第4話

 見知った森を歩いている。

 俺は少し前までここで暮らしていて、突然襲われて、気づけばあの牢屋のような部屋に管理されるようになった。


 草が生い茂る道を掻き分け進む。

 人として生きていたのだが、俺は人ではなく異常生物 暴食獣だと教えられた。ショックだった。


 印が掘られた木を登る。

 しかし、あの会社で食事をさせてもらったことで、俺は満足して別にこの生まれ育った場所へも帰らなくてもよいかと考えるようになっていた。

 

 木の頂上まで登り辺りを見渡す。

 今思えば、ただ食事ができれば満足をしてしまう。これが友人や社員達が言う特性というものなのだろう。

 そう、俺は化け物なのだ。


 だからこそ、今不思議に思う。

 俺は、なぜ自分を人だと思っていたのだろう。化け物なのであれば、この人間を連想させる体はなんなのだろう。


 いつも眺めていたこの景色をまっすぐ見つめる。

 俺はこの森で生きていた。しかし、あの金髪の質問を思い返してみれば、俺には親がおらず、人でいう子供の頃の思い出という物も無い。

 一体、俺はいつ生まれたのだろう。

 俺は、なんなんだろう。

 「やあ、見つけた見つけた。」

 聞き覚えのある声がして、そちらを向くと、俺の友人であり部屋ハウスメイトの知恵の王が枝に巻きついていた。

 「散歩の説明は受けたかい?」

 「うん。」

 器用に空中で頬杖をつく知恵の王の問いに素っ気なく答える。

 「どうしたんだい。お悩みかな?」

 珍しいものを見ると言わんばかりに、瞳を輝かせて、顔を近づけてきた。

 「悩みってほどじゃないんだけどさ。」と断りをいれてから、このモヤモヤとした気持ちを吐き出す。俺はなにで、なぜこんな見た目なのか。

 

 俺の話を聞いていた知恵の王は、聞き終えるととても険しい表情をした。

 それを珍しく感じた。普段のこいつなら、「なんだそんなことかい?よし、ではこの知恵の王が直々に君について説明してあげよう!」と意気揚々と人差し指を立てて俺の特性を説明すると思っていた。

 数分後、知恵の王は口を開いた。

 「私から言えることはあまり無いが、これだけは言っておこう。」

 すると、親指を立てて「私は何があっても君達の味方だ。」と笑顔で言い切って、シュルシュルと木をつたって下りてしまった。

 急に現れ急に帰った友人に呆気にとられ、「なんだそれ」と呟くしかなかった。


 


 時は少し遡り、暴食獣がテントにてロバートから説明を受けていた頃のこと。

 森へ侵入する者達がいた。

 数十人数の男女が、迷彩柄の服やヘルメットを装着している。

 その手にはアサルトライフルや拳銃が握られており、腰にはサバイバルナイフが付けられている。

 その軍隊のような集団は、先頭を行く2人の男に追従している。

 1人は髭面の男。もう一人は他の者達とは違いグレーのフードが付いたコートを着ていた若い男であった。

 「こっちであっているのか?」

 髭面の男が顔の皺を歪ませて、前を歩く若い男に銃を突きつけながら質問をする。

 「へえ、間違いありませんよ。」

 若い男は、そのような状況であるにも関わらず、平然と答える。

 「今日は、この先にある会社の入り口周辺で自由にさせているはずです。」

 「それが嘘だとしたら、いや、それを含め今まで話したことの一つでも偽りがあれば即お前を撃つ。」

 「疑り深いですねぇ。まあ、それくらいじゃないと本当のことを伝えるつもりにならなかったですが。」

 ケラケラと笑いながら、若い男は更に森へと進んでいく。

 

 それから小一時間が経った。

 すると、若い男はふうに足を止める。

 「どうした?何故止まる。」

 髭面の男が突きつけた銃をさらに押し付けて、動くように急かす。

 「これ、見てください。」 

 若い男が自身の前を指さす。そこには、赤い糸で木と木が繋がれていた。

 「こいつはただの糸に見えますが、化け物どもが逃げればわかるようにしてあります。社員以外の生き物が触れると、テントにいる社員に連絡が飛び近くを巡回している社員が駆けつけてきます。」

