第3話
世界のエネルギー事情をほぼ掌握しているわが社 アカシックはエネルギー提供の対価を頂いていないため、様々な人々から信頼を得ている。
しかし、その逆にエネルギー提供をしている他社からはもちろん疎まれているのも事実。
そして、それ故に他社はわが社の事情を探ろうとスパイを送りつける事もある。
もっともスパイだけならマシなのだが。
ACナンバーズの管理方法をパソコンから平社員と『囚人』にメールで送る。
アカシックは、異常存在であるACナンバーズが己の欲望を満たした時に発生させる物質を抽出して、AC-3に注ぐことにより所謂ガスや電気に変換している。
AC-3は、アウトの更に地下。アカシックの階層に管理しているわが社の根本の一つだ。
もしそれを奪われれば、たちまち世界はエネルギー問題が解決し、飽和したエネルギーが暴走、爆発を起こし世界を崩壊へと導くだろう。
それ程までに強力なエネルギー生産装置といえる代物がAC-3だ。
その他、わが社が存在できるエネルギー生産に関係しているACナンバーズは、全て管理クラス アカシックとして地下に管理されている。最下層アカシックへの行き方は私を含め上級職員の数名と、アカシックの誕生に立ち会った「トップファイブ」と「長」しか知らない。
「んっ…」
グッと背もたれにもたれかかり、背を伸ばす。社員への指示のメールを送り終えて一段落と言ったところだ。
まったく、ACナンバーズの脱走が減った事は良いが、その分体を動かすことが減ってしまった。デスクワークは苦手分野だ。不謹慎だが、この会社に来たばかりの頃はまだ管理方法も定まらず、武力による制圧が主だったので退屈はしなかった。
暇ということは、管理が安定していてエネルギーも安定供給されているということ。良いことなのだが、なぁ…。
「むふふ。本日の仕事も完了かな?ロバート君。」
むにぃと肩と首筋に柔らかい物が当たる感触、そして甘ったるい声。いつものスキンシップに少し安堵する。
「カルナか。職場には来ないように普段から注意しているだろう?」
私に絡み付くように回してきた腕を嗜めるように優しい握りほどく。
「え~?だって暇なんだもん!」
呆れてものも言えないとため息をもらし、椅子を180度回転させて振り返る。
そこには、背中までウェーブのかかった綺麗な茶色の髪を、左右に揺らし、体をくねらせて文句を言っている彼女はカルナ。元はアカシックの社員であったのだが、とあるACナンバーズに関わったことにより姿が変異した。
18歳にして他職員に追随を許さない綺麗なスタイルだったのだが、今はその半分が失われている。
顔や胴体のボディラインは人間と同じなのだが、所々が違う。
まず彼女のお尻の少し上から長いしなやかな白いしっぽが生えていて、皮膚は真っ白な柔らかい毛に覆われている。そして頭には白いネコ耳が生えている。
そう、カルナは猫娘なのだ。
いつも、毛が触れて気になるからと服は着ないのだが、さすがに他の職員達への配慮なのか、人としての羞恥心が残っていたのか今は服を着ている。
こんな彼女だが、現在は私の妻ということになっている。
「そう言うな。君をACナンバーズと同じように扱わない。これは、かなりの特例なんだ。私が戻るまで部屋で遊んでいてくれ。」
そう、彼女はACナンバーズとして管理されるはずだった。
というのも、彼女が接触したAC-80は噛みついた相手に毒を注入させ、同族に変化させるといった特性をもっていたのだ。
AC-80に噛まれたカルナは、ACナンバーズである「ドクター」に治療され事なきを得たのだが、ドクターでも完治はできず半分人間半分獣の姿となってしまった。
アカシックの長である『スターラン』は今後変化しないという保証が無いと意見し、カルナを管理するよう要請したのだが、私が面倒を見るということでなんとか納得してもらった。
