異常生命体管理社
バンゾク
第1話
「あそこだ!C班は回り込め!」
太陽の日も差さない森の中を、俺はグレー色のフードが付いたコート姿の男達に追われていた。
普段生活をしている森ということもあり、俺は右へ左へと茂みや背の高い草を利用し追手を振り切ろうとする。
だが、向こうは中々の手練れのようで、あまりこの作戦の効果は無い。
相手との距離も縮まり、ついには大木を背に追い詰められる。
俺を追ってきた奴らの手には、ライフルの様な物やバズーカの様な物がある。
「俺をどうする気なんだ…」
後退りしながらどうにか逃げ道がないか辺りを見渡すが、四方は既にフードの男達に囲まれていた。
すると、正面のライフルを持った一人が銃口を俺に向けてこう言った。
「安心しろ。君はただ静かに暮らせばいい。」
その言葉の後、銃声が聞こえ俺の意識は霧散し、気を失った。
気がつくと、俺はベッドに寝かされていた。
「どこだここ…」
体を起こして辺りを見渡す。
目の前には、鉄格子がある。左側には石造りの壁があった。
「へ、もしかして…ここって…」
さらに回りを見ると、ばったり蛇と目があう。
「うわぁっ!っぅ…」
驚いた拍子に、壁に頭を勢いよくぶつけた。たんこぶができたことだろう。
「やあ、気がついたようだね。」
蛇が喋った!今の俺はさぞ変な顔をしていたことだろう。
驚きのあまり、目を見開き、唇が前へ突きだしていた。
「それは、なにか挑発をしているのかな?」
顎に手を当て、観察するようにこちらを見据えて蛇は言う。
「いえ、驚いているだけです。」
「そうかい、まあ無理もないね。こんなに美しい鱗の蛇はそうそういない!」
うむうむと嬉しそうに頷く蛇。
「いや、あなたが喋っているから驚いているんです。」
蛇の言葉を訂正すると「なんだ」とつまらなさそうに肩をすくめて、蛇は俺から離れて椅子に座った。
冷静になって、蛇をよく見てみると、手足があった。顔と体こそ爬虫類の蛇のそれだが手や足は鋭い爪こそあれど、人のそれに近い。
体長は2mぐらいだろうか、椅子からはみ出したしっぽが、ぺちぺちと暇そうに椅子の脚を叩いている。
椅子に座った蛇は、机に置いてあったメガネをかけて、本を読みだした。
俺に興味をなくした蛇を横目に、辺りを詳しく見ると、やはりここは牢屋の中だった。
石の壁で三方を囲まれていて、一方は鉄格子と1メートル位の高さの鉄扉がある。
ただ、不思議なのは床はふかふかのカーペットが敷かれている。
そして、この牢屋には机と椅子と本棚と…蛇がいる。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、ここって牢屋…ですかね?」
俺に話かけられて、蛇は「うん?」とこちらをちらりと横目で見て本を読みながら「ここ、というのが今私と君がいる部屋をさしているならそうだね。」と答えた。
「それ以外ないでしょ。意地悪な言い方はしないでくださいよ。」
コイツめんどくさ。と心の中でも悪態と唾を吐きながら言うと、蛇はパタリと本を閉じてこちらを見た。
「いや、すまないね。ここ、という意味でも2通りの質問に聞こえたものでね。」
そう言って、椅子から立ち上がりこちらまで来た。
「君、『アカシック』はわかるかい?」
「あかしっく?」
「そう、この部屋の管理人とでも言おうか。ここはアカシックという会社なのさ。」
へ?会社?でも管理がどうのって…。
「ふむ、同じ部屋になったのは何かの縁だ。『知恵の王』である私ことAC-25が直々に説明をしてあげよう。」
ピッと人差し指(と言っても指は4つしかないのでその表現は合っているかわからない)を立てて胸を張り語りだす。
「アカシックとは、超常現象や異常存在を調査し、それを安全な場所で管理するのがアカシックの目的なのだ。」
「管理……待ってください。じゃあ俺ってそのアカシックって会社に今捕まってるってことすか?」
「ここにいるんたし、そういうことだね。」
「そんな!?俺ただの人間っすよ!」
「ふむ、ただの人間……ね。」
「そうっすよ!」
そんな変な会社に捕まる理由なんてない!
確かに森で一人で暮らしていたけど、ただそれだけの人間だ!
