第2話

 アカシック。超常現象や異常存在を調査し、管理をする秘密結社。

 その表向きの仕事は、豊かに暮らす人々が日常的に使用する電気やガスなどのエネルギーの提供だ。

 どのようにそのエネルギーが作られているかは公になっていないが、世界の8割をこのアカシックが賄っていることから、深く追及する者は少なく、むしろ多くの人々に受け入れられている。

 そんなアカシックの社員達の上級役職の者が住んでいる地下二階。その奥にある一室に、一つの異常存在が座らされていた。


 う……う~ん………頭がぼ~とする。目も霞んでる……。

 朦朧とする意識を覚ますように、ブルブルと顔を振るう。

 何度かまばたきをして、ようやく視界もハッキリしてきた。

 どうやら俺は、自分の部屋以外の場所で座らされているようだ。牢屋のような自室とは違い、壁も木目が綺麗に並んでいて、何人かで食事ができそうな大きなテーブルが目の前にある。

 テーブルの中心にはランプが灯っていて、明るい部屋ではあるが、心が落ち着く雰囲気を醸し出している。

 他にも色々とあったが、それらを見ていると、部屋の奥にあった扉が開き、1人入ってくる。

 服の色合いこそグレーであったが、フードはしておらず、金髪のつり目の男が俺を見て、にこりと笑うと「ああ、目が覚めたか。ご機嫌はいかがかな。」と厳つい見た目に反して柔らかな口調で質問してきた。

 「まあ、その、なんというか。体調は大丈夫ですけど、ここがどこかわからず困惑?みたいな?」

 少し大袈裟に左右を見渡し、方をすくめて答えると、金髪の男はどこか楽しそうに笑うと「そうか、話ができるなら結構。」と言って、テーブルを挟んで俺の前の椅子に座る。

 「早速で悪いが、これを見てくれるか?」

 そう言って何か横長の四角い物を俺に向けてきた。これはわかるぞ、知恵の王から聞いた『タブレット』ってやつだ。

 そのタブレットに、何かが映る。

 社員がいっぱいいて、それを上から見ているような映像だ。

 「これは、昨日の出来事を監視カメラから引っ張ってきた映像だ。わかる?監視カメラ。」

 「えっと……確か、何か問題がないかを記録する装置って知恵の王が言ってた。」

 「そうか、25と同室にしたのは正解だったな。」

 とは言え、引っ張ってきたって点はよくわかっていない。餅みたいにびろーんと伸ばして持ってきたのだろうか?

 モヤモヤとした気持ちで映像を観ていたら、突然社員達が武器を構える。

 なんだなんだとじっくり眺めていると、社員達が武器を構えた方向から、黒い毛のような物が覗かせた。

 それに向かって社員達は発砲。十発以上は発砲されると、黒い毛はみるみるうちに画面端へと消えた。

 数分後、1人の社員が人混みを掻き分けて黒い毛が消えた方に歩いていく。

 そして、そこで画面は途絶える。

 「これに身に覚えは?」

 「身に覚え…って言われても。」

 そもそもなんだったんだ今のは?

 「今観てもらった物は、君が夕食の為に大量発生した48を食べて頂いた。そして、途中で君は身体から黒い体毛を生やしじがを失ったんだ。やはり覚えていないんだね?」

 「黒い、少し見えてたやつですね。ぶっちゃけずっと言ってますけどなんの事だか……でも、確かに途中からなんも覚えてないんですよね。」

 俺の言葉を聞き、金髪の男はタブレットを操作して、ふむふむと頷いて「OKだ。じゃあ今日は私達の食堂で朝食を取った後に、自室に戻ってもらおう。」と言い立ち上がった。

 食堂!いっぱいの料理をいっぱいの人で溢れかえった所で食べるんだ!

 俺も立ち上がり、男の後をついていく。

 部屋を出ると、いつも出会っていた社員達が、服装こそ同じであるがフードは被っておらず、皆素顔をさらしている。

 他の社員が前を行く金髪の男とすれ違う際に、決まってその場で立ち止まり「お疲れ様です!」とお辞儀や敬礼をする。

 男は慣れたようすで片手を上げて、「ああ、お疲れさん。」と軽く挨拶を返す程度、なるほど、森で読んだ雑誌から得た情報から考えるに、こいつは『偉い』んだ。

 5分ほど歩いて、男がさっと左手側の扉を開く。そこには、雑誌で見たことのある広々とした食堂があった。

 1つで8人が一緒に食事ができそうな大きなテーブルがいくつも均等に並べられていて、部屋の一番奥に、カウンターがありその上の壁にはメニューが書かれた札が何十枚もぶら下げられていた。

