…とは言い難いてすね。けれど、それって別に普通でしょ?あなた方がペットとしている猫や犬も人を傷つけられる爪や牙がある。たが、共存はできている。アカシックの社員らがしてくれている事はそれと同じような事であり、我々も今は快適な暮らしに満足している。」

 ……少年の言い分は、恐ろしいことに俺は理解ができてしまう。

 「お前の言い分はわかった。ならばこそ俺は聞かなければならない。」

 「なにをです?」

 「俺の子分どもはどこに消えた?」

 質問をされ、少年は何度か瞬きをして諦めたように首を振りながら笑う。

 「それを聞かれちゃ…。敵意がないって主張はできなくなりますね。」

 その言葉を聞き、すぐさま発砲する。

 ドドドドドドドドド!と重たい音が静寂した森に響き渡る。

 銃弾の暴力を真っ向から受けた少年は、ドサリと音を立てて倒れる。

 火薬の匂い、バレル先から煙が立つ。

 軽く息を吐いて、まだ少年が立っていた方を警戒する。

 しばらく経ったが、流石に起き上がる様子はない。

 「さて、一人になっちまったがする事は変わりない。」

 派手に発砲したんだ。悠長にしていられないのだからすぐさま撤退をする。

 振り返り糸を潜ろうと屈んだ。

 そこへ背中に重りがのしかかる。

 「酷いじゃないですかぁ……僕は争う気なんてなかったのにぃ…。」

 「ひぃ!」

 肩から先程の少年が顔を覗かせる。いや、先程のと言うにはあまりにも惨い見た目であった。

 目は黒く窪んでいて、そこからドロリと粘っこい血が流れている。

 口はがぱりと開きっぱなしで喋るたびにガクガクと揺れている。

 肩に回された腕は骨が剥き出しになっており、まるで腐敗した死体が動いているようだった。

 「うわぁ!離れろぉ!!」

 ちぎれんばかりに身を振り少年だったモノを振り落とす。

 俺はその隙に逃げ出そうとするが、焦るあまり転げてしまった。

 まるで虫のような醜い動きであるが、必死に体を動かして逃げようとする。

 たが、不意に足をがっしりと掴まれる。

 「人をこんな目にしておいてぇ……逃げられるとお思いですかぁ……?」

 「は、離せ!離せぇぇ!!」

 至近距離で地面に倒れた体勢ではライフルは撃てない。俺は残った片方の足で化け物の頭を蹴り、引き剥がそうとする。

 「離してくれよぉぉぉ!」

 渾身の一撃を込めて蹴りを放つ。その衝撃で化け物の首がぶっ飛ぶ。

 しかし、その首は空中でピタリと止まると真っ直ぐこちらを見据え。

 「いたいなぁ……もう、ゆるしませんからねぇ。」

 化け物の首は口を大きく開きこちらへ飛んで来る。かわそうとするが、首が離れた化け物の体ががっしりとしがみついて身動きがとれなくなっていた。

 俺が最後に見たものは、この世のモノではない世界であった。

 


 「…殺す気は無かったんですけどね。」

 月明かりが照らす森の中。少年は口についた液体を拭いながら呟く。

 少年の足元には、迷彩柄の服とライフルがポツンと落ちていた。

 「はぁ……殺さずに連れて帰れたらボーナス多かったのになぁ。まあいいや、一年ぶりに人を食べられたし、それでよしとしようかな。」

 月明かりもささない森を見て、少年は腹立たしそうに土を蹴った。

 「でも納得いかないなぁ!向こうは何人もキャッチしてさぁ!便利だよなぁあの収納術。漁夫の利だよあれ。不公平だよなぁほんとさ。」

 何かに苛立ち独り言を呟くさまは、見た目の年相応の反応に見える。

 少年は、森の中へと歩みそのまま闇の中へと消えていった。

 

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異常生命体管理社 バンゾク @banzoku011723

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