中学1年生③

***


「やっぱりディズニーランドみたいな遊園地だったよ、あそこ」

 そう言って隣に座る彼女を見ると、その目は驚いたように大きな瞳をより大きくさせた。

「行ったの……⁉ 一人で……⁉」

〝うん〟と頷くと彼女は恨めしいものを見るように目を細めて〝ふ~ん〟と呟きながらこちらをジト―っと見た。

「え、何?」

「別に……? 楽しかった?」

 なんとなく不機嫌そうな彼女に内心首を傾げながら答える。

「楽しかったっていうか、そもそも入れなかった。ゲートの前には行けたけどシャッター降りてた」

「そうなの? 他に入れそうなところもなかったの?」

「うん……。別のゲートの方にも行ってみたけどそこもシャッター降りてたし、その近くにあった観覧車も止まってた。なんか、そもそも中に人がいる気配もなかったからやってないのかも」

「そっか……。観覧車なんてディズニーにあったっけ……?」

 彼女は記憶を辿るように上を向いて首を傾げた。

「さぁ?」

 小さい頃に一回だけ母と行ったことがあるらしいが、全然憶えていない。だから、何があるのか、どんなアトラクションがあるのかイマイチよく分からない。

「観覧車はなかったかな、確か。メリーゴーランドはあったはず」

「へぇ」

 記憶を辿り終えた彼女は自分の足元を見ながら足をブラブラさせた。

「……私も行きたかったなぁ」

 拗ねたようにそう呟いた。

「行けばいいじゃん」

「一緒に行きたかったの! 一人で行っても楽しくないでしょ?」

「まぁ、それはそうだけど……」

「よし! というわけで行くよ!」

 彼女は勢いよく立ち上がった。

「えぇ……、今から?」

「そう! 今から!」

 鼻息荒く彼女は答えた。

「今回も着かないでしょ、多分」

 二人でいる時に何回か行ってみようとしたが毎回着くことはなかった。今回も遠くにお城が見えるくらいだから遊園地から離れた位置にいるはずで、着かなさそうに思えてならない。

「やってみないと分かんないでしょ? 今回は遂に着くかもしれないじゃん! それにズルいもん!」

「何が?」

「だって君は一人で行ったんでしょ? 一緒に行こうって約束したのに……!」

「……そんな約束してなくない?」

「細かいこと言わない! いいから、ほら!」

彼女はこちらを見下ろしながら手を差し出す。その手を掴んで立ち上がり、2人並んであのお城を目指して、ひとまず大きな公園の出口へと向かう。

「仮に着いたとしても入れないかもよ?」

 そう言うと隣を歩く彼女は〝うん……〟と一瞬考えてから口を開いた。

「例えば、二人で行けば入れるとか? 君が約束破って一人で行っちゃうから遊園地が怒って入れさせなかったんだよ」

「遊園地が怒るって」

「まぁ、入れなかったら入れる方法を探すまでだよ。柵乗り越えるとかさ」

「やり口犯罪者じゃん」

「いいんだよ、別に。だって憧れるじゃん。遊園地を二人だけで貸し切れるなんて。しかもディズニーみたいなところをさ」

 目をキラキラさせてそう話す彼女に思わずふふっと笑ってしまう。

「何?」

「なんか……子どもみたいだなって」

彼女は少しムッとした顔で、

「うるさいなぁ」

 そう言ってふふと笑った。

「君も憧れるでしょ? 貸し切りだよ?」

「まぁ、確かに貸し切りなのは憧れるけど」

「第一、君の方が子どもでしょ? 背も小っちゃいし」

 彼女はニヤニヤしながらこちらの頭を撫でた。

「うるさい……。成長期これからだし。明日には俺の方が大きくなってるかもしれないよ?」

「ないない」

 ハハハと笑う彼女を睨みつける。

「にしても……全然人いないよね」

 彼女はこちらに視線を一切気にすることなく辺りを見渡した。公園を出て大きな通りを歩いているが車も通らなければ人もほとんど見当たらない。遠くの方にビニール袋片手にルンルンと歩いているおじさんが見えるくらい。

「君と一緒にいると全然知り合いと会わないんだよね」

 彼女は不思議そうにこちらを見た。

「あぁ確かに。俺も会わないかも」

「ほとんど私たちだけみたいな感じだよね。私が一人の時とかは家族とか友達とかよく出てくるのに」

「探せばどっかにいそうだけどね。探してみる?」

「それも面白いかもね。お互いの知り合い探す旅みたいな」

「そういうユーチューブの動画ありそう。地元の友達探すみたいな」

「ありそう。あ、でも私の友達可愛い子多いからあんまり会わせたくないなぁ」

 彼女はいたずらっぽく笑った。

「なんで? そんなこと言われたら余計会いたくなるでしょ」

「ダメ。私で十分でしょ? 私で我慢しなさい」

 髪を耳にかけながら十分すぎるほどの綺麗な顔は微笑みを浮かべた。彼女のその顔をそれ以上直視できないと判断した脳は顔を正面へと背けさせた。

「……しょうがないなぁ。我慢してあげる」

「なんか腹立つなぁ」

「自分で言ったんじゃん――んぎゃ!」

 笑っていると頭を乱暴に撫でられる。

「見かけたら教えてあげる。〝あの子が友達〟って」

「ほんと?」

 彼女は頷いて、

「遠くから見る分には許す。手出したら許さないけどね」

 こちらをジト目で牽制するように睨んだ。

「そんな手出すようなタイプに見える?」

「すぐに手出して女の子とっかえひっかえしてるんでしょ?」

 彼女はからかうかのようにニヤリと口角を上げた。

「失礼な。そもそも女子とそんな喋れるタイプでもないから」

「私女の子だけど?」

「……え?」

 からかうためにキョトンとした顔で首を傾げてみせる。彼女はこちらの仕草を見て不満で頬を膨らませた。

「あ、そういうこと言っちゃうんだ……ふ~ん」

 彼女はこちらに背を向けてダークブラウンの長い後ろ髪を持ち上げた。

「……どう?」

「……何が?」

「え、ドキッとしたでしょ?」

 彼女はキョトンとした顔でこちらを見た。

「ドキッとする要素どこ?」

「嘘でしょ⁉ うなじだよ、うなじ! ほら!」

 彼女はそう言って今度はさっきより高めに後ろ髪を持ち上げ、うなじを見せつけた。

「あぁ……」

「ちょっと! なにその反応」

「いや、普通に髪縛るのかなって思っただけ」

彼女は小さく舌打ちをしてこちらを横目で睨んだ。

「そもそも男子全員がうなじ見てドキッとすると思ったら大間違いだよ?」

「でもドキッとするっていう記事あったもん!」

「それはさりげなく見えるからとかでしょ。そんなあからさまに見せられても」

「じゃあ君はどうやったらドキッとするの?」

「えぇ……、どうやったらって――」


***

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ノンレムの街 蒼乃 @AO_sansho

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