憤りを露にし、近くにあったお菓子を食べる。すると蛇は考えるような仕草をとり、まっすぐ俺を指でさしてきた。
「ところで君、それは何をしているんだい?」
「何ってお菓子を食べてるだけですけど。」
「そうかい……君ね、蛇人の私が言うのもなんだがね。」
ポリポリと頬を指でかきながら蛇は何か言いづらそうにして、それでも指摘をしてきた。
「普通の人間は、ベッドの木材を一部をへし折ってお菓子だなんて言いながら食べたりしないんだよ。」
は?なんだって?
こんなに手頃な食べ物が、お菓子じゃない?何を言っているんだ?
「は、知恵の王だかなんたか知らないけどさ、俺は物心がついた時からこれをおやつにしていたんだよ。これがお菓子じゃないならなんだ?主食だとでも?」
あまりにもおかしな事を言うもので、失礼ながら鼻で笑ってしまった。
すると、気を悪くしたのか、蛇はメガネをくいっと上げて、厳しい表情でこちらを見ながら答えた。
「なんだって君。それは木だよ。」
「そんなのわかってるよ。」
「あのね、人間は木を食べ物としていないんだよ。」
「は?」
これをたべない?
「あんたさ、見てわかんない?俺は今食べてるじゃん。食べ物としてるじゃん。」
「だから、つまるところだね。君は人間じゃないんだよ。」
……俺が、人間じゃない…?
「な、何を言って…俺は見ての通り頭があって、手も足も胴体もある!髪の毛も!どこからどう見ても人間だろ!」
必死に訴える。
俺は目も二つあり鼻も口もあり、二足歩行で、頭も体もある。立派な人間だ!
蛇は、上から下へじっくり俺を舐めるように観察する。
「なるほど、確かに人そのものだ。……わかった。君の言うことはそういうことにしておこう。ただの偏食家かもしれない。」
そう言って、諦めた様にまた椅子に座り本を読みだして、「君がただの人間なら、すぐにここの記憶を消されて元の生活に戻れるさ。」と言って、この日はそれ以上会話をしなかった。
俺はただ、お菓子を食べながらその日は眠った。
次の日、目を覚まして、ベッドの上で呆けていると、鉄格子の向こうにフードの男が現れた。
「25!37!居るか!」
突然怒鳴るフードの男。俺は鉄格子に駆け寄り、その男に抗議した。
「おい!俺はただの人間だって!ここから出してくれ!」
フードの男は動じる様子もなく淡々と「37。お前は人間ではない。大人しくここで暮らすんだ。」と言う。
ふざけんなよ!と噛みつこうとしたその時、フードの男がもう一人廊下の方から何かを押しながらこちらへ来た。
「37。食べることが好きだそうだな。ここにある物を好きなだけ選べ。」
にっと笑うとフードの男はもう一人が押してきた物の布包みを取る
すると、そこには台車の上に多種多様な料理が並べられていた。
「えっ!これを好きなだけ!?」
「ああ、なにがいい?」
「ラーメン!からあげ!ハンバーグ!あ!その長い木の角材も欲しい!」
「そうかそうか、ほら、部屋に送るから離れなさい。」
言われた通りに鉄格子から離れると、鉄扉を開いて、先程言ったメニューをお盆に乗せて持ってきた。
「じゃあ、ここに置いておくからな。全部残さず食べるんだぞ。」
そう言って、フードの男は蛇の方を見る。すると蛇は、「読書の邪魔はしないでくれ」とでも言いたげに片手を軽く上げて、結構ですのポーズを取る。
俺の食べ物を置いたフードの男は牢屋から出る。
「昨日はバタついて来られなかったが、毎日朝と夕方に訪ねに来る。なにかあったら言うように。」
そう言ってフードの男達は台車に布包みを被せて、奥の方へと歩いていった。
俺は早速ご飯を食べ始める。
「うーん、うまっ!」
ラーメンをすすり上げ、スープを飲み干し、言われた通りに、全て食べる。
次に、からあげの乗った皿を丸ごと食べ、ハンバーグも鉄板ごと丸のみする。
「はー幸せ。こんな味なのか。」
森でたまに拾う雑誌にはよく載っていたが、実物を食べたのは始めてだ。
幸せを噛み締めつつ、1メートル程ある角材を少しずつ折りながら、食後のお菓子を楽しむ。
そこへ、蛇がやって来た。
「君、昨日はあれだけ憤っていながら、よくそんなに食事ができるね。」
「へ?これってお詫びとかでしょ?」