と言っても、私達アカシックの社員を束ねるトップファイブの一人であるアリスト様が「もしもの時に直ぐに私が動く」と肩入れしてくれた事もあっての事なのだが。
そして、名目上は社員の部屋で管理をしているということで、カルナはある程度の自由が許されている。
そんなカルナだが、本人は元社員として内情を知っているためある程度の事は黙認されるとわかっており、たまに社員達がいる階層まで遊びに来るのだ。
「別に良いでしょぉ?一応人間なんだし問題無いって。」
「それを言うなら、一応獣なんだから問題はある。」
「むう、けち。元々ここの社員なんだからみんななんとも思わないって。」
確かに、カルナを元社員だと知っている者達ばかりなので問題が無いように思えるが…。
そう考えた矢先、突如私の前を何かが通る。それは銀色のロボットのアームのようになっており、こちらを見ていた社員の一人の腕や足を拘束して宙に浮かす。
「うわ!?なにすんだよ!」
「ビピー。AC-ナンバーズヘノ特殊ナ感情ノ揺ラギヲ検知シマシタ。矯正施設ヘ連行シマス。」
「違う!俺は単にケモナーなだk…。」
社員の一人は抵抗むなしく何事かを言いながらそのアームに連れていかれた。
「わかったか?お前が来るとちょっと性癖が拗れてるだけの真面目な奴がああやって連れてかれるんだ。」
呆然と連れていかれた社員の方を眺めていたカルナは真顔で私の方を向いて。
「自重します。」と返事をした。
そう、ACナンバーズは非常に効率のよいエネルギーを生産する反面。その特性から魅了され操られたり、生け贄になってしまうなどといったケースもある。故に社員達の感情に変化が起きた際に影響を及ぼすと登録されているACナンバーズが近くにいた場合、先程の様に『まとも』になるまで考えを改められる場所へと連行されてしまうのだ。
ま、自業自得だな。そんな風に鼻で笑ってやりながら私は椅子を180度回転させてデスクワークに戻る。
その間も、カルナは嫉妬と熱視線を浴びる豊満な胸を私の肩と首筋に押し付けてきていた。
その日の午後、社員達からの管理の報告を受け取る。全階層、問題なし。
今日の仕事も終わり明日に備えて交代をしようと思い、テーブルに置かれてある交代のベルを鳴らそうと手を伸ばした時、がっしと何者かにその手を掴まれる。
誰だ?と鬱陶しく思い見上げると、トップファイブの一人であるアリスト様がいた。
「やあ、ロバート。申し訳ないが綺麗な奥さんと一緒に少し残業してもらえるかな?」
私は驚きのあまり声が出なかった。トップファイブであるアリスト様がわざわざ社員階層まで来られるなんてただ事ではないからだ。
「アリストさんこんばんは。」
「はい、こんばんは。」
「ばっばか!アリスト様だろ!」
カルナがフランクに話しかけるものだから慌てて訂正させようとする。
「いいのいいの、名前なんて記号でしかないからね。好きに呼べばいいさ。」
にこやかに笑うアリスト様。いつも笑顔を崩さず接してくれるのだが、私はそれ故にこの人に恐怖を覚える。
この人の笑みは、まるで生きる事を諦め感情を放棄しているような。そんな冷たいものに感じるのだ。
「それて、どういった用でしょうか。」
そんな恐怖を圧し殺し、毅然とした態度で質問をする。
「うん、実は近々『散歩』が必要かもしれないんだ。」
「っ!!」
散歩、その単語を聞いて私とカルナに緊張が走る。
「確かな、情報ですか?」
「うん。『観測者』からのお告げがあったのと、ヤグルマエレクトロニクスに潜入している社員からの情報を集めた確かなものだよ。30人ってとこかな?」
「そう、ですか。」
「うん。それだけ言っておきたくてね~じゃあ残業終了、おつかれちゃーん。」