 「へーこれが…。」

 迷彩柄の服を着た男が一人前に進んできて、マジマジとその糸を観察する。

 「なので、社員である僕が糸を上げておきますので、皆さんその内に下をくぐってください。触れなければ大丈夫です。」

 そう言って若い男は糸に触れて、ぐいっと上げた。

 髭面の男は若い男を一睨みし、糸を潜り抜ける。そして、警戒するようにその場で銃を構えて周囲を確認する。

 なにも起こらない事を確認した髭面の男は、部下達に顎でこっちに来いと指示を出し、また銃を若い男に向ける。

 自分の部下が全員糸をくぐった事を見守り終えると、「早くお前も来い。」と脅すような低い声で若い男に命令する。

 若い男は、言われるまでもないと言いたげに肩をすくめて自身も糸をくぐる。

 「よし。いいかお前ら。ここからはもう敵地だ。我々以外はどのような姿をしていてもそれは人ではない!警告の必要もなく発砲をしてかまわない!」

 髭面の男の命令ともとれる激励を聞き、部下達は気合いを出し返事をする。

 「「「はい!!!」」」

 部下達の殺意に満ちた笑顔を眺め、髭面の男はニヤリと笑う。

 しかし、不意にその笑顔が曇る。

 「おい、アランはどうした。」

 自分達のリーダーに問われ、皆仲間を見渡す。どうやら、先程までいた隊員が1名いなくなっているのだ。

 仲間が消えた!そう気づいた瞬間。緊張感が走る。

 「くそ!どうなっている!?」

 怒りのままに若い男に問い詰めようと振り向くが、そこには既に誰もいなかった。

 「やはり罠だったか…!」 

 ギリギリと歯軋りをして、強く地面を踏みつける。

 「オスカーさん。どうしましょう…はめられたって事は俺らヤバイんじゃ…。」

 部下の一人か青ざめた表情で問いかけてくる。だが、オスカーと呼ばれた髭面の男はそんな質問も鼻で笑い飛ばし「別に騙されてようと構わねぇさ。むしろ向こうが招待してくれたんだ。派手にお礼をしてやろうじゃないか。」と不敵に笑う。

 「もう侵入がバレてんだ!何も気にせず全部壊しちまえ!行くぞぉ!」

 オスカーが吠え走る。部下も続く。

 「塊になってりゃ一網打尽だ!ハリス!スコット!訓練通りのメンバーで別れるぞ!ハリスの部隊は右、スコットの部隊は左に行け!」

 瞬時に出された命令に従い、部隊は3つになり別れる。

 オスカー達は、足にかかる草も気にせず突き進む。

 彼らの目的は、潜入していた社員から聞いたアカシックが抱えているエネルギー装置を独占することだ。

 「一生に困らねぇ金が手に入るようになるんだ!何がいようと薙ぎ倒せぇ!」

 怒号が森に響く。オスカーの部隊がACナンバーズ達と出会うまであと数分。


 さて、一方こちらはオスカーと別れた部隊の一つ、ハリス率いる部隊。

 ガサガサと茂みの中を突き進む。

 すると、突然声が聞こえてきた。

 「だ、誰か…いない……か。」

 「分隊長!」

 「ああ、アランの声だな。」

 部隊は立ち止まり、耳を傾ける。

 「だれ、か……たすけ…。」

 部隊の一人が右の木の方を指さす。

 「隊長、あちらです!」

 「そっちか!」

 ハリスは部下の指摘通りの方を向き、躊躇する事なく拳銃を構えて発砲した。

 2発、3発と拳銃から弾を放つ。

 その光景に部下は驚き硬直する。

 すると、声のしていた方から一際大きな悲痛な悲鳴が響き、辺りは静かになる。

 「隊長、一体なぜ…。」

 ハリスは部下の問いかけを無視し、発砲した木の元へ近づく。

 そして、その木を半周した後に「こっちに来てみろ。」と部下を呼ぶ。

 部下達はすぐにそちらへ行く。

 そこには、長い舌をだらりと口から垂らせた猿のような物が血を流していた。

 「これがアランの声を真似てたんだ。」

 その猿のような物は既に息をしておらず、ハリスはその死体を蹴り飛ばした。

 「気持ち悪いやつめ。」

 唾を吐きハリスは歩きだす。

 「いいかお前ら。仲間の声や姿をしていても迷うな。両親や親友がいても戸惑うな。恋人がいても怯むな。全ては幻だ。」

 まだ困惑が隠せない部下達にそう言い放つ。

 皆言葉もなくハリスの後をついていく。

 しかし、少し歩くと一人がハリスに声をかけた。

 「あの、分隊長。先程はなぜなんの躊躇もなく発砲できたのですか?アランさんだった可能性もあるのでは?」

 「そうだな、可能性はあった。だがそんなことは関係ない。」 

 「何故そう言いきれるんです!」

 「簡単だ。あっさり捕まって助けを求めるやつなんて、どちらにしろ足手まといで処分対象なんだからな。」

 冷徹に笑いながらハリスは言った。

 その表情を見て、もう質問をするものはいなかった。

 