「聞いてなかったのかい?君は37と呼ばれていた。私と同じ様に番号が割り振られているんだ。つまり、管理対象に認定されたんだよ?」
「そうなんだ。まあご飯食べられるならなんでもいいや。」
「はは、さっぱりとした性格だね。意志疎通もできるし、セーフにいることも納得できる。」
「セーフ?」
「そうか、アカシックについてまだ全て説明していなかったね。よし!ならばこの知恵の王が説明しよう!」
蛇は昨日と同じように、ピッと人差し指を立てて胸を張り語りだす。
「このアカシックには、管理される厳重さの違いがあってね。管理するモノの特性に合わせて待遇が変化するんだ。」
蛇は、机の上にあった白色のチョークを手に取り壁に絵を描く
そして、五段の四角を描き、四角の中に上から セーフ 一つ飛ばしてノーマル 一つ飛ばしてアウト と文字を書いた。
「管理段階は階層毎にセーフ、ノーマル、アウトの3つ。そしてそれぞれの階層の間にアカシックの社員の住まいがある。」
蛇は、セーフのノーマルの間の階層に、上級職員と書き、ノーマルとアウトの間の階層に、平社員と書いた。
「管理の待遇は管理対象が、どれ程手間がかかるか、意志疎通はできるか等、アカシックの社員達の評価によって決まる。」
「ふーん、ところでさ。なんでアカシックの奴らは管理とかするのさ?」
「それは簡単さ、私達が幸福を感じるとなんでもエネルギーが産み出されるらしい。アカシックはそのエネルギーを電気やガスなどの人々が日常的に使うエネルギーに変換するんだ。」
「なるほど、俺らは幸せに暮らせて、向こうはそれで稼げてハッピーってわけね。」
「まあ、簡単な話そういうことだ。でもエネルギーは副作用の様なものでアカシックの人々はあくまでも、私達のような存在が平和に暮らせる場所を作りたいということも、また偽らざる本音だ。」
「ふーん。」
今日は蛇…知恵の王と話をした。
夕方もアカシックの社員からご飯をもらい、なんかこんだけ良い暮らしができるなら、もう人でもそうじゃなくても良いやって開き直った。
アカシックに来てから1ヶ月、不自由なく部屋住まいにも慣れてきた今日この頃。
いつも通り朝食を食べて、知恵の王とボードゲームで知恵競べをしていた時である。
「五ノ三馬」
「ふふふ、残念ながらそこは兵が構えているよ。」
「かー!三連敗!」
バフッとベッドに倒れる。
その時、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
ジリリリリリリリリリリリリリと煩く鳴り続ける。
「なんですかこれ。」
不愉快な音に耳を塞ぎ、知恵の王に質問をする。
「これは、どうやら他の場所で脱走があったようだね。」
「脱走?」
なにやら良くない単語が聞こえたぞ?
「そりゃあ生きてるモノなら不満もあるだろうからね。待遇によっては満足できず暴れる者もいる。そして、最悪の場合部屋から飛び出して社内を暴れまわる者もいる。」
「つまり、誰かが怒って社内をあばれまわっていると?」
「一概にそうとは言わない、生き物じゃ無いものもいるし、ある条件で大事故を起こす場合もある、その場合もこのサイレンが鳴らされるんだ。」
なるほどなるほど。
知恵の王の話を聞いていると、社員が一人慌てた様子で走ってきた。
その社員を知恵の王が呼び止めた。
「やあ、どこでなにがあったんだい?」
「25か!ちょうどいい!48の対策方法は!?」
「ノーマルの彼だね。あれは転がる度に増えるから廊下を円形にして一ヶ所に集めるんだ。動きが止まれば増えないからね。」
「すまない!」
社員はお礼を言ってまた走り出した。
「凄いな、アドバイスを頼まれるなんて。」
「凄くなんてないさ、知ってることを話しただけ。君も煩いのは勘弁だろ?」
それもそうだ。
それはさておき、48はどんなやつなんだろうか。気になるな
「なあ、知恵の王。さっきの48ってどんなやつなの?」
「48はね、ゴロゴロじゃがいもと言うんだ。ゴロゴロと二回転する度にそいつが分身する。その分身した物も二回転ゴロゴロするとまた増える。といった具合に増え続けるじゃがいもなんだ。」
「食料不足にはならないな。」