アリスト様はヒラヒラと手を振りながら部屋を出ていった。
「散歩が近いのか…。」
「嫌になるね。」
「ああ、あればっかりは慣れないだろうな。」
ため息をつきながら、私は交代のベルを鳴らした。
静かな牢屋のような部屋の中、俺は所々欠けたベッドの上で、うつ伏せになっていた。
「暑いなぁ。」
俺、AC-37こと暴食獣はあまりの暑さにやる気を無くしていた。
飯は旨いのでそれを食べている間は幸せで気にならないのだが、朝食を食べ終わるとふいに暑さを思い出し、ぐったりとなってしまう。
「ふむ、確かにどうも蒸し暑いな。」
汗一つ流さずに、俺の友であるAC-25こと 知恵の王は他人事のような感想を述べて本を読んでいる。
「よく読んでいられるな。こんな暑い中で。」
「私からすれば、こんな暑い中あれだけ食事ができる君が羨ましいよ。」
「なにを言う!旨い物を食べずして何が生きるといえるか。」
「ふむ、まったくだ。」
暑さで面倒になったのか、てきとうな相づちをうたれる。
「うぅ…俺の部屋ハウスメイトが冷たいよぉ。」
「君ね。ずっと前から突っ込んでおこうと思っていたがね。シェアハウスと部屋をかけて言っているのだろうけど、部屋ハウスだと、ただ家にある部屋ってことになるんじゃないのかい?」
「さあ、語感で言ってるから。」
「君も素っ気ないじゃないか。」
二人で嫌みなやりとりをしながら無駄に過ごす午後。
夕食はまだかと待っていると、廊下の方から足音が響いてきた。
夕食にはまだ早い。それにいつもと逆の方から足音がするし、料理を運んでくる台車の音もしない。
足音は時折止まっては動きだし、また止まって動きだし、徐々にこちらへ近づいてくる。
なんだろうと、鉄格子の方を見ていると、その足音の主が姿を現した。
そいつは、いつも料理をもってきている社員達とは装いが違った。
緑のシャツに赤いズボンをはいて、白衣を身に纏った気だるそうに沈んだ目をしている男だ。
髪は緑色でクセが凄く。まるでワカメのようなヘアスタイルだ。
「25、いいかい?」
その男は、知恵の王を呼んだ。すると、本を読んでいた知恵の王が、本を閉じて珍しく自分からその男の方へ寄っていった。
「やあ!ソコヤンじゃないか!君のような者が来るとは、大事かい!?」
知恵の王は、目をキラキラとさせて新しい物を見つけた子供のようにはしゃいでいる。
ソコヤンと呼ばれた男は、へっと笑い「喜べよ。明後日が散歩の日になった。」と知恵の王に伝えた。
「おやおや!?今年はないかと思っていたが来てしまったのか。」
「ま、そういうことだ、じゃあな。」
伝えることは伝えたと言わんばかりに、ソコヤンはさっさと来た道を戻った。
「いやぁ、嘆かわしいことだね。」
嘆かわしい、と言っているが知恵の王は言葉とは裏腹にその表情はウキウキとしている。
「そんで?その散歩ってのはなに。」
いつものようにニヤニヤ笑って誤魔化されるだろうとダメ元で聞いてみたが、知恵の王は答えてくれた。
「言葉通り散歩をするんだ。我々のように部屋で管理されている者達がね。」
「それだけ?」
「それだけだって!?ずっと部屋に籠りっぱなしの我々がアカシックの外を歩けるまたとない機会なんだよ!」
「ああ…てっきりこの会社の中を歩き回るだけかと思ったけど、外に出られるんだ。」
「君…反応が薄いね。」
「いやぁ、正直にここが居心地よくて外にもう興味が無いって言うか。まあ運動ができるならありがたいかなって印象?」
「はぁ……君はここへ来てまだ2ヶ月程度だったね。これの有り難みがわからなくても仕方ないか。」
価値のわからない奴め。と吐き捨てられたような気もするが、俺は感じたことを感じたままに言っただけだ。そんなに失望される謂れはない!