 知らない字で書かれた物もあるが、半分くらいはカタカナで書かれていて読むことができた。

 「ふわぁ、すげぇ数書かれてる。あれの中から選ぶんだよな?」

 「そうそう、森生まれという割には君は言語も理解できているし、非常に接しやすいね。」

 「いつも遊んでる広い所で、よく雑誌とか本が落ちてるんだよ。あとはたまに子供とかが話してるのを聞いて、ある程度は勉強したんだ。せっかく落ちてるものがあるのに読めなきゃ意味ないだろ?」

 「独学で言葉と文字を理解できる知性か…。」

 「なんだよ。」

 「いや、物を考えるのが趣味なんだ気にしないでくれ。」

 むすっとした顔をしていたが、すぐにケロッと笑い「それで?何を食べるんだ?」と俺に注文を促した。

 「そうだなぁ、まずは…。」


 軽く8品ほど注文をして、男と一緒に一つの席へ座る。

 先に出てきたラーメンを食べながら、他の物が運ばれてくるのを待つ。

 すると、男が話しかけてきた。

 「食べたまま答えてもらって構わないので、質問をしていいかな?」

 「なに?」

 「君は、木々や作物を荒らしているとして、ここで管理されるようになったんだ。その事について不満は?」

 「あ、俺ってそんな理由だったんだ。」

 「おや、理由も知らず連れてこられたのか?」

 「おう、なんか追い詰められて、銃でばーんて撃たれて、気づいたらここにいた。」

 「なるほど、なるほど。」

 男はまたタブレットを取り出して忙しなく操作する。

 「それで、ここにいて不満は?」

 「え?あ~最初は意味わかんなくてキレてたけど、旨いもんタダで食わせてくれるし、森にいた時みたいに運動はできなくなったけど、まあいいかって感じ。」

 「ふむふむ。」

 「でも、やっぱりショックだなぁ。俺ってずっと自分が人間だって思ってたからさ。」

 「そうか……一つ聞くが、親などは?」

 「ずっといないけど?」

 「……そうか。」

 男はまたタブレットを操作する。

 それから料理を全部食べ終わるまで、ずっと男の質問に答えていた。どうやら俺に興味深々ってやつだ。

 多分100個くらい答えただろう。やっと男は納得したのか「ありがとう。参考になったよ。」と言ってタブレットを閉まった。

 そこへ、食堂の扉が勢いよく開かれた。

 「はーっはっはっはっはっはぁー!!」

 扉を開けた者の正体は、なんと言うか、奇抜な奴だった。全身が白のラインが入った赤いスーツ、赤いマント、赤いヘルメット。あれだ、ヒーローってやつだ。俺の印象はそんな感じだった。

 「やあ、ジャスティス。元気そうだね。」

 「ああ!今日も!僕は!絶好調さ!」

 一言一言発する毎に違うポーズを取り、その度にどこからともなく、シュピッシュピッとか、ビシッ!とか、キラーン!とか変な音が聞こえてきた。

 そして、ジャスティスと呼ばれた赤ヒーローさんは、俺に気づくと「むむ!」と言って、ダダダダダダと音を出しながらこちらへ走ってきて、キュキューという音と共に俺の前に止まる。