「上手く使えればな、ミスをすると勝手に増え始める厄介者さ。」
増え続けるじゃがいもかぁ。
つまり、じゃがいも食べ放題か…。
「君、よだれが出ているよ。」
「はっ、つい。」
「まあ、暴食獣の君からすれば、夢のような存在なのはわかるがね。」
「暴食獣?」
「君の名前の様なものさ、私達が互いに番号呼びというのは変なものだろ?」
「暴食獣ねぇ、食べるのは好きだけどさぁ。そっちは王で俺は獣かよ。」
知恵の王と雑談をしていると、サイレンは止みいつもの静けさが戻ってくる。
「どうやら、対策はされたようだね。さて、見物だね。」
「なにが?」
「確かに私が提示した方法はゴロゴロじゃがいもを止める手段の一つだがね。本来横長の廊下を円形にして一ヶ所に集めたんだ。もし元に戻したら、また一ヶ所にあった物が辺りにバラけるんだ。増殖しほうだいになるだろ?」
言われてみれば、真っ直ぐだったものを曲げただけなんだから、元にしたらまた真っ直ぐになって転がり始めるな。
「意地悪だなぁ、相変わらず。」
「私は一番早く解決できる選択肢を提示したのみさ、時間も人材もかかっていいなら、転がってくるじゃがいもを銃で撃って欠けさせて転がらないように、など対策法はいくらでもある。私は、人々が悩み知恵を振り絞り問題を解決する様がなんとも言えぬほど好きなんだ。」
うーん。友達とは言え、なんとも歪んだ思考の持ち主だ。
まあ、サイレンを早く止めてくれたし、文句はないよなぁ。
角材をかじりながら、優雅な午後を堪能した。
サイレンが止んでから8時間が経った、夕方の食事を待っていると、社員がいつも通りこちらへ来た。
しかし、料理を運んでくる社員がいない。
おや?と思っていると、社員が話しかけてきた。
「37。今日は特別メニューだ。」
「特別メニュー?」
「ああ、ついてこい。」
鉄扉を開けられる。
どうしようかと知恵の王の方を向くと、愉快そうに笑い「行ってくるといい。」と言って本を読み始めた。
そう言うならばと、社員についていく事にした。
初めて部屋の外に出たが、廊下の左右に俺の部屋と同じような鉄格子の部屋や、木製の扉、窓のない扉など、様々な部屋があった。
結局、そのどの部屋にも入らず、廊下の突き当たりにあった階段を下りる。
どこに行くんだろうと気にはなったが、どうせ聞いても答えてくれないだろうと思い聞かなかった。
一階下りて、さらにもう一階下りる。
階段を下りきると、廊下があり、その先には社員が何人も立ってこちらを見ていた。
「あの先に良いものがある。」
俺を連れてきた男が顎で社員の方を指す。
良いものねぇ、もしや今朝の騒ぎのじゃがいもかな?とウキウキして社員の壁を掻き分けて進む。
すると、予想通り、いや予想以上の量のじゃがいもが、円形の穴に大量に収まっていた。
穴の大きさは直径で6メートルはありそうな幅だ。その中に黄金色のじゃがいもが詰め込まれていた。
もしこれが液体なら泳げそうだと思える程、みっちりと詰められている。
「全て食べて良いぞ。」
その言葉を聞き、待てを解除された犬のように動きだし、じゃがいもの海へ飛び込んだ。
一つ二つと手に取り、口に運ぶ。
このねっとりしつつも固い食感、ほんのり口の中に漂う土の香り。
「うまい!」
森で生活をしている時は、掘り返して食べていたものだ。
本当に、涙が出るほど、ウマイ。
ガバッと口を開けて、何十個モ大量ニ食ベル。
ウマイ、ウマイ、ウマイ。
新暦19年。
5月4日。
観測記録 AC-37。
社員のミスにより、AC-48が大量発生。社員の迅速な判断により事態は沈黙。
これの処理の為、AC-37を起用。
順調にAC-48は処理されたが、AC-48の増殖体を461個を食した際に異変発生。
AC-37は徐々に体が膨張し、黒い体毛に覆われた。
先ほどまでできていた意志疎通が不可能となり、麻酔弾を16発当てることにより沈黙。
その後2分が経過し、AC-37は元の人間の姿へと戻った。
破壊活動などは行わなかったが、今後何かあった場合、危険度ノーマルへの昇格もありうる。
観測者 ロバート。
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