「もっとも、君の場合は散歩だけで済まないだろうがね。」
「ん?どういうことだよ。」
「さてね。」
知恵の王は完全に拗ねたようで、意味深な事を言ってそのまま椅子に戻り読書を再開した。
言葉の意味は気になるが、当日までの楽しみにしておくとしよう。
俺は再び軋むベッドでうつ伏せになり、夕食を待った。
散歩の話題が出てから二日が経ち、ついにその日を迎える。
俺はいつも通りの時間に起床し、朝食を待つ。すると、普段より早くフードを被った社員が一人こちらへやってきた。
「25。37。散歩に行くぞ。」
男はそれだけ言い部屋の鉄扉を開く。
どうやら出てこいってことだ。それぐらい口で言えばいいものをと心の中で悪態をつきながらも素直に部屋から出る。
知恵の王も出てくると、扉を施錠すると、男はいつも社員達が来ている方へと歩いていく。
男の後をついていく最中、別の社員達ともすれ違い、その社員達もまた後ろに俺達ACナンバーズの誰かを、何人或いは何匹か連れていた。
部屋から外へ出たことは一度しかない上に、部屋の前を社員以外が通ったことはないからジャスティス以外、他の異常生物と会った事は無いので初めて見る顔ばかりだ。もっとも時折顔の無い奴もいたが。
だが、社員はフードを被っている事が大概なので、人間のように見えて、アレも俺と同じACナンバーズってやつなんだろうなとわかった。
すれ違った社員達も俺達と同じ方へ向かっているようで、気づけばかなりの大所帯となった。
先頭を行く男に続いて廊下を右へ左へと歩いていくと、突き当たりにエレベーターを発見する。
男がエレベーターまで着くと上へのボタンを押す。
エレベーターは上の表示を見ると今はかなり下の方へ行っているようで、知恵の王の教えが間違いないのであれば、エレベーターは現在『平社員』の階層にいるようだ。
「しばらくかかりそうだな。各自ここで待つように。」
俺達を誘導していた男はそう言い残し、どこかへ歩いていってしまう。
それにつられて、数名の社員がこの場から離れていった。
おいおい、自分で言うのはなんだが、良いのか?俺達を自由にさせて。
てきとうな仕事ぶりに呆れていると、後ろの方が少し騒がしくなってくる。
「いやぁ、こうも集まると肩が凝ってしまうな。」
最初に聞こえてきたのは勇ましい声だ。
「肯定-心理的緊張、ストレスによるものと推測。」
それに対して機械を通して話しているような声がした。
『私今日は部屋で編み物をする予定だった。』
次に空中にこのような文字が浮かんだ。
「社員落とせそう?」「まだまだ。」「昨日の飯はどうだった?」「そういえば少し前に脱走あったよね~。」「あ、いたいたおひさー!」
まるで声が敷き詰められた蓋が開けられたように、途端に騒がしくなる廊下。
普段の生活からは考えられない賑やかさである。
この場に残った社員も制止をしない辺り、別に会話はしてもいいのだろう。
賑やかな後ろを眺めていたら、その列からこちらへ向かってくる赤い髪の毛を発見する。
徐々にこちらへ近づいてくる赤い髪。顔が見えないことから身長は低そうであるとわかる。
そして、ついにその赤い髪は集団からぽんと抜け出し姿が見えた。
「おっとっと。」
集団から出てきた拍子に転けそうになりケンケンをしながらこちらに来た者は、端的に言えば女学生といった見た目であった。
白のブラウスに紺色のスカート。靴は運動靴という出で立ち。
「ほっはっよっ!」
三歩四歩と俺の前までケンケンをしたその少女は、最後にピタッ!と両足を広げて仁王立ちし、どや顔をしてこちらを見ていた。
「おや?空亜じゃないか!」
いままでずっと読書をしていた知恵の王が、急な来訪者に驚いているようだった。
「や!知恵の……25!元気?」
ビシッ!手のひらを突き出して元気よく挨拶をする少女。
「ごらんのとおり。」
「いいねぇ!」
返事を聞き少女は明るげ笑う。
なんだこの子は。
しげしげと少女を見ていると、知恵の王が耳打ちをしてきた。
「彼女はAC-909 片野空亜ちゃんだ。超有名アイドル。」
「は!?カタノソア?アイドル?」
「いいから、アイドルなんだ彼女は。」
「あ、そう。」
知恵の王が言うんだ。決して冗談などではなく、本気でアイドルなのだろう。
それでも変なやつだとマジマジと見ていると、空亜ちゃんが手を伸ばしてきた。