 ハリス達は開けた円形の場所へ出た。

 地面に草も木も生えておらず、先程までうっすらと暗かった森と違い、空から直接日差しがさすこの場所は、明るく落ち着く場所であるが、それ故に異質な場所だとわかった。

 「なんだかここ、暖かいな。」

 「そうだな。とても気が楽になる。」

 部下達は、どこか緊張感が抜けた雰囲気で、この場所を気に入ったようだ。

 「よし、ここを起点として、周囲を調査しよう。我々の目的はあくまでも奴らの会社への入り口を見つけることだ。これだけ見晴らしが良ければ辺りから近づくものは直ぐに気づけるだろう。」

 ハリスは一息をつくと、近くにあった枝で地面に絵を描き、部下達に隊列の指示をする。

 ハリスを先頭とし、残り8名の部下を楕円形の形で後ろを監視させるような隊列である。

 「この隊列で周囲を探索する。」

 「「はい!」」

 ハリスは作戦前に頭にいれた地図を思い出しながら、ある程度怪しいと思われる方角へ進んでいく。

 「暗がりではこちらが不利となるだろう。日が沈む前に一度ここに戻り体制を立て直すことも考えよう。では行くぞ!」

 ハリスは化け物が待つ森へとまた侵入する。

 

 森に入り1時間は経っただろうか。少し日も傾きだした。

 進めど進めど草木ばかり、これ以上は危険だと判断したハリスは手を上げて、部下達に止まるよう指示を出す。

 「オスカーさんも長期作戦を覚悟しておけと言っていた。ここは一度あの開けた場所へ戻ろう。」

 振り返ると、どうやら部下達はいつ化け物に襲われるかわからない状況下にあるためか、2名程顔色が優れないようだった。

 この程度でと呆れたが、戦力としては確かな者達ではあるので、下手にモチベーションを下げられては困ると思い口にはしなかった。

 その時、また不意に声が聞こえてきた。

 「こっちだ!こっちに会社への入り口があったぞ!」

 その声は、自分と瓜二つであった。

 「全く。狡猾な事をするわりに知能は無いようだな。」

 ハリスは声のする方へ3発拳銃の弾を放つ。

 そして、大きな悲鳴と共に声が途切れる。

 ハリスは、その声の方へと進み声の主を確認する。

 そこにいた死体は、少し前に殺した猿のような物と同じ姿をしていた。

 「ふん。同種か。」

 その死体に唾を吐き捨て、ハリスは部下の元へ戻った。

 「どうでした隊長。」

 「やはり同じ種類の化け物だったさ。知能は先に殺した方が高いようだがな。」

 ハッと短く笑い飛ばし、ハリスは部下と共に開けた場所へ戻ろうと歩く。

 しかし、そこで異変が起きた。

 『こっちだ!』

 『こっちこっち。』

 『違う!こっちだ!俺が本物だ!』

 『いや、俺が本物だ!』

 『化け物め!真似をするな!』

 夏の蝉のような煩さで、ハリスの声が四方八方から聞こえてくる。

 「な、なんですかこれ。」

 「分隊長の声が…。」

 部下は手に持つ銃をあちらこちらと向けて、錯乱している。

 「冷静になれ!本人がここにいるだろう!くだらん言葉に惑わされるな!」

 「そうだお前ら!隊長はここにいるだろう!」

 部下の一人が狼狽えている他の者達に叱咤する。

 「で、ですが…。」

 「くそ!とにかく耳を貸さずに俺について来い!声などあてにせず俺の姿を捉え続ければ問題がないであろう!」

 「わ、わかりました。」

 部下達は怯えながらも後をついてくる。

 来る途中に木に付けた跡を頼りに、開けた場所へ向かう。

 その間も声はずっと聞こえてくる。自分の声をずっと聞かされるとは、なんとも気が滅入る事だろうか。

 それでも進み続けると、次第に辺りからしていた声も少なくなり、やがて一つも聞こえなくなった。

 それと同時に、前の方が少し明るくなっていることに気づく。

 その明かりに気づくや否や、部下達が走り出した。

 「明かりだ!」

 「あそこへ戻ってきたんだ!」

 我先にと駆け出す部下達にぶつかり、体勢を崩して地面に倒れるハリス。

 「くそ!待てのできない犬か!」