 「君は!(シュピシュピ)僕と同じ!(シャシャ)ACナンバーズだね!(ギャピーン!)」

 「うるさいなぁその音(そうだよ)。」

 「ふっ。(シャラン)すまないね。(フルフル)これは僕の特性なのさ!(キラーン)」

 どうやら本音と建前が逆になっていたようだ。まあ、本人が気にしていないみたいだしいっか。

 「ところで、ジャスティス。なにか用かい?」

 「おっと、僕としたことが!(ガガーン)なに、君たち人間以外の気配がしたのでね!(ビシッ)ちょっとしたパトロールさ!(キララーン)」

 「そうか、わざわざありがとう。」

 「ああ!(ビシッ)では、私は再びこの会社のパトロールに戻るとする!(グッ)また会おう友よ!」

 ピゅ~んと間の抜けた音を鳴らして、ジャスティスは食堂を出ていった。

 「騒がしいやつですね。なんなんですかアイツ。」

 「はは、彼の事が知りたいなら、25に聞いてみるんだね。」

 ?なんだ、今この男の発言に凄い違和感があった。

 何に違和感を感じたのか考えていると「それじゃ、食べ終わったようだし、そろそろ戻るぞ。」と男に言われて、俺は思考をやめ、男についていき自分の部屋に戻る。

 階段を上がり、色々な扉がある廊下を歩いていく。しばらく歩くと、鉄格子の向こうに椅子に座り読書をする蛇が見えた。俺の部屋友、知恵の王だ。

 「やあ、帰ってきたね。」

 鉄格子の扉が開かれてあれが入ってくると、その音に気づいてこちらを見た知恵の王が本を閉じて少し嬉しそうに迎えてくれた。

 「それじゃ、私はこれで。」

 そう言って男は帰っていった。

 ご飯を食べさせてくれたお礼を言い忘れてしまった。

 「さてさて、何があったか聞かせてもらえるかな?」

 知恵の王は目を輝かせて、こちらへすり寄ってきた。

 俺は、昨日から今まであった出来事を話した。


 「ほうほう。毛が生えて…意識が無くなる。ふむふむ。」

 俺があの人から聞かされた事を詳しく話したら、知恵の王はずっと考える仕草で1人ぶつぶつと呟いて頷いている。

 「なあ、知恵の王…。」

 彼の名を呼んで、食堂で感じた違和感の正体に気づく。

 「どうかしたのかい?」

 「あ、いや、今言おうとしたこととは別なんだけどさ、そういえばなんで社員の人達って俺らを番号で呼んでるんだ?」

 「ああ、そのことかい。ふむ…簡単に説明をすると、力を付けさせない為だね。」

 「力をつけさせない?」

 「そうだ。名前のというのは強力なものでね。その者の存在をより確かな物に確立させる力があるんだ。」

 「確かな物?」

 「そう、名を与えるという行為は、存在の固定化と言っていい。もし危険な存在がより磐石な力をつけたら厄介だろ?」

 「ふん。なるとなくわかる。」

 「だから、彼らは我々に名を与えず、ただの数字で呼ぶんだ。」

 「ほー。」

 「もっとも、数字という物にも強烈な意味を持つ物も時としてあるがね。」

 はっはっは。と愉快そうに笑う知恵の王。俺は彼に、更に質問をする。

 「でもさ、俺さっきジャスティスって奴に会ったぞ?あいつは名前で呼ばれてた。」

 「ああ!彼に会ったのかい。賑やかだっただろう?」

 「やかましかった。」

 「そうとも言う。」

 「んで、あいつの事が気になるならお前に聞けって。」

 「なるほどなるほど。良いだろう!この知恵の王が直々に説明しよう!」

 ビシッと人差し指を立てて、知恵の王はチョークをテーブルから取り、壁に絵を描き始める。

 知恵の王は、カッカッカッと軽快な音をたてながら、決めポーズを取るデフォルメされたジャスティスの絵を描いた。

 「彼はジャスティス。番号はAC-666。管理レベルはアウトだ。」

 「え、アウト!?確か一番ヤバイ奴が入れられる部屋の階層じゃなかったか?」

 「その通り。」

 「そんなヤバイ奴がなんであちこち自由に行動してるんだ?」

 「まあまあ、そう結論を急くな。説明中だろ?」

 知恵の王は、更に壁にチョークを走らせる。床に敷かれたカーペットにハラハラと白い粉が落ち、朱色のカーペットに不規則な模様を形成する。

 「彼はここに来た頃は、初めセーフの階層に管理されていた。」

 ジャスティスに吹き出しを描いて「セーフ!」と台詞を書いた。

 「彼は名の通り正義感が強く、脱走のサイレンが鳴る度に自室をご自慢の力で無理矢理脱走し、社員の手伝いをしていた。」

 「良いやつじゃん。」

 「その通り。だが、ある日問題が起こる。いつものようにジャスティスは脱走をして社員の手伝いをした。」

 知恵の王は更に絵を描く。

 「その時脱走をしていたのが、AC-735 姫だ。」

 王冠に綺麗なドレスを着た女性の絵に、知恵の王は735と数字を書いた。

 「姫?」

 「そう。姫はノーマルの女性でね。彼女と話した者は、彼女の声に魅了される。そして、彼女と接した回数が多ければ多いほど、彼女の発言が正しいと盲目的に思い込んでしまう特性があるんだ。」