「あたし片野 空亜!君新人の暴食……37だよね?よろしく!」
「ああ、よろしく片野さん。」
握手をかわすと、少女は赤いポニーテールを揺らし、空いた手の人差し指を立てて、チッチッチと舌打ちをして。
「ダメダメ!そんな固い呼び方。空亜ちゃんって呼んでくれなきゃ!ほら、ソアちゃんって!」
「え、そ、ソア ちゃん。」
「聞こえないぞぉ?大きな声でせーの!」
「そ、ソアちゃーん!」
「もう一回!さんはい!」
「「ソアちゃーん!!」」
「いえー!ソアちゃんでーす!」
ペロッと舌を覗かせて頭の上でピースをするソアちゃん。
てか、しれっとお前も叫ぶのか知恵の王よ。
名前を呼ばれて上機嫌になったソアちゃんは、「こんごともよろしく~!」と再び握手をして帰っていった。
「なんだったんだ…。」
「ほら、アイドルだからね。名前と顔を覚えてもらわないといけないから。」
「それだけ?」
「だろうね。」
なんとも変わった人だこと。
肩をすくめていたら、社員達がぞろぞろと帰ってきた。
それと同時にエレベーターがチン☆と鳴り扉が開く。
中は以前行った食堂ほどの広さがあり、隅の方に先客が数十名塊になっている。
「ほらさっさと乗れ。つっかえているぞ。」
後ろにいた社員に小突かれてエレベーターへ入る。
エレベーター内は、床も壁も天井も銀色に輝いている。辺りを見渡しても広いだけで物は置いておらず、まるで銀色の箱に閉じ込められた気分になる。
まあ、エレベーターってそういうもんなんだろう。
全員が入ると、「ドアが閉まります」と女性の声がして扉は閉じられる。
ガクンと一度床から衝撃を受けると、エレベーターの階層を表示したモニターが上へ上へと動いている事を示している。
数分経っただろうか、またガクンと床から衝撃を受けると「ドアが開きます」と女性の声がした後に扉が開く。
その時、俺は扉から覗く景色に驚きのあまりその場で立ち尽くしてしまった。
なんと、森が見えるのだ。
それも俺が住んでいた森だ。
いつの間にか俺は外へ出ていた。
地面に触れる 草に触れる 木に触れる
この匂い、間違いない。俺がいた森だ!
「もしかして、ここが君の故郷かい?」
いつの間にか隣に来ていた知恵の王が声をかけてくる。
「ああ、間違いない。」
「そうか。」
それだけ聞くと、知恵の王は離れた。
懐かしい。あそこに馴染んでいたからもう何年も帰っていなかったような懐かしさがある。
感傷に浸っていると、また声をかけられた。
「おいお前。勝手に抜け出すんじゃねぇよ。説明は聞いてるのか?」
声のする方を見る。だが、誰もいない。
気のせいか?と首をかしげると、足に痛みが走った。
「いぃった!」
脛を蹴られたようだ。屈んで痛む脛をさすっていると、ちょうど顔が現れた。
「たく。人が話しかけてやったって言うのに無視してるんじゃねぇぞタコ。」
先程聞こえた声と同じだった。
そこには、短い紫髪の少女がいた。
少し丈の余っている上下黒のスーツに、高価そうな黒い靴を履いている。
「なんだお嬢さん。俺になんか用?」
「はあ!?なんか用?じゃねぇよ!お前がいきなり列から離れたから戻るよう言ってやってんだよ!」
可愛らしい声とは裏腹に威嚇的な発言をする少女。服装も変わっていると思ったが何より目を引いたのは、背中から覗かせている剣だ。
少女の身長は110センチメートルあるかと言う高さなのだが、少女が背負っている剣は少女の身長とほぼ同じ長さであった。
少女は面倒くさそうな顔をして、自身の後ろを親指で指しながら「おら、さっさと戻る!」と俺に命令する。
この少女もフードを被っていないし、人間に見える異常生物なのだろうか。
なんにせよ、俺の先輩というものにあたる人なのだから、従った方が良いだろうと考えへらへら笑いつつ頭を下げて言われた方へ歩く。
少し歩くとテントがいくつか建てられていて、社員達の姿はなく、ACナンバーズだと思われる者達が皆思い思いの行動をしていた。
焚き火をする小人。ストレッチをしている獣人。地面に幸せそうな顔で寝そべる羽の生えたライオン。
本当にいろいろな奴がいるんだなと見渡していると背中をつつかれた。
「ぼーとしない!奥のテントで説明聞いてくる!」
どうやら先程の少女が剣先でつついていたらしい。吠えるようにまた俺に命令をしてくる。
「はいはい。」