 自分を無視して行った部下達を睨みながら立ち上がろうとすると、手を差し出された。

 「大丈夫ですか?隊長。」

 「ああ、問題ない。」

 その手は、先程唯一錯乱せずに部下達を怒鳴っていた隊員の一人だ。

 その手を取ろうとした瞬間、違和感を感じて飛び退きその隊員から距離を取る。

 「どうしました隊長。」

 隊員は、不思議そうに首をかしげる。

 「お前、何故俺を隊長と呼ぶ?」

 「はい?」

 「俺は『分隊長』だ。隊長と呼んで良いのはあの人だけだろ。それに、良く見ればお前は誰だ?」

 疑問を声に出してハッキリする。

 目の前にいるのは、間違いなく隊員であるが、その顔に見覚えはない。

 だと言うのに隊員の一人だと認識している。

 「なるほどなるほど、俺の声を真似ていたのはお前を部隊に紛れ込ませる為のフェイクか!」

 目の前の隊員の形をした化け物を指さして吠えると、それは口を割れんばかりにニヤリと開き、首がねじ切れそうな程傾ける。

 「はは。凄い凄い。汚染してるのに気づいた。ははは。凄いや。」

 壊れたオモチャのように手をたたき、無機質な声を発する化け物。

 「ふん!正体がわかればどうとでもなる!死ねぇ!」

 ハリスは背負っていたショットガンを手にし、発砲を試みる。

 たが、できなかった。

 発砲をするどころか、体がピクリともしない。

 「怖い事するわねぇ。乱暴はダメよ?」

 女性の声と共に頭上からニュッと白髪の女性の顔が現れる。

 だが、その体は黄と黒の横縞が入ったぷっくりとした蜘蛛の体であった。細い足が八本生えている蜘蛛女だ。

 「その糸はねぇ、すっごく頑丈でぇ、私の自慢なのよぉ。」

 糸と言われて唯一動く首を傾け自分の身体を凝視する。

 周囲の木から枝から、人の髪の毛一本ほどの細い蜘蛛の糸が伸びてきていて俺の四肢に纏わりついている。

 「いやぁ。はは。ありがとね女郎蜘蛛さん。危うく蜂の巣になってたよ。はは。」

 「良いのよぉ。同室の仲じゃない。」

 「くそ!…プライドが許さないが…。」

 化け物どもが話している隙に大きく息を吸い込み、部下達がいる方へ叫ぶ。

 「おい!こっちに化け物がいる!早く助けに来い!!」

 それほど距離もない!すぐさま助けに来るだろう。

 そう考えていた。

 俺の叫びを聞いた化け物どもは、驚きこちらを見たが、すぐにニヤリと笑うと人型の方が手を上げる。

 すると、周囲の木々がガサガサと揺れ、何かが降ってくる。

 それはいくつも木の裏に降り注ぐ。

 良く見ればそれは猿のぬいぐるみに見える。地面に落ちたそれは数秒するとぐにゅぐにゅと蠢き口を開く。

 『違う!罠だ!』

 『いい加減な事を言うな!人の声を真似やがって!』

 『騙されるな!こっちが本物だ!こっちを撃って援護しろ!』

 猿のぬいぐるみから俺の声が叫ばれる。

 顔から血の気が引くのを感じる。これでは俺がどれだけ叫ぼうと部下達は判断できないだろう。

 「これが、この声達を叫ばせていた本当の目的か…!」

 怨みを込めて人型を睨むと、そいつは自分の顔に手を当てて力強く掴むと左右に引き伸ばした。

 そして、その手を離すと人型の顔は俺と瓜二つの顔に変化していた。

 人型は猿のぬいぐるみに近づいて、喉元に指を突き立てる。その指が引かれると黒いチップのような物を手にしていた。

 人型はそのチップのような物を飲み込み声を出す。

 「あ、あ、ああ。うん、よし。」

 人型から発せられた声もまた俺の声と同じものであった。

 「それじゃ。行ってきます。」

 「はぁい。行ってらっしゃい。」

 俺の偽物となった人型は悠然と部下達がキャンプを張っている方へ向かう。

 拘束された俺はそれを見送ることしかできなった。

 「さぁてお客さんを連れていってぇ、たくさんご褒美貰わなくっちゃねぇ。」

 その言葉を最後に、俺は蜘蛛の巣に包まれ意識を失った。

 




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