 「はー、凄い能力だな。」

 「ま、彼女の解説はまたにして、ようは、姫はジャスティスに語りかけた。

『私はただ散歩がしたかっただけなの!何故こんな仕打ちを受けなければいけなくて!?』

と言ったそうな。そして、ジャスティスはあっさり彼女の悲痛な訴えを聞き。」

 「怒った。」

 「正解。可憐な女性を大人数で組伏せている人達。こいつらこそ正義の敵だ!と怒り社員を薙ぎ倒して回った。」

 「おぉ。でも取り押さえられたんだろ?アカシックの人達って銃とか持ってるし。」

 「ふふ、そうはいかんのだよ。」

 知恵の王は嬉々としてチョークを走らせる。ジャスティスの横に『特性!』とデカデカと文字を書いて、さらに特性を書く。

 「彼は正義なのだ。正義は勝つ。その理論がそのまま姿を得たのがジャスティスでね。自分が正義であるならば敵は悪。正義は悪に負けない。という理屈で彼は自身が敵とみなした者もからの攻撃的行為は一切効かなくなる。」

 「は?なんだそれ。最強じゃん。」

 「無敵と言ってもいい。しかし、それが彼の特性なのだ。派手な音を鳴らし、不利な状況になろうと、たちまちどこからともなく、戦隊物のヒーローが戦う時のBGMが流れだし、凄まじい力を発揮する。そうだな…拳を一発当てるだけで大男を何十人とぶっ飛ばす事ができるくらいには凄まじい力だ。」

 「あんなにふざけた奴がそんな強い能力持ちなんだ。」

 「ああ、その事件があり、彼は社員の味方ではなく敵になりうるとされ、一挙にセーフからアウトへ昇格。社員達は切り札を使い、ジャスティスを沈黙させた。」

 切り札?

 「なあ、切り札って…」

 気になって聞いたが、ふふ。と知恵の王は笑った。これは、その時になったときのお楽しみって奴だな?教えてくれないやつだ。

 予想通り。まるで質問は無かったかのように知恵の王はジャスティスの話を続ける。

 「アウトにされた彼は更に憤り、ほぼ毎日アカシックを壊滅させようと脱走を繰り返していた。そこへ、1人の社員がジャスティスの前へと進み寄り交渉、というより誤魔化しをした。私達は君の思っているような存在じゃない。人々から迫害をされた者達の居場所を作っているんだ。それを君にわかってもらいたい。そう言って、ジャスティスを社員達の素行調査させるという名目で解放し、信頼を取り戻し現在のように社内を徘徊させて自分達が正義だと思わせているんだ。」

 「ふーん。」

 「さて、そして何故彼が数字ではなくジャスティスという名前で呼ばれているかと言うと、彼に力をつけて貰うためだ。」

 「え?強い奴が力を持ってしまったら危ないから数字で呼んで少しでも弱体化させてるんだろ?逆効果じゃないか?」

 「いや、そうじゃないんだ。彼は自分達が正義であると証明できればほぼ敵のいない超強力な味方になるんだ。なので、名前で呼ぶことで常に力をつけて非常時に戦力として戦ってもらっているんだ。」

 「ふーん……ようは、アイツって良いように使われてるんだ。」

 「そうだね。まあ、彼が良い気分で要られればそれがエネルギーを生むし、彼自身が楽しそうなので、別に良いんじゃないかな。」

 「……そうだな。俺には関係ないことだし、どうでもいいか。」

 「そう!そんな階層も違う奴の話より、カッペルオッタの続きをしようじゃないか!!」

 そう言って友人はテーブルに一枚の紙を広げる。カッペルオッタとは、知恵の王が考えたボードゲームである。

 「良いだろ!今日こそ勝ってやる!」

 やってやるぜ!と気合いを入れ闘争心を剥き出しにし、テーブルの向かいに座る。

 今のところ3戦3敗中であるため、今度こそリベンジをしてやる!



 

 

新暦19年。

5月5日。

レポート。

AC-48を所定の場所へ保管後、ミスをした社員は平社員へと降格され、5ヶ月の減給処分となった。

AC-37から話を聞き出し、上級職員が仕事の慣れからか、説明責任を果たしていないことが判明。アリスト様へもう少し社員の育成を厳しくしていただくよう苦言を呈そうと思う。

AC-96にAC-37を座らせ質問をしたところ。AC-37は変化の際の意識は無いことが判明。暴走状態あるいは別人格になっていた可能性がある。その後の質問から、AC-37の住む森で行方不明になった者がいるという通報から予測するに、AC-37が捕食をした可能際もあり。

AC-37に好きなだけ食事をさせたが、変化することはなく満足し、食事を終えた。

更なる調査を行い。AC-37の変化条件などの明確化が早期の問題になるだろう。




記録者 ロバート。

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