「駆け足!」
「わかりました!」
キレ気味に返事をして、奥のテントへと走る。
テントへ着きカーテンを開けて中に入る。そこには、前の事件で会った金髪の男性がいた。
「お、来たか。久しぶりの故郷はどうだった?」
俺に気づくと、男は手を上げて座ったまま軽く挨拶をしてきた。
「え?どうって言われても、なんかちっちゃい奴に怒られたんだけど。」
「ああ彼女か、今回の散歩の責任者の一人なんだ。気が張っているんだろう。許してやってくれ。」
「はあ、そうですか。」
「さて今回初参加の君には散歩について説明をしようか。」
男は俺に座るよう促してくる。
それに従って男と座り向き合う。
「まず、基本的に好きに行動してもらってかまわない。ここに来ている君達には、ある程度の信頼があるから逃走などもしないと考えての処置だから、引率する社員から離れすぎないようにだけ気をつけてくれ。」
「社員の人がついてくるのか?」
「ああ、それぞれに一人ついている。そして、散歩の期間は三日間だ。」
「三日も!?」
「そうだ。まあ散歩と言うよりちょっとした外泊だと思ってくれ。」
「ふんふん。わかった。」
「それと、注意事項だが。」
そう言って男はテーブルの上に地図を広げた。
「まず、ここが現在地であるメインキャンプだ。」
男は、地図の真ん中に△を描いてそれを大きな赤い丸で囲んだ。
「そして、この範囲にフードを被った引率以外に警備をしている社員がいる。彼らに会ったら挨拶をするように。」
「いや、範囲って言われても困るんだけど。」
「安心しろ。しっかり範囲がわかるように赤いテープで囲んであるから、それを目印にしろ。」
「ん、うーんわかった。」
「それと範囲からは出るな。」
「はいはい。」
「最後に一つ重大な事を。」
と言って男は人の顔が写った物を何枚かテーブルに置いた。
「これはわかるか?」
「おう、シャシンだろ?」
「よしよし、この写真に写っているこの30人の誰かにでも会った場合についてだが。」
「うん?」
「まず話しかけろ。それで自分についてくるように言うんだ。」
「はあ、なんで?」
「いいから伝えるんだ。もし拒むようなら無理矢理にでも連れてくるように。」
「ええ…なんでそんなことしなきゃいけないんだよ。」
納得がいかない事を伝えると。男はため息をしながら一枚の写真を指さしながら、こう続けた。
「簡単に言うと、この髭面の男はアカシックを滅ぼそうとしているんだ。」
「え!?」
「そして、残りの者達は全員この男の部下なんだ。だから捕まえて欲しい。」
急な話に驚くが、なぜ無理矢理にでも連れて来なければならないかは理解した。
何度も頷いて男の言葉を噛み締めていると、さらに男は続けた。
「まあ、そんな訳だからこの写真の者達を見つけたら捕まえる。それ以外は範囲からでなければ好きにしていい。特に君は故郷に少しの間とはいえ帰ってこれたのだからな、あまり行動にも口出しをしないように伝えておくよ。」
そこまで言うと、男は地図を丸めてしまった。
「ではもう自由してくれかまわない、時間をもらって悪かったな。」
そう言ってこちらに手を向けて、帰っていいぞとジェスチャーをされたので、頭を下げてテントを出る。
辺りを見渡して、また懐かしさに浸る。
突然とはいえ故郷に帰ってこれたので、写真の男達のことも気にしながらお言葉に甘えて満喫しよう。
そう決めて、ぐっと背伸びをした。
新暦19年 7月の最初 レポート
今回の散歩の責任者として割り当てられた
最悪
ぶっちゃけ脱走させないようにしてるくせに外に出すとか■■だろ!■■!■■■■!
あいつらのストレス解消に役立つとはいえ、戦闘を仕掛けて来てる奴ら程度なんか、あたし一人で事足りるのに、上はちょうどいいと思っているんだろうけど、仕事が増えるだけでいい迷惑だ。
人数は30人と少ないので、さっさと済ませて二日間休暇にしてやろうと思う。
あと、あたしの事をお嬢さんなんて舐めた呼び方してたあいつはあたし直々に■■■■■■!■■■!■■■■■!!
とりあえず、仕事に戻る。
はあ!?ちゃんと読み上げてるでしょ!?ああ!むかつくむかつく!■■!■■■■!■■■■■■■■!
記録者 グワルト
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